最悪の答え

 アルフレッド様の稽古と長剣のお陰で魔物の群れにも手間取ることなく、予定よりも早く目的地に辿り着けた。


 森を大きく切り開き、この森の支配者だと主張する様にそびえ立つ大きな屋敷。

 まさかもう一度来ることになるなんて。


 でもあの頃と違って、あちこちに瓦礫や窓ガラスが散らばっていてあの頃の面影は全くない。

 まるで魔物に襲われた後の様に古びた印象だ。

 魔物除けの札も貼ってあったのに、それも無惨に剥がされてる。

 一体誰が、何の為に?


 玄関の扉にも鍵がかかってない……違う、壊されてる。

 誰か出入りしてるのは確かだ。



「コレット、先に部屋の様子を見てきて」


 ゆっくり扉を開いてコレットを放つと、すうっと空気に溶けるように飛んでいった。

 そして私も後に続いて屋敷内へと侵入した。

 

 ガシャン!!


 するといきなり窓ガラスが割れた音が響く。

 その方を見ると、コレットがこちらに逃げてきた!


「コレット! そのままアルフレッド様の元へ!」


 コレットに合図を送ると、私は急いでコレットが出てきた部屋へと向かった。

 そこには、深緑の制服を纏ったエメレンス様が息を荒げて立っていた。 


「誰だ?」


「私です! ロゼ・アルバートです!」


「ロゼ……?! まさか君の方から来てくれたのか!」

 

 優しい笑みを浮かべ、私に向かって両手を広げてる。

 でもあの美しかった青眼は血色に染まってる。

 まるで魔物と対峙しているみたいに背筋が冷えた。


 それでもジリジリと迫るエメレンス様を注視しつつ、フゥ、と小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。 


「言っときますけど、貴方と一緒に暮らすために来たんじゃありません」


「……そうか、残念だな。 だからそんな物騒な物を背負ってきたんだね」


「?!」


 急いで屈むと、ものすごい速さで何かが頭上を掠めた。

 途端に背後の壁が粉砕され砂埃を上げた。


「やっぱり避けられたか。 剣を奪おうと思ったけど、やっぱりロゼはすごいな」

 

 目を細めて笑うエメレンス様の右手が、大きな鉤爪の様に変形してる。

 エメレンス様はその手を誇らしげに恍惚と見つめる。


「すごいだろ。 ようやく制御出来るようになったんだ。 やはりキアノス様の魔力はすごい」


「閣下の魔力って……、一体どんな魔法を使って奪ったんです?」


「魔法じゃない。 魔晶石さ」


「魔晶石?」

 

「仕組みを調べに来たんだろ? でも今は駄目だよ。 この魔力が尽きる前に実家に行かなきゃならないから」


 そう言ってエメレンス様は無防備に背を向けて外出の支度を始めた。


「……実家って、アンカスター家ですか?」


「そうだよ。 ロゼも一緒に行こう」


「何故私が……」


 するとエメレンス様の腕が伸びてきて、グッと腕を掴まれた。

 まだ人間の手をしてる左手なのに、物凄い力で振り払えない。


「離して下さい!」


「……ロゼは魔術師達に復讐しようと思ったことはないのかい?」


「復讐? 何故です?」


「ロゼだってセロだというだけでザクセンに酷い目に遭わされたんだろう?」


「確かに、そうですけど……」


「奴らは魔力がなければ無価値な人間だと罵ってくる。 僕はそんな腐った風習の上でのさばってる奴等を排除するんだ。 まずは手始めにアンカスター家を潰す」


「待って下さい! 家族なんじゃないんですか?!」


「己の出世の為に息子を実験台にする奴等が家族なもんか」


 エメレンス様は唸るように呟くと、腕を掴んだまま私を持ち上げ、壁に向けて放り投げた。    

 ドゴ!!と派手な音と共に、強い衝撃が全身に奔る。

 背面の壁が大きく凹み、土片がバラバラと落ちてくる。

 長剣を背負う私を投げ飛ばすって、とんでもない腕力だ。


「僕はこの時をずっと待ってたんだよ。 これだけ莫大な量の魔力があれば彼奴等全員を消せる。 死なない程度にぐちゃぐちゃにして、あの時の僕と同じ生き地獄を味わわせてやるんだ。 そしてこんな僕を生み出した事を後悔させてやる!」


「……生み出した……?」


アンカスター家あいつら魔力なしセロだった僕を実験台にしたんだよ」


 エメレンス様の言葉に頭が真っ白になった。

 そしてアルフレッド様の話を思い出す。

 エメレンス様は加担者ではなく被害者だったんだ。


「セロとして生まれたことで『無能』と罵られていた僕が引っ張り出されたと思ったら、いきなり手術を強行されたんだ。 両肩に一つずつ……こんな無理やりに魔力を持たされてどれだけ地獄を味わったか、彼奴等に教えてやるのさ!」


 顔を歪めて笑うエメレンス様を見て、背筋が凍った。

 街の人を守り部下にも慕われていたんだから、心根は優しい人の筈。

 でも今目の前に居るのは、一線を超えてしまった魔物だ。

 

 もう、どうする事も出来ないのかな。

 




 

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