忠誠を誓ったその先に

 閣下いわく『初めから防御魔法で受け止めるつもりだった』らしいけど、魔法が使えない私がそんな発想に行き着く訳が無い。

 そもそもあんな高さまで打ち上げるのが悪い。

 おかげで私は腰を抜かし、そのまま打ち合い終了となった。


「……閣下、落ち着きましたのでそろそろ……」


「もう立てる様になったのか?」


「……」


「まだなら大人しくしてろ」


 なかなか動けない自分が口惜しい。

 打ち合い後、閣下は私を抱いたまま鍛錬場横にある休憩所で腰を下ろした。

 そこで下ろしてもらえるかと思ったら、何故かそのまま私を膝の上に乗せてご丁寧に外套までかけてくれた。

 いやいやいや、横に座るスペースはまだあるんだから下ろしても問題ないですよ?!


「閣下、さすがに下ろしてください!」


「腰が抜けてるんだろう? そういう時は身体を温めると早く回復する。 これが一番効率的だ」


 そう言って私の肩を抱いた。

 駄目だ、完全に拘束されてしまった。

 

 確かに互いの身体が密着してる方が、早く身体も温まる。

 でも精神面では非効率だ。

 閣下の顔がすぐ側にあるから全く落ち着かないし、男の人なのにいい香りがするし、とにかくドキドキしっ放しで心臓に悪い。

 これじゃあ緊張も解れないし、集中も出来ない。

 

 でも迷惑をかけた側なので早々に抗議は諦めた。


 すると私が縮こまってる事に気付いたのか、閣下は小さく溜息をついた。

 

「そう言えば最後の打ち方もルカスに教わったものか?」


「はい、エメレンス様と戦った時の応用です」


「だからか……」


「何がですか?」


「風に乗って打ち込んできた時、思わずルカスを思い出した。 ルカスも容赦なく打ち込んできたからな」


 あの閣下の瞳の揺らぎ。

 思えばあの瞬間が私に見せた唯一の隙だったのかもしれない。

 だから閣下の横をすり抜ける事が出来たんだ。

 

「……では今後もあの技を中心に精進します」


「末恐ろしいな」


 閣下は苦笑いを浮かべ、肩に置いていた手で私の頭を撫でた。

 どうしよう、すごく嬉しい。

 突然湧き出た多幸感にようやく気持ちが緩んだ。


「で、何故打ち合いをする事にしたんだ?」


 閣下が私を覗き込むように顔を近づけた。

 そうだ、ここは正直に言う約束だった。

 

 私はなるべく閣下と目を合わさないよう口を開いた。


「……不安になってしまいました。 功績を上げることに」


「何故?」


「爵位を取り戻してアルバート家の領地を取り返す夢は今も変わりません。 ですがそれが叶えば、ヴランディ家を出ていかなきゃならないんだって考えてしまって。 ……でも閣下に負けてやっと踏ん切りがつきました」


「……」

 

 重い空気が身体にのしかかる。

 なのに蓋していた気持ちはり上がってくる。


「情けないですよね。 初めてここにきた時は少しでも早く独り立ちしたかったのに……」


「何故それを早く言わなかった」


「だって閣下は私が夢を叶らえれるように色々手を尽くして下さいました! 淋しいけどそのご厚意を無駄にしてしまうのも嫌だったんです。 実際、閣下を傷付けてしまいました……」


「そんな事は……」


「軽蔑されたくなかったんです。 こんな弱音を吐く自分を見せたら、捨てられるんじゃないかって……」


 とうとう言ってしまった。

 呆れてしまったかな。

 『甘えるな』って言われるかな。


 無音の世界で時間だけが進んでいく。

 どうしよう、泣いてしまいそうだ。


 すると閣下はその大きな手で私の頬を包んだ。


「捨てる訳ないだろう。 君こそ居なくならないでくれ」


「え……?」


 頬をなぞる指先が下りてきて、そのまま軽く顎を持ち上げられた。

 促される様に顔を上げると、紺青の瞳に自分が映ってるのが見える。

 夜空の様に深い青に吸い込まれそうな、不思議な心地――。


 気付くと、閣下の唇が自分の唇に触れていた。


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