憂い事

 エメレンス様捕獲作戦から一週間が経った。


 エメレンス様は閣下が言っていたとおり、国が保護するという名目で特別機関へと送られた。

 勿論療養が最優先。

 後はエメレンス様の体調を見て治療や調査を行うらしい。

 会える日は、ずっと先になりそうだ。


 私はというと、アルフレッド様から二度目の謹慎処分を言い渡され、今日までずっとヴランディ家で療養していた。


 だけどこれといって何かをする訳じゃない。

 ただ本を読んだり、時事の勉強をしたり、何でもない平和な一日を送るだけ。

 

 前は身体が鈍らないよう剣を振るったりしてたけど、今回は体力や怪我が治っても剣を持つ気にはなれなかった。


 こんな事初めてだ。


 とりあえず気分転換に令嬢らしくドレスを纏って、ヴランディ家の花盛りな庭をぼんやりと眺めてよう。


「ロゼ様、気分転換に街へ行ってみてはどうですか?」


 テーブルに紅茶を置いてくれたエルマーが心配そうに声をかけてくれるけど、私は首を左右に振った。

 

「今はいいの。 ごめんなさい」


 そんなやりとりを繰り返した。



 

(アルバート家の事、ちゃんと考えなきゃいけなきゃだ……)


 思考の大半がそれだった。


 まだ正式に爵位が戻ると決まったわけじゃないんだから、今は忘れていてもいい話だ。

 でもいつかはこの居心地のいい場所を離れて一人で領地に戻るんだもの。

 割り切れる自分になっていたい。


 大丈夫、大切にしてもらった思い出があれば、きっと乗り越えていける。

 

 前の私とは違うんだから。

 

 

「ロゼ!」


 突然名を呼ばれて顔を上げると、庭園の入口から閣下がこちらに向かって歩いてきてる。

 私は急いで閣下の元に駆け寄った。


「まだ日が高いのに、どうなさったんですか?」


「ようやく仕事が一段落ついたんで戻ってきたんだが、取込み中だったか?」


「いえ! お庭を眺めてただけです!」


「なら良かった。 最近元気がないと聞いていたが、体調はどうだ?」


「だ、大丈夫です。 謹慎が明けたらまた訓練に参加出来るみたいですし、今の内に休んでおこうと思ってるだけですから!」


「そうか」


「閣下こそ、ちゃんと休んでますか?」


「あぁ、あの件ではユーリにも叱られた。 ちゃんと気にかけるようにしている」  


 そう言って閣下は頬を緩めた。

 

 そう言えばこうして閣下と会うのも六日ぶりだ。

 事件が解決して一日は屋敷で過ごしたみたいだけど、次の日の朝にはもう姿はなかった。

 眠っていた間の仕事の処理に追われてるんだろう。

 でもちゃんと体調管理しているなら安心だ。

 

「今日はドレスなんだな」


「は、はい。 閣下からの贈り物ですし、折角なので休みの日ぐらい令嬢らしく過ごそうかと思いまして……」


「そうか……」


 今日着ていたのは落ち着いたピンク色のドレスだった。

 普段好んで着ていたのは動きやすさ重視のもの。

 でも今日のはエルマーの勧めで裾がふわりと広がる丸みの多いデザイン。

 こうした可愛いデザインは恥ずかしくてずっと避けてきたけど、まさかこんな形で閣下にお披露目する事になるとは思わなかった。


 どうしよう、やっぱり変かな。

 いつもと違う自分を見られると恥ずかしくてつい目を逸らしてしまった。


 すると閣下は私の手を掬い上げ、手の甲に軽く唇を当てた。

 

「その姿も花の様で愛らしいな。 似合ってる」


「あ、ありがとうございます……」


 わゎ……、これはこれで頭から湯気が出そうだ。

 黒の軍服姿なのに、騎士団長というより一人の王子様に見える。

 公爵様なんだからそうなんだけど、何だか神々しい。

 お日様の下だから?

 優しい言葉をかけてくれるから?

 

 どうしよう、色々考えてたらもっと一緒に居たいと思ってしまう。


「も、もしお時間がよければお茶でも如何ですか? とても美味しい茶葉があるんです」


「もしかしてロゼが淹れてくれるのか?」


「え……?」


「いや、君が淹れたお茶が飲めるのかと思ってだな……」 


「一応給仕としても働けるよう母から一通りの手ほどきは受けておりますから、その……セロの私でも良ければ……」


「ロゼ様が淹れるお茶は美味しいですよ! ぜひ休んでいかれては如何でしょう?」


 少し離れて立っていたエルマーが跳ねた声で閣下に呼びかけた。


「ちょっとエルマー! 変な事言わないでよ!」


「それは楽しみだ。 ぜひ頂こう」

 

 ピ、チチチ。


 すると頭上から鳥の鳴き声が聞こえた。

 顔を上げると、キラキラと銀白の羽を広げた小鳥が旋回してる。


「もしかしてコレット?」


「ピッピピ!」


 名前を呼ぶとコレットは真っ先に私の方へと飛んできてくれた。

 そして私の肩に止まり、小さなくちばしで私の髪を弄り始めた。


「今回の任務、あなたのおかげで上手くいったよ。 ありがとう」


 指で頬を撫でてやると、コレットは目を閉じて愛らしく鳴いてくれた。

 ホント、可愛いなぁ。


「陛下の使いじゃないか。 えらく懐いてるな」


「陛下から頂いたんです」


「頂いた?!」


「はい。 もう役目も終えたから戻ってこないと思ってたんですが、こうしてまた会えてすごく嬉しいです。 でもコレットが来るという事は、何かあったんでしょうか」


「そうだな……」


 すると閣下はジィっとコレットを観察した後、ユーリ様と同じ様に何やら詠唱した。

 途端にコレットがパチンと巻物に姿を変えた。

 何回見てもやっぱり魔法ってすごい。


「どうやら陛下が君に話があるそうだ」


「え?」


「どうする?」


「……今から行った方が良いですよね。 でも閣下にお茶をお出しする予定が……」


「戻ってからでも問題ない。 俺も一緒に行こう」


「ですが……」


「今は少しでも君と過ごしたい」


「……わかりました。  ではお願いします」


 陛下から直に話が来るということは、きっとあの事だ。

 

 私は胸元をギュッと掴み、ざわつく心を必死に宥めた。






 



 

 

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