第13話 アメリカか、全世界か

「あ、そうや。デリ頼んでるんやった。食べてや」


「ありがとうございます。アンさん。いただきます」


 宅配の方、申し訳ない。話に夢中でデリをほったらかしていた。


 二人で、ピザをパクつく。

 ピザの素晴らしいところは、冷めてもめちゃウマなところだ。

 これを、炭酸で流し込むと最高にうまい。


「ウチだけビール飲むけど、いける?」


「いけます。お酒は飲めませんので。コーラ、ありがとうございます」


 むつみちゃんが、五〇〇ミリのボトルをラッパ飲みする。

 コップを出そうとしたら、「このまま飲む」というので渡した。

 こんなむつみちゃんの姿、今まで見たことない。


 

「ところで、むつみちゃん。アメリカか、全世界か。やんね?」


 むつみちゃんが言うには、「ひとまず全世界かアメリカにぶち込んでおけば、特に大きい失敗はしない」らしい。


「とはいえど、アメリカ派と全世界派は、意見が対立していますけどね」


「なんでなん? やっぱり、分散し過ぎなんか?」


「全世界株式と言っても、だいたい六~七割は、アメリカの会社に投資しているからなんですよ」


 むつみちゃんが、ピザを円グラフに例える。


「このツナマヨですが、これがアメリカだとします」


「ピザの半分を占めてるやん。じゃあ、このてりやきチキンは?」


「その他の国すべてです。日本も含まれますね」


「ほとんどアメリカやん!」 


 だから「結局アメリカに投資しているのと同じじゃん」と、アメリカ一択派は全世界派を批判してくる。


「アンさん。この世には、『アメリカに投資しておけばOK』という派閥はたくさんいます。全世界に投資しても、他の国が足を引っ張っているから、お金持ちにはなれないと」

 

 とはいえ、アメリカも最近は落ち目だという。

 

「このコーラ会社ですが、本社はアメリカです」


 むつみちゃんが、五〇〇ミリのボトルを、ドンとテーブルに置く。


「今のところ、ピークは二〇一八年です。現在は、その半値です。二〇〇四年の株価にさえ追いついていません。日本支部は多少、上がっていますけど」


 個別株は、それくらい難しい。

 たとえ世界最強のコーラ会社といえど、景気の波には逆らえないのだ。


「この間、さる証券会社が、口座開設キャンペーンをしていまして。口座を作ったおまけとして、とある製薬会社の株をくれました」


 くじ引きで、アメリカ企業の株をタダでもらえるという企画をしていたらしい。


「初めての個別株。それも、ワクチンを作っていた会社だったので、期待したんですが……」


 現状、最安値だという。


「配当金をもらえるかも、とウキウキだった自分を殴りたいですね。まあ、『これから上がるだろう』と見越して、永遠保有ですね」

 

 世知辛い内容を、むつみちゃんは語ってくれた。


「なので、基本は投資信託! それも、全部のいいとこ取りができる、【オルカン】がオススメですね」  


 オルカンとは、文字通り「全世界オールカントリー」の略称である。

 全世界にある会社の株を買って、指数に連動する成果を期待するのだ。


「個別の会社じゃなくて、色んな会社にまんべんなく投資するってわけやね?」


「はい。とにかく平均を取っていくことが、オルカンでは重要視されています。迷ったら全米か全世界でいいです。それ以外は、考えないほうがいいですね」


 かなり念を押される。


「全米投資と全世界投資に共通していえることですが、この投資信託における最大のポイントは、『ほったらかし』が可能だということです」


 つまり、一度投資してしまったら、後はお任せして構わない。


「世界経済の動きなんて、ずっと株の動向をにらんでいるプロでさえ読めません。ほったらかして勝手に運用してもらう方が、精神的にも楽なんです」


 本業や副業をしながら、投資のことは一切考えなくていいことだという。


「えっとさ、FXってあるやん。あれってなんなん? 投資とは違うん?」


「全然違います。仕組みは、わたしもよくわかっていません。やったことがないので」


 むつみちゃんが指を二本立てて、Vサインをする。

 ウチが覚えることは二つある、とのこと。


「一つは、『自分が理解していないものには、投資しないこと』。もう一つは、『卵を一つのカゴに盛らないこと』です」

 

 むつみちゃんから、格言をいただく。

 

「最初の言葉は、さきほどお話したウォーレン・バフェットの言葉です」


 IT関連のハイテク株が好調な二〇〇〇年代前後に、バフェットは投資しなかった。『自分はITわかんねえから』と。結果、ITバブル崩壊に飲み込まれなかった。


「今でこそバフェットは、ITにも投資していますけどね」


 もう一つの言葉は、投資では有名な格言だという。


「例えば、一つのカゴに卵を全部入れていたら、落とすと全部割れてしまいます。複数のカゴに分けて入れておけば、一つのカゴが落ちても他は無事ですよね?」


「うんうん」


「これが、分散投資という考え方です」


 複数の企業にちょっとずつ投資しておけば、一つの会社が潰れても別の会社の利益でカバーできるよね、って考え方だ。

 

 だから、個別株投資はアカンと。投資信託だけを考えていればいいわけか。


「他にも、コア・サテライト投資などがあるんですが、今は使いません。名称も覚えなくていいです」


 株というのは、トレンドがあるという。

 年代によって、日本が好調だったときもあれば、新興国が隆盛だった時期もあると。


「たとえ中国が絶頂期だったとしても、中国は今のところ新興国扱いです」


 あれだけ経済成長していて、まだ新興国とは。

 

「『中国って、そんなに自由経済の国か?』と言われても、ピンとこないですよね?」


 そういう国の背景なども考えて、どこに投資するか考える必要がある。


「世界経済は、なんだかんだ言って右肩上がりです。調子が悪いときでも、長期的に見れば『仕込み時』だったりもします」

 

 世界経済が過去にどうだったかの、グラフを見せてもらう。


 たしかに、経済は落ち込んだことがあっても、すぐに復活をしている。それどころか、当時の絶頂期を遥かに上回る成長を遂げていた。


「経済が成長を止めて、停滞期が二〇年以上続くことだってあります。そこでアタフタしないように、生活防衛資金を確保することも大事なんですよ」


 だから、投資に全力投球は避けたほうがいいわけか。


「相場を読むことは、誰にもできません。経済が落ち込んだタイミングを見計らって、最安値で仕込もうとしても、読みが外れるなんて普通に起こり得ます」


 ならば少額を、一定額を気絶気分でコツコツ投資したほうがいい。

 むつみちゃんはそう語った。


「全世界に投資しておけば、どこかの国が調子悪くても、他の国で少しでもリカバーできますからね」

 

「社長が投資してくれたら、楽なんやけど?」


「それは、できません。わたしは他人に、銘柄のオススメさえ紹介ができません」


「なんでなん?」


「違法だからです」


 どうも、代理で投資することは法律に触れる行為らしい。

 たとえ親族であっても、代わりに資産運用をすると逮捕されてしまう。


「うわー。逮捕て。話がでかくない?」


「デカいです。それだけ、投資は自己責任で行う必要があるのです。本来、専門家でもないわたしがあれこれ教えることだって、ハイリスクなんですよ」

 

「それはそれは」


「ひとまずアメリカか全世界がいいよ、と、お伝えだけしておきます」


 ほかは、自分で調べる必要があるわけか。


 むつみちゃんが、オススメの本を数冊くれた。

 なんと、付箋付きで。


 たしかにアメリカ投資にせよ全世界にせよ、いっぱい種類がある。

 

「もらってええん?」


「はい。わたしは暗記するくらい読みました。他の本でも、同じような内容しか書かれていません」

 

 とにかく、専門家のオススメを買っておけとのこと。


「ウチ、むつみちゃんがいるうちに株を買うとくわ」

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