先に進む為のお願い事

 その日の夕暮れ、私は閣下に鍛錬場に来てもらうよう、ユーリ様に伝言を頼んだ。

 私が鍛錬場に辿り着いた時には、既に星が一つ二つ見えていたけど好都合だ。

 泣いて目が腫れてるのもきっとバレない。

 とにかく今は閣下と話がしたい。

 来ないかも知れないけど、その時はその時だ。


 そして待つこと二時間。


 すっかり日も落ちて星が増えて来た頃、閣下が走ってこっちに来るのが見えた!

 嬉しくて思わず頬が緩んだけど、ここはしっかり引き締めておかなきゃだ。

 私は閣下が足を止めるなり、ピッと背筋を伸ばして敬礼をした。


「来て頂いてありがとうございます!」


「こんな所に何の用だ」


 閣下は少しだけ息を荒げて眉間に皺を寄せた。

 

「昼間の事、まだ怒ってるのか確認したかったので」


「それはこっちが聞きたい。 その……、昼間はすまなかった」


 それは誠意ある謝罪の言葉だった。

 ラーソンさん達が言ったのか、はたまたユーリ様に言われたのかはわからないけど、気にかけてくれてたんだ。

 それが分かっただけでもすごく嬉しい。

 

「だからといってこんな所でする話でもないだろう。 俺も君に話があってだな……」


「これ以上来ないで下さい!」


 勢い任せに背負っていた剣を抜くと、閣下は明らかに動揺した顔を見せた。


「……やっぱり怒ってるのか?」


「違います。 ただ、自分の中でけじめをつけたいというか、気持ちの整理をしたいだけです」


「なら別に打ち合いでなくても……」


「夜目はきく方なので問題ありません」


「そうじゃない。 何故打ち合いなんだと聞いてる!」


「私が負けたら理由をお話します。 で、私が勝ったらお願いを一つ聞いて下さい!!」


「……え?」


「言っときますが本気ですから閣下も本気でお願いします!」


「……なら俺が勝ったら俺の要望も聞いてもらおうか」


「の、望む所です!!」


「……分かった、受けて立とう」


 閣下は溜息を一つついた後、目を鋭くした。

 初めて剣を交えた時の様な威圧感。

 ゾクリと背筋が震えた。

 ううん、ここで怖気づいてなるものか。

 

 落ち着け、呼吸を整えろ。


 閣下も腰に下げてある愛刀を抜いて、以前の様に左手に剣を持ち替えた。


「俺が本気を出したら斬ってしまうからな。 さすがに諦めてくれ」


「……では本気にさせてみます!」


 私は深く腰を落とし、地を這うようにして一気に距離を詰める。

 長剣の攻撃が閣下まで届く範囲を見極め、一気に振り上げた。

 

――――キィィン……。


 ……え?

 思いっきり力を込めた筈なのに、有り得ない程に静かな金属音が響いた。

 一体何が起こってるの?


「格段に力をつけてるが、まだまだだ」


 閣下は冷静な顔で私の一刀を弾き返し距離を取った。

 私が困惑してるのに気付いた閣下は口の端を上げた。

 

「なかなか面白い技だろう。 君の力と均衡にして止めたんだ」


 何その技?!

 しかもあっさりと手の内をバラすなんて、明らかに遊ばれてる!

 確かに実力差は否めない。

 それでも向き合うと決めたんだ!  


 今度は剣を肩に担ぎ、大きく大きく一歩を踏み込んだ。


「ハァッ!!」


 エメレンス様と対峙した時以上に力を込めて剣を振り被った。

 斬る対象がないから、高速の剣撃で起こした爆風は地面を抉りながら閣下へと向かう。

 それを見て閣下はまた微かに笑った。

 もしかしてまた防がれる?

 ならこのままぶつけてやる!

 私は走り込み、風に乗って一気に閣下まで距離を詰めた。

 今度こそ!

 風圧を活かし閣下の側をすり抜けた所でブーツの底でブレーキを掛ける。

 そして重心が後ろに傾いた所で斜め上へと剣を振り上げた。


――ガチィィィン!!


「本当にルカスそっくりだな」


 背後からの攻撃にも関わらず、それを止めた閣下の瞳が揺らいだのが見えた。


 でも次の瞬間ブワッと身体が宙に浮いた。


「え……?」


 あれ、身体がすごく軽い。

 目の前に綺麗な星が幾つも輝いてる。

 すごい、まるで夜空に飛び込んだみたいだ。


 え、待って、それっておかしくない?

 確かさっき迄閣下と打ち合いをしてた。

 足元がおぼつかなくて下を向くと、小さくなった閣下と、自分の長剣が落ちていくのが見える。


「ひっ……、いやぁぁぁぁぁぁ――!!!!」

 

 どんどん速度を上げて身体が直滑降する!

 何で?! 何であそこにいたの?!

 バルコニーから見た高さよりも断然高いよね?!

 死ぬ! 落ちたら間違いなく死ぬぅぅぅっ!!


 ボスン!!!!


「……………………え?」


「やっと大人しくなったか」


 すぐ間近で意地悪く笑う閣下の顔があった。

 気付くと閣下に横抱きされてる。

 そうか、閣下が私を空に向かって吹き飛ばしたんだ。

 私を大人しくする為に。


 だからってあの高さから落とすなんて酷くない?

 こっちは魔法も使えない生身の人間なのに。


 っていうか、そこまでする?!

 途端に涙腺が決壊した。


「か、っかの、閣下のバカぁぁぁぁ――!!!!」


「ちゃんと受け止めたから泣くんじゃない」


「こわっ、こ、怖かったんだからぁ――!!!!」


「これぐらいしないと止まらなかっただろう。 まぁ……、少し飛ばし過ぎたか」


「うぐっ……か、閣下なんか大っキライ!!!!」  


「っ……、……すまない」


 子どもみたいにわんわん泣きじゃくる私を見て、さすがに罪悪感を感じたらしい。

 閣下は終始バツの悪そうな顔で私を宥めすかしたのだった。


 

 

 

 

  

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