第3話『可愛いって言うのなら、私より恵梨香お姉ちゃんの方が可愛いと思うんだよね』

アリスちゃんにとって地獄の様な時間が終わり、私はアリスちゃんを膝枕しながら中庭で日向ぼっこしていた。


「人を褒めるってさ! 良い事だと思うけど、やり過ぎは良くないって想うんだよね!」


「そうだねぇ」


「先生はさ。過大評価しすぎなんだよ」


「あはは、しょうがないよ」


「それにさ! 私は可愛いより、格好いいになりたいんだから、可愛い可愛いって言われても嬉しくないの!」


「そうだね。でも、多分先生には直接言わないと伝わらないと思うよ?」


「う……」


「アリスちゃんが言い難かったら、私が言おうか?」


「いや、良い。先生、楽しそうだし。邪魔したくない」


「そっか」


頬を膨らませて、不貞腐れた様な顔をしつつも、しょうがないという様に言うアリスちゃんに、私は心が温かくなりその頭を撫でた。


優しい子だ。


自分の気持ちより、誰かの気持ちを優先する。


光の精霊が好むのもよく分かる。


「それに、さ。可愛いって言うのなら、私より恵梨香お姉ちゃんの方が可愛いと思うんだよね」


「へ?」


「だって、騎士団のみんなだって恵梨香お姉ちゃんが来るだけで凄い嬉しそうだもん。落ち着いてて大人っぽいのに、花とか見て喜んで笑うと、可愛いし……って、あー! 思い出した!! 恵梨香お姉ちゃん!!」


「ひゃい!」


「この前、王都近衛騎士団の騎士団長に何か貰ってたでしょ!」


「あ、えっと。ガーランド様?」


「そう! マルク・ヴェイン・ガーランド! 何貰ってたの!? 駄目だよ。知らない人から貰いものしたら!」


「あ、そうだよね。お返しとかしないとだもんね」


「それもそうだけど、そうじゃなくて、何を貰ったの?」


「えっと、王都で流行ってるっていうお菓子を貰ったの」


「お菓子ぃー? 怪しいなぁ。毒、は無いだろうけど、何か変な薬とか入って無かった?」


「入ってない! 入って無いよ! ぜーんぜん。何にも入ってない!」


「ふぅーん? でもおかしいよね? お菓子を貰うなんて、理由が無いし」


「それは……そのー」


「むむむ! 何か隠し事の気配がする! 恵梨香お姉ちゃんは私のお姉ちゃんなんだから、隠し事は駄目だよ! 妹には優しくして!」


「そ、それは、その」


「んー? 何を隠してるんだー?」


「内緒。じゃ、駄目かな」


「だめー!!」


「……でも」


「あー。そうやって隠し事するんだー! 妹に意地悪するんだー。良いモン。良いモン。本当の姉妹じゃないからそうやって恵梨香お姉ちゃんは意地悪するんだもんね。なら良いよ。お父様に頼んで、デイヴとの婚約を進めて貰うから。本当の姉妹になればちゃんとお話出来るもんねー?」


「いや、その件は、デイビッド様のお気持ちも」


「デイヴは構わないって言ってたよ。光の精霊と契約出来る人間は貴重だから、家の利益にもなるし。デイヴ自身も恵梨香お姉ちゃんは気に入ってるしね」


「あ……あぅあぅ」


「さ、どうする? 今すぐ話す? それとも私の本当のお姉様になってから話す? どっち!?」


「あ、あの……話します」


「うん! お願い!」


私は小さく息を吐いて、心の中で殿下に謝罪する。


ついでに反逆罪とかで死刑にならない様にとも祈っておいた。


「実は、ですね。半年ほど前に殿下と近くの森で会いまして」


「半年前っていうと、私と森に行った時だよね? 殿下? 殿下ってまさか! アルバート王太子殿下!?」


「はい」


「あの時、森に殿下も居たんだ。あー、なんか分かってきた。あの時、恵梨香お姉ちゃんが見た人影っていうのが」


「はい。アルバート王太子殿下です」


「なるほどなー。なんで殿下があの森に居たのかは分からないけど、そこで殿下を恵梨香お姉ちゃんが助けて、そのお礼っていう事で騎士団長からお礼を貰ったのね」


「はい。その様な形です」


「フンフン。なるほどなるほど。そういう事かー」


納得する様にアリスちゃんは頷いているけれど、上手く誤魔化せて良かったと思う。


本当はアリスちゃんの誕生日にプレゼントをしようとアリスちゃんが居る森へ向かっていた殿下が、偶然起こった魔物騒動で護衛とはぐれて、さ迷っていた所に出くわした。なんて言えないからね。


「でも! 思い出したので、言っておきたい事があります!」


「な、なんでしょうか」


「恵梨香お姉ちゃんも! 殿下も! 魔物を甘く見過ぎです! 本当に危険なんだからね! 騎士さんたちだってみんな、怒ってたでしょ?」


「はい。沢山お説教されちゃいました」


「逃げ遅れた人が居たのを恵梨香お姉ちゃんが見つけたのはとっても良かったけど、そこで騎士さんにお願いしなかったのは本当に駄目だよ。無事だったから良かったものを! もし魔物に傷つけられてたら、私、とっても悲しいんだからね?」


「反省しております」


「ん!」


私は膝にアリスちゃんを乗せたままペコリと頭を下げる。


半年前の私は、この世界に来てしまったことで、もう二度と自分が生きていた世界に帰れないという絶望に、あれほど消えたいと願っていた世界を想って苦しんでいたのだ。


だから、最後に人助けだけして終わろうと、あの微かに見えた姿の所へ走ってしまった。


でも、それが間違いであったと気づいたのは、アリスちゃんが、無事帰ってきた私の頬を全力で叩いた後、無事で良かったと抱きしめて泣いてくれたからだ。


私が生きている事を喜んでくれる人がいる。


それが私にとって生きる希望になったからだ。


だから、もう二度と自分が生きていた世界に帰る事が出来ないとしても、この世界でアリスちゃんと共に生きようと、そう思えた。


「そういえばさ。さっきは軽く話してたけど、恵梨香お姉ちゃんはデイヴが嫌い?」


「いや嫌いという事は、無いのだけど」


「じゃあ何で結婚出来ないの? 年下だから?」


「そういう訳では無くて……」


「ふーん。難しいなぁ」


困った様に腕を組むアリスちゃんを見て、私はどうしたものかと考える。


見知らぬ世界で、突然現れた私を姉として受け入れてくれたアリスちゃんには何か感謝を返したいとは思うけれど、それでも私には強く想う人が居るのだ。


だから、難しい。


まだあの人への想いを振り切るには、時間も想いも足りない。


でも、それでも。もう二度と叶わない想いだから、アリスちゃんが望むならという気持ちがあるのも確かだった。


「アリスちゃん。私はアリスちゃんが望むなら」


「それ以上は駄目だよ。恵梨香お姉ちゃん」


「ん」


人差し指で口を塞がれてしまい、私はそれ以上の言葉を紡ぐ事が出来なくなってしまった。


「貴族じゃない恵梨香お姉ちゃんは、誰かの都合で結婚なんてしなくても良いの」


「……アリスちゃんは」


「ん?」


「でも、アリスちゃんはいつか家の都合で誰かの所に嫁ぐんでしょう?」


「うん。そうなるね! まー。お父様は最大限私の想いを優先してくれるとは言ってるけどさ。好きな人とかいないし。どうせ結婚したら勇者様を目指すのも出来なくなるしね。特に希望はなし!」


「そう、なんですか」


「そうなんです。あ、でも。家にはたまに帰ってこれると良いかな。デイヴとかお父様にも会いたいし。後は、恵梨香お姉ちゃんにも、会えれば良いかなー」


将来の夢を語るアリスちゃんは楽しそうで、でもどこか寂しそうだった。


それは多分。今こうしてみんなで居られる時間が終わってしまうからだろう。


でも、と私は思う。


『そうだ。私が王となった際にはアリスを我が妻として迎えるつもりだ。それに、君もね』


『私も……?』


『あぁ、光の魔術をそれほどの輝きで使える者は世界でも数えるほどしか居ない。野放しには出来ないな。正妻という訳にはいかないが、悪い暮らしはさせないよ』


『でも』


『それに、私の元へ来れば、アリスと離れ離れになる事もない。アリス以外には頼れる者も居ないのだろう? この世界には』


『っ、なんで、それを』


『王家の情報網を甘く見ない事だ。どの道、君は誰かの庇護下に入るしか道はない。逃げても待っているのは人以下の扱いだけだ。実験体か、体を弄ばれるか』


『……』


『私の所へ来る事が最も幸せになれると思うがね。まぁ、よく考えておくことだ。そして、よく考えてお前がアリスを私に献上しろ。アリスの為にもな』


「……アリスちゃん」


「んー? どうしたの?」


私はあの森で出会ってしまった男性の事を思い出しながらアリスちゃんに向かって曖昧に笑う。


「なんでも、ないですよ」


「そう?」


そう。何でもない。


何でもないのだ。


『アリス・シア・イービルサイドを狙う者は多い。そんな奴らが闇の精霊とも契約している君という存在を知ったらどう思うか。よく考える事だ。君が正しい選択をする様に、祈っている。異世界より来た者よ』


私はギュっとアリスちゃんを抱きしめて目を閉じるのだった。


ゆっくりと迫りくる恐怖に負けない様に、心を強く保ちながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る