第14話 絡み付く

 迎えた放課後、俺は一年教室に数名の随伴を連れてやってきていた。

 俺の名前と顔は既に一年にも知れ渡っている。話を聞きつけた一部生徒が騒ぎ出し、数名の男たちが青い顔で走り回っていた。


 ジーク=ノートンを訪ねてやってきたのだが、生憎と彼は不在だった。

 ほぼ授業終了から間も開けていないにもかかわらず。


 授業をサボっていたのは明白で、クラスの男たちは探してきますと言うからのんびりと奴の席で待たせてもらう。


「全く……普段からこうなのです。注意を受けてものらりくらりと、話にならないっ」


 眼鏡を掛けた男が言う。

 学園の生徒自治組織、いうなれば生徒会の会長とも呼べる男だが、上位小隊らの発言力や家格などで劣ることが多い為、あまり発言力を持たない。

「ヤツの成績は」

「最低ランクです。『剣』の術者で、小技は得意のようですが、機動性は特に低い。この学年で最も弱い術者と言ってもいいほどに」

 思わず笑った。

 素直に『銃剣』の力を晒せばいいものを、力を隠して最低評価に収まっているらしい。まあヤツからすれば、別に学園で名を上げたり優遇されるのが目的ではないから、目立つのを避けているんだろう。おかげでこちらも動かざるを得なくなった。まあ、この流れは望む所でもあるのだが。

 俺の笑いを別の意味で取ったらしい男は、更に調子付いてジーク=ノートンの不良ぶりを解説する。やれ貴族との衝突が多いだの、授業の不参加は当然だの、おかげで低階級層まで調子に乗って彼へ追従しかけているだの、ほとんどは愚痴に近かったが。


「しかし、格闘技の腕前は確かなようで、特に一年はまだ授業以外での魔術使用は厳禁とされていますから、鬱憤の溜まっている者も多いのです」

 そんな一年生の話を受けた各小隊の上級生らが結託し、一番隊であるハイリアへ厄介事を押し付けたというのが今回の流れだ。先だって公式試合でこちらに仕掛けてきた三番隊のように、正面からかかってくればいいものを。なまじ貴族が発言力を持つ小隊は、こういう政治的な嫌がらせを好む傾向がある。


「つ、連れてきましたっ!」


 血相変えて飛び込んでくる男子生徒に手を引かれて、寝ぼけ眼のジークが教室へ入ってくる。

 こいつ、サボって寝てたな。まあ寝不足の理由は知ってるが。


 怒りに任せて罵倒しようとした眼鏡男を制し、俺は立ち上がった。


「あれ、お兄さんじゃない」


 ピシリ――、教室の空気に亀裂が入る。

 緊張感に耐えかねて倒れる者数名、かくいう俺はこの上なくハラワタが煮えくり返っていた。だというのにジークは欠伸をしながら荷物を取りにやってくる。俺に呼ばれていることなど大して気にも留めていない。


 この男、ジーク=ノートンに俺の妹であるアリエスがちょくちょく会いに来ているという話はビジット経由で聞いている。ほとんどはコイツの生活態度を注意するような用件だが、端から見ているとやや様子がおかしい、と。

 そんなアリエスとの関係を前提とし、兄と、俺を兄と呼んだのかキサマは?


 はははは!


「どうか気をお鎮め下さい、ハイリア様」

「…………そうだな、すまないメルト」

 すかさず声を掛けてくれた従者のおかげで思いとどまった。動き出す前に察するとは、流石はメルトだ。


「それでお兄さん、どうしたの一年教室に」

 寝起きだからジークのテンションは低い。一方俺はもうこの上なくハイだ。

「お待ちを」

 メルトが止めてくれなければ手が出る所だ。


「……キサマに話がある」

「へぇ、なに?」


 それは、と言いかけた所で眼鏡男が前に出る。

「君っ、ハイリア様の前で帽子を被ったままとはどういうつもりだ!」

 特に気にしていなかったが、随伴の数名が憤りつつ頷く。まあ、ジークのカウボーイハットを脱がせるのは難しいだろうから、とっとと話を進めたいのだが。

 数分掛けて押し問答を続けた所で、そろそろ止めさせようとしていた所へ、我が愛する妹が顔を出した。


「おっ、お兄様っ!? どうしてこのような所に!」

 妹よ、お兄様は同じ問いを投げかけたい。


 なんだ? この放課後に女が男の所へやってくるという構図は。ジーク=ノートン、これは俺への挑発と受け取っていいのか?

「いや、俺関係ないだろ」

「ほほう。キサマ、アリエスのような天使を目の前にして叩頭しないとは、この俺に喧嘩を売っているということと捉えるが?」


 という発言に対して教室中が一斉に叩頭した。うむ、それでいい。それが天使に対するあるべき姿勢だ。ほう、僅かに顔を上げてアリエスの足首を見たキサマ、ウィンダーベル家に喧嘩を売ったとみなすぞ?


 と、ここでアリエスがいきり立った。

「ジーク!」

 呼び捨てだとぅ!?


 いやっ、違う! 階級社会なんだから敬称を付けないのは当然だ。でもアリエス、その場合はノートンと呼んだほうがお兄ちゃんいいと思うんだけど、ほら名前呼びはちょっと親しみを感じてしまうというか、この男に勘違いしないでよ的なことを言い出す展開が脳裏を過ぎって無数のダメージが俺にくる……!!


「お兄様の前では帽子を外しなさい! 他の者への無礼は許しても、お兄様への無礼だけは私が許しませんっ!」


 な…………アリ、エス……?


「お兄様は私がこの世で最も敬愛する方です。アナタの粗暴さは生まれの理由なども含めてある程度は認めますが、敬意を払うべき人への礼も弁えられないのは生まれではなく性根の問題です!」


 アリエスぅぅぅぅぅうううううううう!


「フ――フフフフフ、ハハハハハハハ、アーッハッハッハッハッハ! まあそう言ってやるな! なるほどな、彼にも相応の事情があるのなら、追々理解してもらえばいい。あぁ、アリエス、今日は二人で食事でもどうだ? 家で食べてばかりは飽きるだろう。どこか遠出しても構わないな」

「あ…………その、実は……」

「今日は俺の知り合いの店に行く約束なんだ」

「黙れ喋るな今すぐ帽子を取って跪け。キサマのような人間がこの俺の前で頭を上げていいと思っているのか」


「ち、違いますのよ、お兄様っ。同じ学年の生徒ですし、交流も兼ねて数名でっ。二人っきりではありませんのよっ」


「と、いきなり全てを押し付けるというのも横暴か。まあ立っているくらいのことは認めても構わんな」


「それに、お兄様からのお誘いであれば……少し残念ですけどご一緒しても……」

「おいおい、リースとかもお前と話したがってんだ。中々予定が合うことなんてないんだからよお」

「ん~、ですけど、やっぱり私はお兄様と……」


 俺は心のマントをばさあっと広げた。


「アリエスっ!」

「はいっ、お兄様!」


「学生同士の交遊、大いに結構! 羽目を外しすぎれば当然注意もあるだろうが、今のような環境でなければ得られぬ友情もある! 今日は皆と楽しんでくるといい。俺とは、そうだな、また後日。余裕が出来た分、素晴らしい席を用意してやろう」

「お兄様……っ」


 さっ、と寄り添ってきた愛する妹の髪を撫でる。

 嗚呼、俺は今、天使をこの腕に抱いている……!


「でさ、俺が呼ばれたのはこの寸劇見せる為だったの?」

「ああそうか忘れていたコレだ」


 言って書状を渡す。摘み上げるように受け取ったジークが、内容を読んで顔をしかめる。


「公式試合の命令書? いや、わけわかめなんだけど」

「キサマ、まだどこの小隊にも入っていないな」

「あぁ、別に強制じゃねえみたいだし」


「一ヶ月の猶予をやる。それまでにどこかの小隊へ入るか、自分で人員を集めて小隊を結成しろ。試合の日程は後ほど詰めるが、そこで正式に俺と戦い、格付けをしてもらう」


 話を知らなかっただろうクラスメイト達が息を呑む。ジークの振る舞いに感化され、あるいは憤っていた者たちには、この意味が分かっただろう。


 この国には貴族が存在し、一般人も細かく階級分けがされている。その扱いはフーリア人という奴隷の存在があって多少曖昧になってもいた。それが近年になっては特に、魔術の腕前というもう一つの評価基準が生まれた。


 昔から四属性の中で『槍』の魔術が最も高貴であるという考えは浸透していたが、更にその腕前がかなりの割合で重んじられるようになってきているのだ。


 確かにジーク=ノートンの魔術、彼が授業などで見せている『剣』のみの評価は低い。

 だが、肉弾戦での強さや動きの巧みさを考慮すれば、魔術そのものは弱くとも十分に勝つことは可能だ。それだけに彼の格が定まらない。魔術だけで考えれば最低、だがそれ以外も踏まえるとなると、と首を傾げてしまうのだ。

 そこで一番隊を除く他上位小隊らは、彼を自分たちと同じ土俵に立たせて明確な格付けをしようという、まああまりにもらしい判断をした訳だ。その裏には、当然最低ランクの術者など取るに足らないという侮りがある。

 アホだろ、コイツちょー強いんだぞ。


「警告しておくが、コレを受け付けなかった場合、キサマは学園から排斥される」

 未だ不満顔で書状を眺めるジークへ俺は付け加えた。

「どういう意味だよ」

「真実と事実は異なることがある。階級に従わないお前を疎んじるのがどういう種類の人間か、という程度の想像は出来るだろう」


 あくまで涼しい顔をして言ってやる。

 少しは苛立つか、と思ったが、予想以上だった。あぁ、と思う。忘れていたつもりは無かったが、コイツの父親は貴族たちにハメられて処刑されたんだったな。


「キサマなりに目的があってこの学園へ来たんだろう? 入学試験の成績は最低。しかし実技課題の全てをクリアした……その実力を示せば、学園でお前を阻む者はずっと少なくなる。今まで得られなかった情報にも触れることが出来るだろう」

 眼の色が変わるのを俺は見逃さなかった。そう、ジークの目的は学園の秘密にある。ゲームでもそうだったが、やはりその調査が行き詰まっているんだろう。

「個人の力で不足と感じたのなら、余計に他者を頼ってみろ。その意味でも小隊への参加、あるいは結成は、お前へ十分利するものだろう」


 食いついたのを確認した俺は、話に置いて行かれたままの随伴者らを放置して教室を出た。アリエスが何か聞きたそうにしていたが、俺はその時全く予想外の事に気付いて苦笑していた。


 最後の言葉はまさしく、ゲーム中にハイリア=ロード=ウィンダーベルがジーク=ノートンへ送った言葉そのままだった。


 まるで世界に絡め取られているような錯覚だ。

 錯覚であれと、心から願う。


 いや……それでも俺は……、


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