身勝手な思い

 リーヴェス教官達の推薦のおかげで、無事に武闘祭に参加出来る事が決まった。

 『折角なら優勝を狙え』と、特訓は更に厳しくなったけど、だいぶアルフレッド様からの魔法攻撃にも目が慣れてきていた。


 そして武闘祭まで後三日に迫った日の午後の事。

 

「目標の十分間を持ち堪えるとはやるじゃないか」


「ありがとうございます!」


 十分間というのは、鍛錬を積んだ人間が魔法を使い続けて魔力が枯渇するまでの平均時間を示す。

 必死に逃げ回っていた私の隣で涼しい顔をしているアルフレッド様は、やはり規格外の魔術師としか言いようがない。


「武闘祭では魔晶石の使用が禁止されているだけで、物理攻撃も魔法も使用可能だ。 君は魔法に当てられたら終いなんだから決して気を抜くなよ」


「はい!」


 最近アルフレッド様の言動が心做しか優しい気がする。

 会った頃は目を合わすだけでも殺されるかと思ったけど、今はそこまでじゃない。

 フェリスさんが絡んでなければの話だけど。

 

「そう言えば君は、前夜祭は誰かといくのか?」


「前夜祭? なんですかそれ?」


「国随一の強さを競う武闘祭を観ようと大勢の客が王都に集まってくる。 その客をもてなす為に開かれるのが前夜祭だ。 勿論商人も集まるから、日頃見られない地域の特産物なども集まるからなかなか賑やかだぞ」


「なんだか楽しそうですね!」


「で、そこに行く予定はないのか?」


「ないです。 前日なので部屋で身体を休めるつもりでしたから」


「そうか……」


 一緒に武具を片付けていたアルフレッド様が、手を止めて何やらブツブツ呟いてる。


「アルフレッド様?」


「単刀直入に言う。 キアノスを誘って行って来い」


「え?!」


「俺達『黒の騎士』はこんな日でも仕事だが、キアノスはずっと働き詰めだったし少しでも息抜きをさせてやりたい。 だからその役目を君に託そうと思う」


「それなら私ではなくアルフレッド様が……」


「男が二人で行ってどうする!」


 何故か物凄い剣幕で睨まれてしまった。

 働き詰めなのはアルフレッド様も一緒だと思うけど、どうやらそれとこれは違うらしい。

 だからと言って、私を使うのはどうかと思う。


「私みたいな見習いが閣下と歩くなんて反感を買いますよ! 辞退させていただきます!」


 すると今度は半眼で溜息をつかれた。


「……ならば他の女性に頼むしかないか」


「え」


「まぁこんな日だから国中の美女も集まるだろう。 そこに公爵様の接待となったら希望者も殺到するな……」


 閣下が、他の女性と……。

 想像してしまい、胸の奥がきゅっと締め付けられた。

 でもそんな感情、持つべきじゃない。


「そ、その方が断然いいですよ!」


「え?」


「私なんかよりもずっと閣下を労って下さいます。 ぜひそうしてあげてください!」


 アルフレッド様は暫く固まっていたけど、訝しげに眉を寄せてズイと迫ってきた。


「君は本当にそれでもいいのか?」


「はい、私はセロですから閣下のお荷物にはなりたくありません」


 そう、本来ならセロの私が閣下のような地位のある方の隣りに立つなんて、許されるはずがない。

 だからこれ以上を望んだらきっとバチが当たる。

 閣下には、ちゃんとふさわしい人と幸せになってもらわなきゃ。


 するとアルフレッド様は何故か私の頭をよしよしと撫でた。

 

「君はそうかも知れないが、アイツはきっと喜ぶぞ」


「え……?」


「いいから前夜祭はキアノスと過ごせ。 これは上司命令だ」


 そんな命令、聞いた事がない。

 でも何だかんだ言って、閣下の事を気にかけてるアルフレッド様は優しい人だ。 

 

 とはいえ、屋敷にいてもなかなか会えないのにどうやって誘えばいいんだろう。

 アルフレッド様を見ても、そこら辺のアドバイスはくれないみたいだ。


 私は残りの武具を片付けながら、突然降ってきた難題に頭を悩ませた。 





「ロゼ!!」


「あ……エメレンス様」


 訓練生の棟に戻ろうと、連絡通路を歩いていた時だ。

 後ろからエメレンス様が笑顔でこちらに駆けてきた。


「ようやく会えた……! 演習はもう終わったのかい?」


「はい、エメレンス様こそ今日は演習ですか?」


「あぁ。 本当は非番だったんだけど、武闘祭の出場が決まった途端何だか落ち着かなくてずっと稽古をしてたんだ。 でも、お陰で君に会えた」


「はぁ……」


 なんせ『緑の騎士』の部隊長を務める人だ。

 真面目に鍛えてるんだろうな。

 そんな事をぼんやり考えていたら、エメレンス様は少し跳ねたような声で話し始めた。


「もし良かったら、この後お茶でもしないかい?」


 エメレンス様に誘われて過ぎったのは閣下の顔。

 こんな事してたら前みたいに眉間に皺を寄せた閣下が飛んでくるのかな。

 でもいつも断ったりしていたのでさすがに気が引ける。


「少しだけなら……」


 そう返事を返すと、エメレンス様は満面の笑みを見せた。



◇◇◇◇



 私達は庭園へと移動した。

 そこでエメレンス様が『少し待ってて!』と言うので、近くのベンチで待つことに。

 すると、エメレンス様が両手に飲み物を持ってきた。


「お待たせ! レモネードでよかったかな?」


「はい。 あの、お金は……」


「知らないのかい? ここでは訓練生からはお金を取らない事になってる。 だから君からもお金は取らない」


「……ありがとうございます」


 しずしずと受け取った飲み物に口をつけると、少しほろ苦くもサッパリとした後味が疲れた身体によく染みる。

 果実水よりも甘くてコレはこれで好きな味だ。


「これ、最近食堂で出るようになったんだ。 口に合ったかい?」


「はい、すごく美味しいです」


「良かった。 これで君の好きなものが一つ知れた」


 青い瞳を細めてコテンと小首を傾げる姿は、まるで人懐こい大型犬みたいだ。

 この人は何故私なんかに興味を持ってるんだろう。

 こんなにも私の事を知ろうとする人は初めてで、正直戸惑っていた。


「あの……何故私に構うんですか?」


 ここは正直に聞いてみよう。

 何の接点もなかった魔法使いが、突然セロに興味を持つなんてやっぱり信じられない。

 私が疑いの眼差しを向けると、エメレンス様は手で口元を抑え俯いた。


「まいったな……」


 何が?と聞こうとする前に、エメレンス様はパッと私に向き直り、背を正した。


「実は、一目惚れだったんだ。 だから君のことがもっと知りたいと思ってる」


「……え?」


 思いがけない台詞に私は目を瞬かせた。

 もしかして街で会った時のことかな。

 そんな事を思い出していると、エメレンス様は力強く私の手を握り言葉を続ける。


「勿論君がセロだということは知ってる。 だから益々君が好きになったんだ!」


「で、でも、アンカスター家といえば優秀な魔法使いばかりじゃないですか! なのに私みたいなセロと一緒にいたら貴方が何を言われるか……」


「良いんだよ、あんな奴ら」


「え?」


「僕は、君がセロだから良いんだ」


 何故かさっきまで優しかった眼差しが鋭くなった。

 その真意はわからない。

 ただ好意とは違う何かを求められてるのだけは分かった。


「噂ではあの『黒の騎士』達がご執心だと聞いたよ。 君がどれだけ強いのかも知りたいな」


 私は握られていた手を振り解き、きっと睨みつけた。


「申し訳ありませんがお断りします」


「何故? まだ僕達は知り合ったばかりなのに」


「貴方が求めているのは私じゃない。 セロという存在ですよね?」


「それの何が悪いんだい?」


 何の悪びれもなく聞き返すもんだから、頭がかぁっと熱くなった。

 そんな私を見てか、エメレンス様は小さく笑って私の手首をグッと掴んだ。


「安心して、ただ一緒にいたいだけなんだ。 君と痛みを分かち合いたい」


「意味がわかりません! とにかくお断りします!」


「じゃあ勝負をしよう」


「勝負……?」


「今度の武闘祭、きっと僕達は戦う事になる。 そこで君が勝ったら大人しく身を引く。 それで僕が勝ったら僕のものになってよ」


「……そんな勝手な……」


「応じないならあの事もバラしてしまうよ?」


「あの事?」


「『騎士団長がセロを買って自分の臣下にしてる』ってね」


「何でそれを……!」


「やっぱり本当だったんだ」


 ニコニコと笑うエメレンス様を見て、私は慌てて口を押さえた。


「君は嘘が下手なんだね。 そんな所もかわいいな。 ねぇ、こんなことが知られたら公爵閣下の立場はどうなるだろうね」


 何故エメレンス様があの時の事を知ってるんだろう。

 とにかくこんな話を流されたら、確実に閣下の立場が悪くなってしまう。

 そんな事絶対にしたくない。

 

「……わかりました。 お受けします」


「理解が早くて嬉しいよ。 じゃあ当日を楽しみにしてるから」


 エメレンス様は私の髪をスルリと掬い上げにっこりと微笑むと、騎士の礼をして庭園を去っていった。


 気づくと手が少し震えてる。

 握られた所も薄っすらと痣になってた。

 無意識に魔力が込めてあったのかもしれない。


 アルフレッド様の言葉が頭を過る。 

 次、こんな至近距離で魔法を使われたら、きっと振り払えない。

 そう思うと、背中からイヤな汗が流れていった。

 

 

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