期待の星
あれから二日後。
熱傷を受けた肌も元に戻ったのに、私の頭の中は靄がかかったみたいだった。
今日からまた鍛錬に参加出来るというのに、寝不足続きだったのだ。
「ロゼ!!」
復帰の報告を終えて事務室からでてくると、フェリス様が笑顔で駆け寄ってきた。
「おかえりなさい! もう身体は大丈夫?」
「はい。 フェリス様もお変わりなかったですか?」
「ロゼのおかげで平和だよ。 リリアナは一週間前にここを出たし、お付きの二人も肩身が狭いみたいで縮こまってる。 で、これなんだけど」
そう言ってフェリス様は私に小さな紙袋を差し出した。
中を覗くと、パウンドケーキが可愛らしく梱包されていた。
しかも隣には色とりどりの丸いものが入っていた。
「お礼のケーキと、隣のマカロンは完治祝いだから、ぜひ食べてね」
うわぁぁ!
こんな可愛いものが食べ物だなんて信じられない!
しかもこんなおしゃれなお菓子が作れるなんて、フェリス様はすごすぎる!
「ありがとうございます!」
『ほら、またセロが一緒にいるわ』
すると周りの声が耳に入ってきた。
男女問わず支持の高いフェリス様がセロの私と一緒にいるから、周囲はジロジロと奇怪な目で見てくる。
私は構わないけど、フェリス様が嫌な思いをするんじゃないかと心配になるんだけど。
「ロゼ」
「はい!」
「私なら大丈夫だから。 ちゃんと後でクギさしておくから問題ないよ」
一瞬ゴクッと息を飲んだ。
あの愛らしいフェリス様がこめかみに青筋立てて笑ってる。
『あの時あんなに言ったのにねー』と笑ってる。
これは冗談抜きでやりかねない。
うん、心配は要らないかも知れない。
「おぉ! ロゼ・アルバートじゃないか!」
背後からハリのある声で呼ばれて、周囲の視線が一気に集中した。
「リ、リーヴェス教官……」
「いやぁ、この前は大人気なくて済まなかった! 体調を崩したと聞いたがもう大丈夫なのかい?」
「はい。 私の方こそ先日の無礼をお許し下さい」
「そんなに畏まらなくていいんだよ! 長年この仕事を務めているが、君の打撃で目が覚めたよ。 私もまだまだだ。 だからまた今度手合わせをしてくれ!」
「そんな、恐れ多いです……」
「謙遜するんじゃない! 君の腕は一流だ!」
目を輝かせて語るリーヴェス教官からは一切悪意は感じない。
純粋に褒めてくれてるんだろうけど、せめて声量を落として欲しいな……。
静かに過ごしたかった私の気持ちを他所に、リーヴェス教官は嬉々として話を続ける。
「君程の実力者が出れば武闘祭はかなり盛り上がるぞ。 折角だし出てみてはどうだ?」
「武闘祭、ですか?」
私は小首を傾げた。
そういえば閣下が今年どうするかと悩んでたな。
「今年も開催されるんですか?」
「今の所はな。 やはり出る気か?」
「いえ。 一体どんな内容なのかと思いまして……」
「例年だと武闘祭はトーナメント式で行われる。 そこで優勝した者は昇格出来る仕組みだ。 通常なら昇格するには筆記やいくつかの実技試験に合格しなければならないが、優勝者はそれらが免除になる。 ちなみに私も優勝経験者だ」
そういってリーヴァス教官はフン!と鎧のような肉体美を見せてくれた。
筆記試験が苦手な私にとっては有り難い話だ。
それに優勝すればその功績が認められて、爵位を取り戻せるかもしれない。
これは参加する価値がありそうだ。
「リーヴェス教官、参加するにはどうしたらいいんですか?」
「指導者三人分の推薦書があれば可能だ。 一枚は私が書いてやれるが、後二枚をどうするかだな……」
推薦というからには、セロの私を受け入れてくれてる人じゃないと駄目だ。
いや、そもそもセロが昇格試験に参加させてもらえるのかも疑問だ。
「キアノス様とアルフレッド様に頼んでみたら?」
云々と考えていたら、フェリス様が隣りでポンと手を打った。
「あの二人ならきっと協力してくれるわ。 私も一緒に頼んであげる!」
「キアノス閣下とアルフレッド副官にだと?! 一体どういう事だ?!」
驚愕するリーヴェス教官の声が辺りに響き渡った。
それも叫んだのがあの二人の名前。
またもや視線が私達に集中してしまう。
「ロゼ! あのお二人とはどういう関係なんだ?!」
「ただの知り合いです……」
「推薦書を頼めるような間柄が『ただの知り合い』な訳ないだろう!」
実は閣下に拾われた元子爵令嬢です。
なんて言える訳が無い。
その前に声を抑えてもらわないと、どんどん人が集まってきてしまう。
早く話題を逸らさなきゃだ!
「そ、そういえば閣下やアルフレッド様は大会に出場されるんですか?!」
「『黒の騎士』になりたいって人がいたらきっと舞台に立つと思うわ。 ただあのお二人に立ち向かう勇気があればの話だけど」
「確かにここ何年かは来賓席に座ったままだな。 可能ならばあの方々の剣技を見てみたいが、そんな命知らずはなかなか居ないだろう」
ご尤もだ。
そんなの危険種の魔物の大群に飛び込むようなもの。
私だってまだまだ命は惜しい。
「あら、ロゼなら案外いけるかもよ?」
「絶対無理ですよ!!」
するとフェリス様の隣でリーヴェス教官が真剣な顔して考え込んでる。
「……いや、あり得るかもしれんな。 そうすれば私もロゼと打ち合った一人目として名もあがるかもしれないな!」
「何だ、その気があるなら話が早い」
声を聞いてブワッ!と悪寒が背中を疾走り、辺りの空気が冷たくなった。
恐る恐ると後ろを振り向くと、そこには相変わらず眉間に大きな皺を寄せたアルフレッド様が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます