第18話 精霊という存在

 水の精霊様が住んでいるのは、山の中腹に存在する滝の裏側。

 そこに、ぽっかりとそんざいする洞。


 滝の裏側は薄暗いが、奥に進むと、不思議な青色の光が広がってくる。


 奥に存在していた泉。


 その空間は凜として、少し寒く。肌が痛い。

 だが、水面から発する光は、意外と暖かい。


「おや、誰かと思えば、あなたたちでしたか? どうしまし…… ひぃぃ。あなたたちは何者です?」

 精霊様に、引かれてしまった。


「少しお聞きしたいことがあって、伺わせていただきました」

 頭を下げ、にっこりと微笑んでみる。


 今、精霊様は、泉から目までしか出てきていない。

 最初は神々しく出てきて、フェンリル達を見下すような感じだったのに。


「なんです? 答えられなくても、攻撃をしないで……」

 そう言って、少しぷるぷるしている。




「あれー。いないよ」

「へんねぇ。クノープだけならまだしも、アシュアスがいるなら、ドラゴンくらい平気なのに」

 リーポス達は、アシュアス達が遅いので見に来た。


「まだ谷底にワイバーンがあるし、マウンテンウルフが取り付いている」

 アミルが、その光景を見て何かを思ったのか、体を抱える。

 そう、台所に湧く黒い虫たち。


「ああ、皮膚は硬いけれど、頭ははじけたから食べられるのね」

 そう言いながら、無情な魔法がウルフ達の頭上に降りそそぐ。




 そんな頃。

 エベラルドトゥリー冒険者ギルド。

 総合受付の、イミティス=イルムヒルデは考えていた。


 冒険者からは、氷の美女と呼ばれる彼女が、首をかしげている。

 彼女以外なら、普通の風景。そう、彼女以外ならね。

 顎にそっと添えられた人差し指。物憂げな表情。


 周りを通る冒険者達が、思わず二度見をしてぶつかり合い、ささいな騒動が起こっている。


「おい、どういうことだ?」

「判らん。いつも凜として、生き人形とか言われ、皆の目を楽しませていたのに。応対以外で動くのを初めて見たぞ」

「おれもだ。奇蹟かもしれない」


 外野は騒がしいが、思うのはアシュアスの事。

 額の前で、スパークはしなかったが、確かに魂が引かれた。


 彼女は、孤児院育ち。

 母親は、どこかの高貴な出だそうだが、イルムヒルデという苗字はもう無いようだ。ただ、この王国には、だが……


 彼女は知らされていなかったが、母親は、命まで差し出してイミティスを生んだ。

 人としての限界を超えた出産。


 彼女は、家を謀略により潰され、彷徨い。たどり着いた精霊王の祠。彼女の母親、サーシャは、請い願い。子供を作った。王国を引っくり返すほどの、圧倒的な力を欲して。

 精霊と人間。むろん両者共に、子供が出来るとも思ってはいなかった。


 だが、強い願いの結果なのか、子供が授かり。次世代に繋いだ命。

 だが、母親は。

 子に家の悲願を伝えることなく…… 


 人にとって、その出産は本当の命がけとなった。出産後の母親は、すべて吸い取られ、まるでミイラのようであったと伝えられている。


 そして、精霊王は子をなせたことに興味を引かれ、次に迷い込んだ冒険者の女。怪我をして死にかかっていた体を癒やし、子をなした。

 そんな、奇妙な、歴史に埋もれた事実が一つ。




「精霊種の住む森? フォビドゥンフルーツ?」

 精霊は、何ですのそれ? 状態。

 全くもって知らなかった。


「知らないなら、仕方ないな」

 軽く言ったその言葉だが、なぜだか水の精霊にはこう見えた。

 

 顎下から当たっている光。アシュアスの瞳は腐ったものを見るような目で、自身を見ている。智恵の無い奴には、もう用はねえ。いっぺん死んでみるか? ああっ??

 そんな状態に、見えている。


 もう一人の猿は問題ない。

 力の無い猿は、ただの猿だ。聞こえていれば、クノープは涙目だろう。


 だがもう一人。コイツは、一見猿だが、ただの猿じゃない。お高い、じゃなく高位の猿だわ……


 あれっ、この魂の震え……

 そう、高位の……

 我らが王……

 まさか。


 控えねば。そう思い、すっと泉から出ると、そこには誰も居なかった。

「まさか……」



「すまないな。もし精霊種に合うなら、幻術にかからぬよう加護を与えよう」

「それなら仲間がいるから、皆に頼む」


 ピクニック状態で戻ると、無情にもマウンテンウルフは狩り尽くされていた。

 時間があった為か、皮まで綺麗に剥がされ、肉とその他の素材にまで分けられていた。


「おお。なんという……」

 少し、フェンリルは落ち込んだようだ。

 体が動かず。呻いていたときに、気遣い。餌を運んできた連中。


 ―― すっかり美味しそうになっていた。




 もう、町の門は閉まった為に、入ることは出来ない。


 肉になったのだから、美味しく頂くことにした。

 むろん、加護は皆貰った。


 ただ、なぜかアシュアスには、加護を与えることが出来なかった。

 通常、上から下のものには、与えることが出来るのに……


 翌朝フェンリル達と別れ、町へと戻る。

 その数時間後には、バケツを持って戻ってくることになるが、それまでに十分ギルドで騒動を起こす。


 ワイバーン三匹。五十近いマウンテンウルフ。


 金額は、また後日だということだ。


「おう、皆。生きていたかい」

 エレオノールさんの、私は心配などしていなかったよと言う笑顔。


 それと同時に、降ってくるバケツ。

「今日の分。行ってきな。今日は帰っておいでよ」

 そう言って休む暇無く、追い出された。

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