この時を待っていた

 ううん、諦めるにはまだ早い。

 私はグッと唇を噛み、爪が食い込むほどに手を握った。


「……エメレンス様、大人しく自首して下さい」


「オーウェンを魔物にした事についてかい? 前にも言ったけど犯人は僕じゃない」


「違います! 貴方は魔晶石を使って閣下の魔力を奪いました。 自首して直ぐにこの事実と、アンカスター家の罪を話して下さい!」


「……」


「確かに貴方は被害者です。 でもそれが人から魔力を奪っていい理由にはなりません!!」


「彼奴等に復讐するにはこうするしかないんだ!  セロの君なら分かるだろう?!」


「だからって魔物になる必要はない筈です!!」


 私は剣を抜き、エメレンス様に切りつけた。

 

――――ガキン!!


 異形の腕に剣を振り下ろすと、まるで鋼鉄を叩いたような有り得ない斬撃音が響いた。

 剣を交えてるような感覚に動揺しつつも、押し切る様に鍔迫り合いを続ける。


 人間とは思えない程に強靭な身体と膂力りょりょく

 それでもやり合えてるのは魔晶石のお陰だ。

 魔晶石を嵌めた武器のおかげで、手応えが僅かに変わってきてるのが分かる。

 少しずつでも魔力を削ぐことが出来てるんだ。

 何度弾き返されようとも、怯まず斬撃を繰り返す。

 ギリギリまで踏ん張れ、自分の力を信じろ!

 

「良いねぇ、僕が勝って今度こそ君を手に入れる!!」


「勝つのは私です!!」


 もしかしたら、私も閣下と出会わなければ復讐を考えていたかも知れない。

 そう思うと胸が痛い位に締め付けられる。


 それでも、絶対に私は一線を超えない。

 私の力は誰かを傷つける為じゃない。

 守る為にあるんだから!


「閣下の魔力いのちを復讐に使うなんて絶対に許さない!」


 精一杯の力で押し切り、エメレンス様から距離を取った。


 悔しいけど、エメレンス様はさほど息が上がってない。

 まだ余裕がありそうだ。

 私はぐいと腕で汗を拭い、剣を構え直した。


「……ロゼってば、本気で僕に勝つつもりなのかい? しかも一人で」


「そうじゃなきゃ来てません」


「へぇ、格好良いなぁ」


 そう言ってエメレンス様は私を捕らえようと手を伸ばし距離を詰めてきた。


 今度は既で避け切れたが、頬を掠め血が伝う。

 それでも飛び退いた反動を活かして、私は剣を振り上げ異形の手を打ち払った。


「さすがアルフレッド様から稽古をつけてもらっただけあるね。 想像以上によく動く」


「お褒め頂きありがとうございます」


「でもやっぱりロゼには僕は倒せないよ」


「それはどうでしょうか」


 少し笑って見せたら、エメレンス様は片眉を上げて攻撃を止めた。

 

「……さっきからおかしいと思ったんだ。 もしかして、ロゼも魔晶石を使っているのか?」


「気づきましたか。 なのでこれ以上戦っても魔力が尽きるだけです。 ですから自首して下さい」


 エメレンス様は歯噛みして怒りを顕にする。

 背中から放たれる殺気は、臨戦態勢の魔物そのものだ。


「邪魔するなら君とて容赦しない!!」


 激昂したエメレンス様の攻撃を剣で防御するも、その威力に弾き飛ばれる。

 怒りで威力が増していて、猛攻を回避するのが精一杯だ。

 これじゃあ魔晶石の力が充分に発揮できない。


 エメレンス様の魔力が尽きるのを待つしかないのか。

 せめて剣が届く所まで行けたら――。


 すると背後から激しい閃光と爆音が部屋中に轟いた。


「!!」


 途端に何かが燃えた様な煙にまかれて息苦しい。

 一体何が起きたの?


「く……っ、うぁ……ぁ」


 エメレンス様がうめき声を上げてる。

 そうか、魔物がもつ赤い瞳は光の刺激に弱い。 

 しかも真っ向から浴びてるからダメージは大きい筈。

 これはチャンスだ。

 

 とはいえ、私もまだ視界がぼやけてまともに動けない。

 すると、バサッと黒いものに視野を遮られ、身体が宙に浮いた。

 まさか担がれてる?!


(あ……)


 でもこの気配は知ってる。

 この力強い腕。

 安心して身体を預けられる大きな身体。


 その中に秘めた情深さと安堵感。


 あぁ、来てくれたんだ。

 そう思うと、胸が一杯になった。



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