天狗様

@ku-ro-usagi

読み切り

祖母が、山で迷子になり、猪に襲われそうになっているところを天狗に助けられて、

「礼は、生まれてくる子でいい」

と言われた。

でも祖母には子供が一人しか生まれなくて、

「この子が大きくなったら子を生ませるからそれでどうか、たった一人の我が子は堪忍して下さい」

って山へ行って天狗様にお願いしに行ったんだって。

返事はなかったけど、特に何もなく家に帰って来られたから、天狗様には受け入れてもらえたみたい。

その祖母の子は女の子で、その子は大人になり双子を生んで、どちらも女の子だった。

私はその双子の妹として生まれた。

母親は双子の姉と私が7歳、祖母が天狗様に助けられた時と同じ年齢になった時。

妹の私が家から連れ出された。

もうその頃、祖母は足腰が弱くなって歩けなくなっていたから、母と2人きりで山へ向かった。

そしたら、

「待っていたぞ」

ってね、まだ山のほんの入口辺りで声がして、隣にいた母親が消えちゃった。

そうなんだ。

天狗様は、祖母の言葉なんか全然聞いてなくて、ただ祖母の子供が来るのを待ってたみたい。

天狗様には人間の年齢なんて、ちっとも関係ないんだね。

私が一人で帰って祖母の部屋へ行ったら、帰ってきたのが娘ではなく、天狗様の元へ行くはずだった私だったことにショックを受けて、それがとても祖母の心臓には負担かかったみたいで、そのまま死んじゃった。


「お祖母さんは、本当は何十年も前に猪に食い殺される運命だった。

それを捻じ曲げて子を孕み孫まで血を繋げ、自分の生来の生き様から醜く逃れようとしていたのだから当然の報いだ。

むしろあんな簡単な死に様じゃ足りないくらいだよ」

と父様は言った。

それなら、

「母様は?」

「自分の娘を犠牲にすることを厭わない鬼だ、喰われるのも道理だろう」

なぜ父様はそんな鬼と結婚したのだろう。

「人間の皮を被った鬼だったんだ、私にはとても気付けなかった」

ははぁ、鬼は巧妙に人に擬態するのだなと私は思う。

しかし、それなら。

「私にも、鬼の血が流れてますか?」

母親の皮を被った鬼の。

「どうだろう、○○が全ての鬼の血を受け継いだかもしれない」

○○は私の姉の名前。

姉は母親に滅法懐いていたから、私の代わりに母親が犠牲になったと、なぜか信じて疑わず、私は恨みに恨まれ、離れて暮らしていても、たまに感じるのは姉の生き霊の気配。

それで、

「あぁ、姉様はまだ生きているんだな」

と教えられる。

私はひたすら気付かないふりで、それをやり過ごすだけ。


「ね、父様、もっと他のお話を聞かせて」

私は父様の声がとても好きで、その声はどこか、たった一度だけ聞いた天狗様の声に、どこか似ている。

私がただ、そう思いたいだけなのかもしれないけれど。

「あぁ、何の話がいいかな」

巧妙に、人の声を真似たその声。


神様達は、何の代償もなしに、願いも希望も叶えてくれるわけがない。

それが例え神様の気紛れで、何かをしてくれたとしてもだ。


だから私は決して願わないし、助けも乞わない。

祈らないし、拝まない。

どこにも。

誰にも。

何にも。






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