第10話 どのFIRE?

 どうもウチは、一晩で一〇〇万円稼いでしまったらしい。


「なんでなん?」

 

「リアンさんは先日、寝落ちしちゃったじゃないですか。その動画が鬼バズりしまして」


 むつみちゃんの話だと、必要経費を引いた金額で一〇〇万いったとか。

 動画サイトへの手数料、事務所の取り分、税金などを差し引いても。


「よっしゃ。これで乗り切れるで」

 

 スパチャは受け取ってから、七営業日目で受け取れる。


「受け取っても、生活防衛資金ですからね。手を出せません」


「そうやったー」


 ウチはガックリとうなだれる。


「ですが、虎の子の三〇万を合わせると、自由に使える金額は増えますね」


「せやな」


 ひとまず一三〇万円は、確実に手に入ったわけだ。


「ではその三〇万をさっそく、投資へ」


「いえ。とっておきます。何が起きるのか、わからないので」


 いいのか。


「たしかに、投資は早く始めたほうがいいです。口座開設もして、はやる気持ちもわかります。だからこそ、慎重に考えましょう」

 

「うん。うーん」


「ところで、リアンさんはFIREをご存知ですか?」


「リタイアするって意味やろ?」


「性格には『経済的自立』を意味する『Financial Independence』と、『早期退職』という『Retire Early』の略語です」


 激務に苦しむサラリーマンなどが、退職して資産運用だけで生活しているイメージだが。


「もっと手広い意味合いですね。子育てなどに時間をあてたい社会人が、セミリタイアをするイメージでもいいでしょう」


 就労時間を減らすパターンも、あるらしい。


「実際、我が社もセミリタイアや、副業を認めています。リアンさんもウチでの雇用という形を取っていて、バイトという形で雇っています。ちゃんと、社会保険にも加入なさっているんですよ」


 それは、面接で聞いた。健康診断も、会社の経費でできると。


「で、ですね。リタイアのご意思もあるのかなと。それとも、老後資金さえ貯まればいいから、それまではずっと働くのか」


「今、聞くん?」


 ウチは、まだアラサーだ。

 老後なんて、考えたこともない。

 

「できれば、おおまかに考えておいたほうがいいですね。今後、何が起きるのかわかりません。それに備えておくか、今を大事に生きるか」


「児童文学の『アリとキリギリス』、みたいな感じ?」


「近いですが、キリギリスも音楽で生計を立てていたなら、楽に冬を越せたはずです」


 その発想はなかった。

「勤勉なアリだけを、称賛せよ」という教訓だとばかり、思っていたが。


「FIREと言っても、いろんな種類があります」


 まずは完全FIRE。資産運用だけで生活するスタイルである。


「ただし、完全にFIREをしようと思ったら、一億ほど必要になります」


「いちおく……なんで、そんなにいるん?」


「四%ルールです」


 一億の四%は四〇〇万だ。そこに、税金を引けば、三〇〇万残る。

 年間三〇〇万を得ようとするなら、それくらいは必要になるらしい。


「一億貯めて年四%運用できれば、一生資産が目減りしない」というルールのもと、算出された金額が、三〇〇万だという。

 

「続いて、リーンFIRE。通称貧乏FIREですね」


 資産運用だけで生活はするけど、切り詰めてカツカツの生活をする。


「金額で言えば、三〇〇〇万でFIREは可能です」


「安い! 現実的!」


「とんでもない。使っていいのは、月一〇万円だけですから」 

  

 ウチはウキウキしたが、むつみちゃんは首を振った。

 

「これは絶対に、オススメしません。年金や生活保護だけで生活するのと、感覚は近いです」


 一ヶ月の生活費ギリギリで過ごすなんて、考えられない。


「貧乏しないために、資産運用をしていたのに、貧乏生活を強いられるという、あまりよくないパターンですね」


 ミニマリストのような倹約家ならともかく、今も大事にしたいならこのカツカツ生活は辛いだけ。


 ならば、貧乏FIREはない。


「また、資産運用だけで生活となると、ネックになるのは国民健康保険の支払いです」


 割と高額で、働いていなければロクに支払いができない。

 だが日本国民なら、加入は必須である。


「同じ三〇〇〇万でFIREするなら、サイドFIREがおすすめです。いわゆる、セミリタイアですね」


 セミリタイアも、複数の種類があるという。


「まずはサイドFIRE。金融資産で得るお金は家賃や水道光熱費に活用し、労働で収益を得るスタイルです。ただし、自営業者ですね」


 対してパートやバイトなど、会社で就労してのサイドFIREは、バリスタFIREというらしい。


「バリスタFIREは、起業に向いていない人向きのFIREですね」


 こちらは、社会保険を得るギリギリの収益をもらうスタイルだ。


「最後にコーストFIREという生き方をご説明します。こちらは、資産には手を出しません」


 資産運用は老後まで手を付けず、働き続けるスタイルである。


「それ、リタイアなんか?」


ずっと働くなら、リタイアとは言えない。 

 そのため、FIRE否定派からは強く批判されている。

 

「どちらかというと、『追加投資をリタイア』するスタイルですかね」


 このFIREの場合、若いうちから投資を行い、目標値に達したら投資をパッとやめるらしい。運用だけをするそうだ。

 

「そんなん、ええんか?」


「ええんです。追加投資をやめただけなので」


「そんなん、メリットはあるん?」


「ほったらかし投資と相性が抜群ですね」


 基本的に、投資は「ほったらかし」が最も有効な手段と言われている。

 

 コーストFIREの場合、投資金額を追加しなくても、資産は勝手に増えていく。運用を続けている限り。


「つまり、労働収益は運用にも貯金にも回さないので、満額使えるんですよ」


「ほええええ」


 要は、「好きな仕事をしたい人」向けのFIREだ。

 好きな仕事を辞める気はないが、老後は心配という人に向いている。


「仕事に恵まれた人にとっては、もっともおすすめのFIREですね」


 実際、むつみちゃんもこのFIREを採用しているという。


「わたしはこの仕事が好きなので。もちろん身体を壊さない程度に、セーブはしていますが」


 そこで、とむつみちゃん。


「リアンさんは、そもそもFIREを目指しますか? 今を大切にして、投資をしないという手もあります」


 投資は、あくまでも老後不安のためだ。

 この仕事自体、いつまで稼げるかわからない。

 だからむつみちゃんは、Vタレントの育成だけにとどまっていなかった。機材販売なども、行っている。


「わたしは仕事が苦じゃないので、コーストFIREですね」


 資産額には到達しており、あとは運用するだけなんだとか。


「ウチは、セミリタイアってのがよくわからんなぁ」


 第一、リタイア後の生活がイメージできない。


「FIREした人の生活って?」


「旅行をしたり、海外へ移住したりですかね。転職して新しいライフスタイルを得る人もいます」

 

 リタイアというのは、自分の時間を捻出するという意味で捉えてもいいわけか。


「だったら、ウチもコーストFIREかな。仕事量を減らすのは、今は考えられへんもん」


 今の仕事は好きだから、ずっと続けていたい。

 だが、続けられるかどうかは世間が決める。


 Vが稼げなくなったときのために、運用だけはしておこうかなと。

 

「わかりました。ひとまずコーストFIREを目指す方向で」


こうして、投資方針は決まった。

 どんだけ、お金が増えていくんだろうか。

 

 


 月末になって、お金が入ってきた。


 先月分の稼ぎが入っただけなので、例の一〇〇万はまだだが。


「よっしゃあこれで豪遊を……うげええええええ!」


 通帳の残高を見て、ウチは青ざめる。

 

「めちゃ減ってる!」


 カードの支払で、ほとんどが持っていかれていた。


 そこで、ウチは思い出す。

 

 そうだった。

 不満解消のため、金を使いまくったんだっけ。

 やけ酒を飲んで、カツカツなんだった。

 

「家計簿をつけるのが、先ですね」


「せやな」


(第二章 おしまい)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る