第14話 つよつよPCをお迎え
むつみちゃんがいるうちに、株を買っておこうと決める。
「アンさん、いいんですか?」
「うん。パラパラって読んで、だいたいのオススメはわかった」
しかし、買い方がわかっていない。
そこで、一応確認をしてもらおうと思ったのだ。
「この全世界ってところに、投資しとくわ」
ここまで「バランスが大事」って言われたら、バランスを取るほうがいいのだろう。
株は勝つことより、長期で負けないことの方が大事だ。
「銘柄が決まっているなら、それでいいでしょう」
「ただな、銘柄の名前が違ってたりするんやけど?」
同じ銘柄でも、「スリム」とか書いてあったりする。
これは、どういう意味なのか。
「ああ、スリムの方を買ってください」
「わかった。で、なんでなん?」
「信託報酬の違いです」
投資信託は、他人に投資を任せること。
なので、報酬を支払う必要がある。
これが、信託報酬と呼ばれるものだ。
ウチが買おうとしていた全世界でも、スリム表記があるのとないのとがあった。
「スリムの方が、信託報酬が少なくて済みます。将来的に引き出す際、報酬額に多額の差が生まれます。場合によっては一〇〇万ほど変わってくるんですよ」
「うえええ」
「だから、『投資信託はムダだ』という意見が出るんですよね」
投資信託には、相手に報酬を払うといった「手数料」がかかる。
だったら「この分を自分で組むことで、手数料を払わない」手もあるよね、と。
「理屈は合っています。投資成績も、そちらの方がいいかもしれませんね。しかし、それだと我々が目指す【ほったらかし投資】ができません」
投資した銘柄の値動きを、ずーっと見続けなければならない。
「インデックス投資は、コンピュータが見張ってくれている、というのがいいんですよ」
こちらがなにもしなくても、機械が監視してくれる。
「我々はお金の心配をしたくないだけで、投資家になりたいわけでもお金持ちになりたいわけでもありません。お金がなくてできなかったことを、できるようにすることが大切なんですよ」
むつみちゃんが、力説した。
「では、株を買ってみましょう」
「積立設定は、これでええんやね?」
「はい。毎月一万で積み立てていきましょう」
株をスマホでポチッと買えるなんて。
すごい時代だが、怖い。
「一万しか、投資してないけど。ええの?」
「ええんです。初心者が下手に高額投資をすると、株の上がり下がりに一喜一憂してしまいます」
株の成長は、基本的に右肩上がりである。
戦争があろうと、パンデミックが起きようと、ずっと世界経済は成長し続けているのだ。
しかし、タイミングが悪く、高値で掴んでしまうこともある。
逆に、最安値でゲットできることもあるのだ。
その流れなんて、誰にもわからない。
「たとえ積み立て金額が月に一万円だとしても、年利五%で運用していけば、三〇年後には三六〇万の元本に対して、二三〇万近い金利がつきます」
「おおお。夢のある話!」
これが、「複利」の力だという。
銀行に預けても、ろくな金利がつかない。
だが、投資だとここまで。
「ですが、キレイな右肩上がりをするわけじゃありません。常に上下を繰り返します。なので、『ドルコスト平均法』を採用します。一定金額を黙々と積み立てていく方法ですね」
ドルコスト平均法だと、株価が高いときは少なく買えて、安いときは多く買える。
「せやけど、三〇年かけて六百万くらいやったら、もうちょっと積み立てた方がいいかな、って思うけど」
ウチが言うと、むつみちゃんは首を振る。
「この一万円、なんなら百円からでもいいので、踏み出すのがいいんです」
投資で大事なこと。それは、「負けないこと」だ。
それと、「始めること」だという。
「何事も少額、ローコストから開始して、そこから慣れてきたら元本を増やす。これが鉄板です」
「気が遠くならへんの? 一括でドーンってやったほうが、利益が出そう」
「たしかに一括投資のほうが、高いリターンを得られます。結局投資って、元本ゲーみたいなところもございますよ。元手がある方が、リターンも高いので。しかし、相場を読めない初心者には、オススメできません」
まずは、痛くない金額から。
「投資をしていくと、自分がいかにムダな出費をしていたかが可視化できるんです。この分を買わずにいたら、投資に回せると、そちらの方へ欲が動くんです。そういった人間の行動心理学を、投資に活用すればいいんですよ」
だからこそ、余剰資金から始める必要があるという。
「もし、その行動心理学? が、作用せんかったら?」
「その人は投資に向いていなかった、ということです。そういう人は、貯金がいいでしょうね。投資に、ムリは禁物です。わたしだって、投資は絶対に儲かるからやるべき、とはいいません。その人の人生がありますからね」
「ウチには、言うんやね?」
「はい。中学生なら退屈だろうと思われるビジネス書でも、熱心に読んでいましたから。片鱗はあるだろう、と思っていました」
「それは」
むつみちゃんが貸してくれたからやん。
実際、ウチは経済学とかあんまり興味がない。
「短大も、商業科を出てらっしゃいましたよね?」
「漢字が書けたら、受かるんや。あんなとこ」
結局高校になると、学業についていけなくなってきた。
むつみちゃんという相手がいなくなったことで、緊張の糸がぷっつり切れてしまったのだ。
結果、FランどころかZ級の大学しか受からなかった。
「ただ、BS:貸借対照表と、PL:損益計算書はわかるけど」
「それだけわかれば、充分です。どうやって会社が利益を出しているか、把握できますから。個人事業でも、やっていけますよ」
だが、税金の計算になると、頭がパンクしそうになる。
「これからですよ。アンさんは」
「そっかー」
ずいぶんと、評価を高く見てくれているなあ。
とにかく、本格的にウチの投資人生が始まった。
「ほったらかしておいたら、ええんよね?」
「はい。多少の値動きがありますが、心配はいりません。誤差です」
その言葉の真意は、運用していけばわかるという。
「さて、前置きはここまでにしましょう」
「お?」
「ところでですね。見事一〇〇万円、生活防衛資金が達成できたので、会社からご褒美がございます」
「おおおおおーっ」
「なんと、新しいPCでございます」
「やったぜ!」
ウチは、むつみちゃんと電気街へ向かった。
「お勉強ばかりで、疲れたでしょう? お茶がてら、新PCを見に行きましょう」
電気街の、ゲーミングPCを置いている店に入る。
あこがれのマシンが、ズラッと並んでした。
「BTOでいいんですよね?」
「ええよ」
今のPCは、かれこれ五年以上使っている。
BTO……つまり、自分の欲しい機能だけを搭載した、オーダーメイド品だ。
ちょうど、新しく買い替えようと考えていた。
「注文、できました。グラボも一新された、つよつよPCですよぉ」
「いえーい!」
「モニタも一新されました」
「わお!」
一旦帰宅して、動作確認を。
お金を出してくれたむつみちゃんも、立ち会う。
不具合があったら、メーカーに修理を依頼する必要がある。
車があるうちに、チェックしておきたいそうだ。
「大丈夫そうですね。電源周りが一番不安だったんですが」
特に問題なく、動作をしている。
まずは個人情報を、移し替えた。
紙でもメモはしているが、PCにも記録させている。
「ありがとう、むつみちゃん。サックサクや!」
ためしに重めのゲームをやってみたが、キレイにヌルヌルと動く。
「では、一旦戻りましょう」
ひとまずウチらは、電気街に戻ることにした。
こういうとき、家と電気街が近いってええよね。
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