悲しみを流す方法
「どうだ、話はついたのか?」
「はい。 エメレンス様もご無事だと聞いて安心しました」
謁見を終えて部屋を出ると、壁にもたれて腕を組んでいる閣下がいた。
中に入れてもらえなかったのが不服だ、というのが顔に出てる。
でもそんな心配はいらないと言わんばかりに、私は明るく振る舞った。
「で、他には?」
次に続く言葉を察して、私は直ぐに頭を深く下げた。
「何もありません」
「え?」
「今回は昇格も爵位継承権の復活もありません」
私は顔を上げ、閣下が口を開く前に報告を続ける。
「セロの事、魔晶石の事、今回の件で全てが解決した訳ではありません。 それに私は武闘祭も途中退場してますし、ここで功績を上げたとなったら周囲に怪しまれます。 やはり捜査の手を阻むわけにはいきませんのでこうした結果になりました」
「だが……」
「その代わりに父が使っていた剣を頂ける事になりました! 勿論魔晶石はないですが、それでも充分価値が……」
ダン!!と空気を揺らす震音に私は言葉を飲み込んだ。
壁に拳を当てた閣下の瞳は、氷柱の様に鋭く冷え切ってる。
そして直ぐ様謁見室のドアノブに手をかけたので、私は慌てて閣下を引き止めた。
「駄目です! 止めてください!」
「何故だ! あれだけ危険な目にあったのに何故笑っていられる?! 悔しくないのか!」
「私なら大丈夫です!!」
「大丈夫じゃないだろう!」
「諦めた訳じゃないです! また次を狙いますから!」
閣下を落ち着かせたくて必死に笑顔で取り繕うと、閣下は深く深く眉間に皺を寄せた。
間違いなく怒ってる。
陛下が閣下を同席させなかった理由が何となく分かった気がした。
暫くして強張っていた腕から力が抜けたのを感じて、私は閣下の腕から手を離した。
そして重苦しい空気に包まれる。
「ロゼ」
「は、はいっ!」
「急用が出来た。 君は先に屋敷に戻っててくれ」
「え……」
「折角の誘いだったが、すまない。 行ってくる」
「……承知しました」
私が小さく返事をすると、閣下は踵を返してあっという間に離れて行ってしまった。
閣下は私が必死に爵位を取り戻そうとしていたのを知ってる。
だからあんなに怒ってくれたのに、当の本人は何でも無い顔してるからきっと幻滅したんだ。
私が功績を上げられるように手を尽くしてくれたのに、その誠意を無駄にしてしまった。
そう、悪いのは自分だ。
私は泣くのを堪えて一人で屋敷に向かった。
◇◇◇◇
「ロゼ様、開けてください!」
屋敷に戻ってすぐに部屋に閉じこもった私を心配してか、エルマーが何度も扉の向こうで私を呼んだ。
でも私は鍵をかけたまま、何も言わずベッドに突っ伏していた。
エルマーやラーソンさんに限らず、この屋敷にいる人は皆私に優しい。
セロの私を気遣ってくれるなんて、外の世界だったら有り得ない事だ。
だから両親がいた時と同じ様に、ここは温かくて安心していられる場所だった。
でもそれは私が功績を上げる為に用意されたもの。
その目的を果たせない私がいて良い訳ないじゃない。
いっその事、ここを出ていこうか。
するとガチャリ、と扉が開く音がした。
「失礼致します」
「え? ラーソンさん?!」
「生存確認の為、合鍵を使わせて頂きました」
うそ、そんなの有りなの?!
慌てる私を他所にラーソンさんは颯爽と部屋に押し入り、ジッと私の顔を見た。
「……おいでなら返事をして下さいな。 一体どうなさったのです?」
「……」
「……エルマー、手伝いなさい。 ロゼ様を運びますよ」
「はい!」
すると後ろで待機していたエルマーも駆け寄ってきて、捕獲するかの様に私の腕を掴んだ。
え? もしかして怒ってる?
「ロゼ様、さぁ参りましょう!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「充分待ちました。 ほら、参りますよ」
一体何処に連れて行かれるの?
でも何故か二人の手を振り払う事が出来なくて、大人しく二人に腕を引かれていく事にした。
そしてたどり着いたのが、手足を存分に伸ばせるバスタブがある浴室だった。
白を基調とした空間の中に、フワリと石鹸の良い香りが立ち込める。
七年まともに湯船に浸かる事が出来なかった私は、ここを見てひどく感動したもんだ。
「あ、あの……」
「そんな顔のままではキアノス様に顔向け出来ません。 先ずは身体を温めましょう」
そう言ってラーソンさんは私の服をあっさりと剥ぎ取りそのままバスタブに放り込んだ。
そして頭からシャワーをかけた。
「ぶふっ! な、何するんですか!」
「こうしている間は顔は見えません。 今でしたら一人で流せますよ」
もしかして、私を気遣って……?
途端に涙がせきを切った様に溢れてきた。
「うっ……、ひぐっ、うぅ……」
温かいお湯と気遣いが心と身体に染みていく。
ジャージャーと頭からたっぷりのシャワーを浴びながら、バスタブにしっかりとお湯が溜まるまで私は泣き続けた。
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