ツアー

 そして、二十年が経った。やっとタイムトラベルが一般化された。夏子は貯めたお金を全額使ってタイムトラベルのチケットを買った。スマートホンの画面を何度も何度も確認した。本当に何をやっているのか。夏子は思った。しかし、夏子はもう何年も味わったことのなかった胸の高鳴りを感じていた。

 「皆さんいよいよ1925年大正14年に到着いたします。該当者は、ご準備の方よろしくお願いいたします。」

明るかった船の中は補助電灯に切り替わり、薄暗くなった。他の乗客は皆、楽しそうにおしゃべりをしたり、笑いあったりしていた。夏子はただスマホの画面をぼーっと見ていた。一人は夏子だけだった。

 夏子が買ったのは大正時代の関東大震災の復興の様子を見学するものだった。夏子がこの時を選んだのには理由があった。この時はちょうど宮沢賢治がチェロを始めた時でチェロをやっている夏子はどうしてもこの時期の宮沢賢治に逢いたかったのだ。しかし、問題があった。ツアーは決められたコースで歴史を変えない程度にめぐるもので、歴史上重要な人物に逢うなんてもっての外だ。しかし、夏子はそれでもなんとか抜け出して、宮沢賢治に逢うと決めていた。スマホをぼーっと見ながら思考を巡らせていた。

 大正14年3月4日午後7時、夏子たちツアー一行は東京に着いた。その日は東京のホテルに一泊した。疲れたのか、夏子は薬を飲むとすぐ寝てしまった。

 次の日、用意された着物に夏子は着替えた。部屋に鏡など置いていなかった夏子は脱衣所の鏡を見てぞっとした。自分も歳をとったものだなと思った。結局、病気になってから、色々なことが頭をよぎり、軽い気持ちで、恋愛なんてできなかった。結果、45歳のこの歳になるまで独身だった。宮沢賢治はこんな私を見てどう感じるだろうか。急にそんなことが頭をよぎった。夏子は急に宮沢賢治に会いたい自分がとっても恥ずかしくなった。夏子は慌てて顔を洗い、簡単な化粧をして、部屋から出た。

 ロビーには夏子を含めて男女9人が待っていた。仲の良さそうな老夫婦と学生のカップルか若そうな二人、小さな子供を連れた夫婦。そして、一人が夏子に近づいてきて、丁寧にお辞儀をした。

 「おはようございます。今回、現地でのガイドを務めさせていただきます。高山ひかりと申します。」

夏子よりも十くらい若い女性だった。

 「よろしくお願いします。私は山本夏子と言います。」

夏子も頭を下げた。

 「皆様、全員お集まりのようなので、これより、東京観光に入ります。」

人数が揃ったようで高山さんが話し出した。確か、このツアーではあの震災でもびくともしなかった東京駅の見学があるはずだった。

 夏子は時計を見た。12時40分盛岡行きの汽車。事前に調べていた。東京駅でツアーから離れ、汽車に乗ってしまえばいい。

 関東大震災、とてつもない被害だったことは知っていた。しかし、東京の街は確実に回復していた。街は再計画されたのか、道も広く舗装され、前よりも近代的になっていた。人間って強いな。見学しながら夏子は感じていた。やはり、希望、それが人間を強くする。夏子は東京の復興と自身の回復を知らず知らずのうちに重ねていた。

 一行は東京駅に着いた。

「皆さん、これから一時間の休憩とします。その間にお食事など済ませてください。」

高山さんがはきはきと言った。夏子は走りだした。夏子は案内版を頼りに走りまわった。そして、やっと盛岡行きのホームを見つけ、汽車に飛び乗った。

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