第5話 恋ごころ
ミーアに案内されて王宮の門に来たイノスは、馬車に乗ったサウラの姿をとらえた。手にはイノスの竪琴を持っている。
「早く!龍神に呼ばれたのです!」
サウラは馬車の扉を開いたままイノスを呼んだ。
黒い雲が空を覆い、ぽつぽつと雨が降り出した。イノスは馬車に飛び乗った。ミーアも後に続く。侍従が馬車の扉を閉めると馬車は勢いよく走りだした。
雨が強くなってきた。サウラは不安そうに窓の外を見ている。
「凄い雨だな。この国ではよく雨が降るのか?」
イノスが尋ねるとサウラは首を横に振りながら言った。
「いいえ。こんなことはめったにありません。龍神に本殿に呼ばれたのも初めてです。めったにないことばかり重なっているせいか、何か嫌な予感がします。」
サウラは気丈であったし、巫女頭であったから平然と構えようとしたが、不安は隠せず、表情が少し曇っていた。イノスはそんなサウラを見て愛おしくなり、そっとサウラの手に触れた。驚いてイノスの方を振り返ったサウラはこの上なく優しいイノスの瞳を見て、生まれて初めて苦しいほど胸がドキドキした。イノスの体温を感じるほど傍にいて、龍神に呼ばれたのを忘れるくらい心が乱れた。
「しっかりしなさい、サウラ。これから大事な神託を受け取るのよ!」
そう自分に言い聞かせた。イノスの手がそっとサウラの手を握ろうとした時、乱れる心に耐えながら彼女は言った。
「いけません。わたくしは龍神の花嫁なのです…」
窓の外を眺めていたミーアがその声で二人のただならぬ様子に気づいた。
「ダメだよ!イノス!」
そう言うと、細い体を二人の間に滑り込ませた。
サウラは心底ほっとしたが、イノスは不満げである。
「なんだよお前!邪魔すんなよ!」
「もぉ…。状況がわかってないね、イノス。サウラはこれから国家レベルの神託を受け取らなくちゃならないんだ。落ち着いて心の準備をするんだよ。邪魔しちゃダメだよ!」
「お邪魔なのはお前だろうが…」
イノスは悪態をつこうとしたが、サウラのオーラが強くなり、さっきまでの不安な様子ではなく、神々しいほどの美しさを放ち始めたのを見て、少し反省し、黙った。
馬車は強い雨の中、神殿への参道を登っていく。
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