第3話 始まりの昼休み
今度こそ、皆と和気あいあいした休み時間の到来か、と期待したが、昼休みは教室の状況が一変し、学食組は一斉に学食へ向かい、弁当組は屋上とか、中庭のランチスポット確保で一斉に教室を出て行ってしまった。
結局オレはいつも通り、窓際の自席で一人、弁当箱の蓋を開いた。
ふと、芦田玲奈がやってきた。芦田玲奈は、いわゆるクラスの、いや、学校のアイドル的な存在でオレからすると別世界というより異次元の人で、眩しくて直視できないし、半径3メートル以内で同じ空気を吸ったら意識が無くなるだろうというレベルの存在だ。
「下田君、少し話しても良い?」
「あ、あ、あし、芦田さん? も、もろちん、いや、もちろん。」
まずは落ち着け、オレ。
平静を装って弁当を食べ続けようとするが、緊張で箸がクロスになってしまって全然食べられていないので、一旦箸を置いた。
「どうかしたの、芦田さん? あ、このタコさんウィンナー食べる?」
「タコさんって。。。ありがとう、でもいらないわ。下田君っていつも、自分の世界があるみたいで、ちょっと話かけ辛かったんだけど、性格悪い人では無いみたいね。」
なるほど、やはりオレはみんなから嫌われてる訳でも、虐めの対象でもなく、オレが変なオーラを出してるから誰も絡まないってことなんだな、と一人納得して頷いていると芦田さんがオレの顔を覗き込んでいた。
「ねぇ、下田君、聞いてる?」
「あ、ごめん、今考え事してた・・。」
「やっぱり下田君って自分の世界に入っちゃう系の人なんだね。でも、ちょっとお願いがあって、ご飯食べながらで良いから聞いてもらえると嬉しいんだけど。」
「ご、ごめん。もちろん聞くよ、いや、聞かせて下さい。」
当然、この緊張で味なんか全然わからないけど、食べながらってことなので無理矢理弁当を食べる。
「実は私のウチって不動産屋をやってるの。凄く簡単に言うと、テナントの一つが退去で揉めてて、退去の条件がグラ8での勝負なの。さっきの授業で下田君の得点見て、下田君に勝負に出てもらえないかなぁって思って。」
えぇと、今理解出来たのは、芦田さんの実家が不動産屋で、テナントが退去で揉めてて・・で、なんで突然グラ8?
「うーんと、確かに簡単な説明だったけど、もう少し詳しく教えて貰えると嬉しいかなって思うんだ。特にグラ8の辺りを。」
「あぁ、ゴメン。そうよね。レース系のゲームって、マリコカート系とかラリー系とかF1系とかあるけど、実在の車が選べるところがグラの面白さだと思うの。そしてもちろん、最新のグラ8よね。」
・・確かにグラ8の辺りを詳しく説明してくれたけど、そうじゃないよな・・。
「あ、ゴメン、レースゲームからグラ8を選んだ部分じゃなくて、退去の条件がグラ8って言う辺りの詳細を聞いてみたかったんだ。」
「あぁ、そうよね。アハハハ、私ったら、もう。 私のウチが管理しているビルに建替えの予定があって、テナントさんの契約更新を止めて退去のお願いをしてるんだけど、1件、面倒なテナントがあって、高額の引越費用と退去費を支払えってゴネてるの。で、それを支払うかどうか、というか、退去するかどうかをレースゲームの勝敗で決めようってことなの。」
「背景はわかったんだけど、勝負がゲームって言う所がピンと来ないんだけどな・・」
「え?下田君?ゲーム以外で勝負を決めるものって何があるの? だからトレーニングのために学校へも通ってるんでしょ? それとも、もしかして、勝負に出たくないって意味なの?それならそうはっきり言ってね。無理なお願いってこともわかってるから。」
え?ゲームで勝負で、そのために学校? なんなんだこれ?
でも、クラスのアイドル、いや学校のアイドル芦田さんに頼まれたことを断るなんてバチ当たりなことが出来るはずもなく、ゲームとか勝負とか学校の部分は無視して、とにかく協力する姿勢を見せよう。
「い、いや、違うよ、グラ8勝負? 手伝うよ、いや、手伝わせて下さい。」
「うわぁ、ありがとう。対戦日時が決まったらメッセージするね。」
「あ、あぁ。じゃ、メッセージ待ってるよ。」
姉さん、事件です。女子に、それも学校のアイドルに、メッセージ待ってるよ、なんて言ってしまいました。オレはこのままイケメン街道をまっしぐらで、ベストジーニスト賞とか受賞するかもしれませんが、それでも温かく見守っていて下さいね。
「うん、じゃ、よろしくっ。」
そう言い残して芦田さんも教室を出て行った。
オレは残りの弁当を食べ始めたが、芦田さんの「メッセージするね」が頭の中でリフレインして、箸を持つ手が震えてしまい、ご飯がポロポロこぼれて食べ辛い。
「メッセージするね」「メッセージするね」「メッセージするね」・・・ なんて甘美な響きなんだろう。
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