星屑の魔女よ、愛を授けてくれたまえ
なついと
第1話 星屑の魔女が、永久に星屑の国を守る
「星屑の国」——百年以上も「星屑の魔女」に守られてきた、魔法の国。
建国当時の伝説によると、年齢不明な魔女がとある小さな地方の独立を手助けして、領主が国王になった後も魔法の知識を貢献し続け、王国を急速に繁栄させた。魔女は今でも王国から一歩も離れず、民を守っているという。
星屑の国において、「星屑の魔女」は何よりも偉大で、神聖で、高貴な存在だ。
そして今、「星屑の魔女」——エスターは領土外の海辺のとある岩礁に立っている。
この海域は星屑の国と隣国の国境線に位置し、両国は既に海域の所有権を巡って、何度もいざこざを起こした。
一般的に考えれば、一国の要である星屑の魔女はこんな敏感な場所にいるべきではないだろう。しかし今、エスターは胸元で拳を握り、緊張な顔で海を見つめている。
偉大な魔女がここにいる理由は——助手のリッヒの話から始まる。
おおよそ四十年前、幼いリッヒはエスターに拾われ、魔法の知識を授けられた。
事情を知らない人間からすると、四十代のリッヒと十代のエスターは父娘にしか見えないだろう。しかし事実は逆だ。エスターがリッヒの師にして、育ての母である。
リッヒは星屑の国で唯一魔法を使える人間で、エスターの右腕だ。しかしこのような肩書きより、エスターにとって大事なのは——リッヒは自分にとって、唯一「家族」と言える存在だ。
一週間前、リッヒが魔法結界の定期検査をする際、国境線の外の海で腕時計を落とした。彼は落ち込んだ顔で家に戻り、この件についてエスターと相談した。
最初、エスターは何もしようとしなかった。ただの腕時計だから、次の定期検査のついでに回収すればいいから。
しかし、リッヒがどうしても今すぐに回収したいと、引き下がらなかった。
水に落としたものを回収するには、水底で呼吸する魔法を使うしかない。だがそれは施術者本人にしか働かず、リッヒはそれを習得できなかったため、エスターに縋るしかなかった。
暗くて深い、果てしのない海。その中に潜ると想像すると、どうしてか、水中で自由に活動できるはずのエスターは、手のひらも汗ばむほど緊張してしまう。
この海への恐怖は、五年前の事故と関係しているだろうか。
五年前、エスターはレシピの誤った薬を飲み、深い眠りに落ちた。半年前に目覚めるまで、助手のリッヒが彼女の代理人を務めていた。
海が怖くなったのも、あの馬鹿げた薬を飲んだせいだろうか。
この件で悩んだ際、エスターは郵便箱から奇妙なパンフレットを見た。
エスターとリッヒの家は王城近くの住宅区域に位置する。変わった見た目をしているが、その他は一般市民の家と大して変わらず、郵便箱も普段から大勢の手紙とパンフレットに溢れていた。
パンフレットの存在に問題はないが、その宣伝語が「何でも解決する!万☆事☆屋☆」となれば、どうしても胡散臭く感じてしまう。そこでエスターは思い出した。この手のパンフレットはおおよそ、隣国——電灯の国の地下組織によるものだ。
「魔法」で成り立つ「星屑の国」と「科学」で成り立つ「電灯の国」は、昔から何度も争った。その敵対関係は二十年前に頂点に達し、現在でも続いている。
星屑の国に科学は存在せず、国民も魔法を使えない。だが量産品の魔法道具があるため、民はそれなりに快適な生活を送ってきた。
しかし、魔法道具だけで解決できない問題は必ずある。普段は星屑の魔女が一人ずつ対応することで解決していたが、エスターが五年前に眠ったことで、これらの問題も捌け口を失った。
丁度その時、「万事屋」と名乗る謎の組織が星屑の国で活動し始めた。合理的な値段を払うだけで、星屑の国では想像もできない「科学的」な方法で問題を解決してくれる。実際、効率も抜群らしい。
電灯の国と繋がっているのは明白だが、星屑の魔女が眠った今、問題を解決してくれるなら誰でもいいと考え、依頼する民は後を絶えない。
魔女の代理人であるリッヒもこの現象に気付いたが、制圧行動を取らなかった。星屑の国の対応は国民への警告に留まり、その活動を黙認していた。
目覚めてこの件を知ったエスターは、自分なりに調査を行った。その結果、敵対的な動きを見れず、金を稼ぐのが目的だと判断したため、彼女もそれ以上深入りしなかった。
海に潜りたくない以上、リッヒに諦めてもらうしかない——リッヒに伝えようとしたエスターだが、リッヒの嘆く姿を見ると、それも口に出せなくなってしまう。葛藤の末、エスターはリッヒに現状を打ち明け、「科学」の力を借りると決めた。
フクロウでパンフレットに載せたアドレスに連絡したら、「翌日に海辺に待ち合わせをしよう」という旨の返事を受けた。
「本当に大丈夫なのか?エスター」
エスターが地下組織に依頼したことを知ってから、リッヒの様子はずっと不安だった。星屑の魔女が電灯の国に依頼したことを国民に知られたら大変だし、本当に腕時計を回収できるかも心配だ。
「大丈夫だって。私、自由自在な星屑の魔女だよ?」
「しかし……もし向こうが僕たちに悪意を持っていたら——」
「だったらその場でぶっ飛ばすだけよ」
エスターは自分の実力に絶対的な自信を持っているし、万が一の場合にも備えてある。リッヒを慰めながら、二人は待ち合わせの場所——海辺のとある岩礁に着いた。
しばらくして、遠くから四人の姿が見えた。一番先端の男性はリーダー格だろう。エスターに向かって、真っ直ぐに足を運んでいる。
距離が近くなるにつれ、顔もよく見えるようになった。赤い髪の若い男性だ。彼はスーツケースを持ちながら、無表情でエスターとリッヒを交互に見た。
「依頼主か?」
「ええ。私は依頼主よ」
身元を隠すため、エスターは擬態の魔法を使っている。他人から見れば、彼女はただ何処にもあるような黒髪の女性だろう。
しかしどういうわけか、赤い髪の青年が凄まじい気迫でエスターを睨んでいた。緑の瞳に、只ならぬ光が宿しているように感じた。
そして、彼は歯を食いしばりながら呟いた。
「……お前、本当に何も覚えていないんだな」
「……」
声は小さかったが、エスターにはハッキリと聞こえた。
すぐに警戒したエスターだが、赤い髪の青年はそれ以上何も言わず、ただ淡々と依頼の話に戻った。
「依頼の内容通り、我々は潜水用の装備を提供し、腕時計を落とした水域での捜索を同行する。発見できるか否かに関わらず、必ず二時間後に上陸する。報酬は金貨の一袋だ——確認を頼む」
「……問題ないわ」
「それでは」
赤い髪の青年がスーツケースを開けた。その中にはエスターが見たこともない、変な服装と道具が入っている。
「海に潜るのはどっちだ?」
「あ……僕だ」
リッヒが手を挙げ、小走りで青年の元へ駆けた。
本来、エスターは全ての回収作業をこの組織に任せるつもりだった。しかし腕時計は気配を隠す魔法を掛けられているため、リッヒの同行なしでは、位置を特定できない。
細身の中年男性は赤い髪の青年の指導の元、潜水装備を着用し始めた。エスターはその過程を慎重に観察した。
彼女とて、この人達を信用しているわけではない。微かな敵意や怪しい動きでも見せれば、直ちに魔法で全員を殺す。それほどの心構えだった。
しかしリッヒが着終わった時でも、そういった動きが見れなかった。
組織の四人も潜水服を装着して、赤い髪の青年を除いた三人はエスターに見られるまま、海に飛び込んだ。
リッヒは赤い髪の青年と共に飛び込む予定だ。彼は緩い足取りで海の方へ歩き、そしてエスターの緊張に気付いたのか、振り向いて微笑んだ。
「すぐに戻る。心配するな」
エスターはリッヒの心遣いに目を潤ませ、静かに頷いた。
横にいる赤い髪の青年は、冷ややかな視線でこの光景を見ていた。リッヒの潜水をサポートした後、彼は感情の読めない眼差しでエスターを見つめ、数秒止まってから飛び込んだ。
これで、依頼は正式に始めた。
エスターは袖から金縁の片眼鏡を取り出した。陸上から水の中の様子を見れる魔法道具で、リッヒの安全を確認するために用意したものだ。
海の中の風景を想像するだけで、震えが止まらない。それでもエスターは恐怖を抑え、片眼鏡で観察を始めた。
幸い、リッヒと組織の人たちが腕時計を捜索する姿はすぐに確認できた。この光景に安心したと共に、エスターは眩暈に耐え切れず、これ以上見るのをやめた。
それから何時間も経ち、エスターは海辺でリッヒの帰りを待ち続け、物語の冒頭のシーンになった。
待てれば待つほど、エスターの不安が募っていく。
仕方がない。もう一度海の中を見よう。
しかし今回はどれほど探しても、リッヒの姿を見つからなかった。リッヒどころか、あの四人さえ見つからない。
慌てて人探しの魔法を展開する一方、エスターは片眼鏡での観測を続けた。
そして、彼女はとある衝撃的な光景を見た。
クジラの形をした、巨大で漆黒な物体が海の底にいる。星屑の国の領海に向かって突進している。
エスターは一目で分かった。電灯の国の「潜水艦」だ。古い記憶だが、「潜水艦」は武器や兵士を載せたまま深海に潜る船で、かなり危険な科学の産物だと、リッヒは言っていた。
ほぼ同時に、人探しの魔法の結果も出た——リッヒは潜水艦の中にいる。
エスターは寒気で身を竦め、やっと状況を理解した。
彼女もリッヒも騙された。
潜水艦ほどの軍事兵器は国しか動かせない。あの組織はやはり電灯の国の手先だった。五年間も万事屋という名で星屑の国で活動して、たった今——リッヒを攫った。
電灯の国にとって、リッヒを攫うメリットはいくらでもある。星屑の魔女を脅かす人質として使うのはもちろん、国境線の魔法結界を解除させることだって容易い。
魔法結界は星屑の国の守りの要だ。電灯の国は結界を破れる手段を持てなかったため、今まで攻めてこなかったと言っても過言ではない。これほど強力な結界だ。
油断した。エスターだけでなく、リッヒにも偽装魔法を掛けるべきだった。
後悔する暇もない。今は一刻も早く、リッヒを助け出さなければ。
エスターが自分を落ち着かせようと息を吸い込み、偽装魔法を解除した。
次の一瞬、誰もが見惚れてしまうほどの美少女が現れた。
華やかな魔女の帽子の下には、淡いブロンドの絹のような長い髪で、後ろに緩い三つ編みを結んでいる。空のように青い瞳は輝きを放ち、見た人を吸い込むようだ美しさがある。整った顔立ちで、色白な肌とワイン色をした魔法のロープと見事にコントラストしている。全身はロープに包み込まれていることにも関わらず、美しいボディラインが薄々と見える。
少女の目に炎が燃え盛り、現状を分析し始めた。
リッヒが潜水艦の中にいる限り、潜水艦を攻撃できない。海に潜って助けに行く手もあるはずだが、それができれば、そもそも今回の依頼は起こらなかった。
海がこんなにも恐ろしいものとは、思いもしなかった。
だったら、やるべきことは一つしかない。
エスターは空飛ぶホウキを召喚して、最高速度で星屑の国に向かった。
空を飛ぶ際、海中の魔法結界が解除されたのと、何かが領海の中に入ったと感じた。きっとリッヒが脅かされ、魔法結界を解除しただろう。
一刻も争う状況だ。凄まじい速度で空を飛び、彼女はキノコの形をした家の前に着陸した。
ホウキから飛び降り、エスターはリッヒと二人の家に駆け込んだ。地上に散らばった本の山を跨いて、古びた木の箱を開いて、硬くて黄色の粘土を取り出した。
潜水艦の動きを止めるには、この魔力が付く特殊な粘土が必要だ。
エスタは黄色の粘土を潜水艦のクジラの形に捻って、粘土に向けて両手を伸ばした。
粘土は淡い緑の光に包み込まれ、次の瞬間でバラバラに砕けた。
「よし。これで、あの潜水艦がもう動けないはず……」
あとは国民を警告しないと——国中に声を届ける魔法のスピーカーを手にしたとき、一匹のフクロウが窓の外から飛び入って、テーブルの縁に止まった。
王家専用のフクロウだ。エスターは慌てて、フクロウの足に結ばれた手紙を取った。
この手紙はエスターが百年前に発明した量産品魔法道具の一つだ。差出人と受取人がそれぞれ同じ手紙を持ち、テーブルの上に平らに置くだけで、相手と通話できる。
手紙から、星屑の国の国王の声が聞こえた。
「もしもし、エスターちゃん。聞こえるか?」
「はい、陛下。お久し——」
「世間話はいい。王宮が探知したぜ、領海の魔法結界が解除されたみたいじゃないか。巨大な異物が入ったんだと……」
「それは電灯の国の潜水艦です」
「な、なんだと?じゃあ、今すぐ岸辺に衛兵を送るぜ。潜水艦を攻撃できないか?」
「駄目です!」
エスターが国王の声を遮った。
「陛下、申し訳ありません。報告すべきことがあります……リッヒが敵に攫われました。あの潜水艦の中にいます」
「……!どういうことだ?」
「心配しないでください。潜水艦の動きは、私が呪いで止めています。相手の目的がまだ分かりませんが、今は陛下の配置で十分に対応できると思います。あとは……」
国王の声にある焦りを感じ取ったエスターは胸の悔しさを抑えて、話を続けた。
「星屑の国は私が必ず守ります。リッヒのことも助けます——どうか、信じてください」
「わかった。じゃあ頼んだぜ、エスターちゃん」
潜水艦はもう動けない。解除された海側の魔法結界も、エスターがすでに遠距離で修復した。
あとはリッヒを助け出すために策を練るだけ。エスターは唇を嚙み締めた。
しばらくして、キノコの家の外から「ドン」と物音がした。一匹のフクロウが窓際の縁にぶつかり、ふらふらと手紙を投げ込んできだ。
通話できる魔法の手紙だ。エスターは警戒しながら封筒を開いた。
「星屑の魔女に、何の用だ」
相手が数秒黙り込んだ。
「……どうやら繋がったみたいだな」
手紙から、赤い髪の青年の声がした。
エスターは思わず驚いた。まさか向こうから連絡してくるとは。いい度胸している。
「潜水艦はもう私の思うがままよ。あなたたちに逃げ道はないわ。さっさとリッヒを返しなさい」
「電灯の国は科学の国だ。潜水艦一つ動けなくなっただけで、どうってことない。代わりの案がいくらでもある」
代わりの案?一体何がしたい?
嫌な予感が湧き出り、エスターは人探しの魔法をもう一度使った。
数秒後、エスターの予感が見事に的中した。リッヒの痕跡は潜水艦から消えた。探知の範囲を広がっても、リッヒを見つけられなかった。
彼女は一瞬で怒りに支配された。
「あなたたち……よくも!!」
エスターは唇を嚙み締めた。
「リッヒをどこに連れた!全員捕まって、呪ってやる!」
星屑の魔女の脅しに、赤い髪の青年が溜息をついただけだった。
「落ち着いてくれ。電灯の国はただ、星屑の国ともう一度対話したいだけだ」
「ふざけないで。二十年前に軍で私たちを攻めておいで、今はリッヒを攫って……対話したいだと、信じられるものか——」
「違う」
赤い髪の青年がエスターの言葉を遮った。
「二十前に、結ばれたばかりの平和条約を破ったのは星屑の国の方だ。あれから敵対関係は解除されないままだが、電灯の国にとっては不本意だ」
しかしエスターは確かに覚えている。二十年前は電灯の国の軍隊が星屑の国の辺境に攻め込み、小規模な戦闘を行った。
エスターは声を出して笑った。
「私の前に噓をつくとは。星屑の魔女の記憶を舐めているの?」
星屑の魔女が冠する「星屑」の名は、彼女の一番得意な魔法——記憶を操る魔法から由来する。この魔法を使うとき、空に流星群が降りかかり、彼女自身も煌めいた星屑のような光に包まれるため、「星屑の魔女」と呼ばれた。
思うがままに人の記憶を操れる、星屑の魔女。その記憶に、間違いがあるはずもない。
「……」
赤い髪の青年が数秒黙り込んだ。
「お前が何も覚えてないと分かった時点で、お前の記憶に意味はない」
——何の話だ?そういえば初対面の時、彼もエスターが「何も覚えていない」と言っていた。
油断するな。相手の戯言に惑わされるな。今一番大事なのは、リッヒの安全だ。
そう自分に言い聞かせながら、エスターが怒りを抑えて、緩やかな口調で問いた。
「してほしいことがあると言うのなら、耳を貸そう。でも、まずはリッヒの居場所を教えて。彼の生存を確認したい」
「彼なら心配しなくてもいい。要求はさっき言った通りだ。電灯の国はもう一度星屑の国と対話したい」
赤い髪の青年がしばらく黙り、声を抑えて言った。
「……でも、俺の目的はこれだけではない。エスター。俺は……君……に……」
急なノイズと共に、通話が中断された。青年の最後の一言を聞き取れず、エスターはただぼんやりとその場で立っていた。
リッヒはまだ生きている。でもどこに連れたかは分からない。電灯の国の目的は星屑の国への侵攻ではない。赤い髪の青年は、彼なりの考えがあるらしい。
ごちゃごちゃな情報で、エスターは混乱した。迷いを払うために、必死に記憶を遡って、突破する方法を見つけようとしたが——
「何もない……」
彼女は戸惑いながら呟いた。百年以上も国を守ってきた星屑の魔女なのに、脅威と戦った記憶や、危機から国を救った記憶を、一つも思い出せない。
これでは、あの赤い髪の青年の言葉通りじゃないか——エスターの記憶に意味はない。
氷のような寒気がエスターの背中から這い上がった。
何度も息を吸い込んだ後、エスターは自分を奮い立たせようとして、自分に気分を落ち着かせる魔法をかけた。
油断するな。敵に惑わされるな。国を守る責務を果たさなければならない——私は万能な、星屑の魔女だ……
その時、古い記憶がエスターの頭に浮かび上がった。
建国の際、星屑の魔女はとある予言書を作った。完全な自律によって運行する魔法道具で——置いているだけで、不定期的に予言を示してくれる。
その予言書は今、リッヒの部屋の中にいる。
助手が予言書を管理する理由は、五年前の事故まで遡る。エスターが眠りに落ちたのは、予言書に記された誤った予言を信用したからだった。予言に誘導されて薬を飲んだ結果、エスターが五年も寝てしまった。
だからリッヒは二度と予言書を頼らない方がいいと主張して、予言書を自室に封印した。
しかし今、途方に暮れたエスターは予言書の存在を思い出した。
しばらくの葛藤の末、彼女は予言書に確認することにした。
新たな予言があるかもしれない。正確性に問題ありとしても、それを読めば、解決法が閃くかもしれない。
心の中で小さな声でリッヒに謝りながら、魔女は彼の部屋に入った。
微かな本の匂いが揺蕩う、薄暗い部屋。エスターの部屋と同じく、リッヒの部屋も本でいっぱいだ。
リッヒが魔法で予言書を隠したらしい。本の山から一冊だけの本を見つけるのは骨が折る。
それでも、部屋に入った間もなく、彼女は予言書を見つけた——テーブルの上ににある、暗赤色の古い本だ。小さな星屑の光に覆われている。
予言書自身が主を呼んでいるように感じて、エスターは手を伸ばした。
しかし。指が予言書に触れる直前——天地が逆さまになったような感覚に襲われた。
立ってられなくなった魔女は地面に倒れ込んだ。辛うじて保った意識で、自分が魔法に攻撃されたことに気付いた。
そしたら、茶色の男性用革靴が視界に現れた。地面に這いずるエスターに一歩、一歩と近づいてくる。
エスターはその革靴を知っている。見慣れている。
「……リ……ヒ……?」
力を振り絞って相手の名前を呼んだ途端、エスターの意識が途切れた。
星屑の魔女は、「再び」眠りに落ちた。
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