盗賊の頼み事

むにお・いぬぬわん

盗賊の頼み事

 俺は街の一角で冒険者御用達の武具修理店を営むしがない老鍛冶屋だ。昼下がり、そこにひとりの少女が依頼の品を持ち込んできた。


「……………」


 顧客とそいつが差し出した一本の短剣を見比べながら辟易する。なんせ鞘どころか布一つ巻かずに素っ裸で渡して来やがったんだから。


 見てくれはまだ年端もいかねぇガキ。当然剣の扱いなんて知らねぇんだろう。だが身なりは軽装のくせにそれなりの装備を纏っている。おそらくは盗賊職……この獲物もどこで盗んできたのやら。そんな具合である。


 しかし女の悪癖よりも目を引くのは刀剣の価値だ。汎用性は下がるが短剣とはいえミスリルの剣。それもオリハルコンとの合金によって鋼自体は歪み一つない。直すとなれば損傷のひどい柄と鍔の方だが——と、そこまで考えてから盗賊のガキにひとつ質問をする。


「嬢ちゃん。金はあるのか?言っとくがうちはツケも値切りも一切許さねぇ。こっちの出した額を払えねぇなら——」


 俺がそう言い切る前に、少女は金貨の入った包みをジャラリと卓上に放ってきた。こちらが値踏みするような視線を煩わしく思っていているのか、やたらと粗暴な嬢ちゃんが告げる——。


「金ならいくらでもいい。これで足りなきゃこの三倍は出す。何でもいいからさっさと仕上げてくれ……」


 ガキのくせにいい態度しやがる。そう思いつつ、乱雑に投げられた身銭を改めさせてもらったが、どれも本物の金貨であることがわかった。一体どうやってこれだけの金を集めたのか……そう思うとますますロクでもない想像をしてしまうが、それと仕事を受けるかどうかは別の話だ。


 充分な金を払うという限り、相手がガキだろうが盗人だろうが客は客——俺はそいつに仕上げの日を教えて、また来るようにと言い渡した……。



✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎



 ミスリル鉱の打ち直しには特殊な技術が必要になる。魔法鉱石として有名なこいつは、叩く角度を間違えると一瞬で粉々に砕けてしまう。


 もちろん刀剣に加工するに当たってはその脆さは命取り。だからそこに錬金術の類いで精製されるオリハルコンを混ぜ込んだ合金で、武器としての強度を上げる。そこまで手間暇を加えるのは、ミスリルそのものに『魔法を閉じ込める』——という仕掛けがあるからだ。


 要は、嬢ちゃんが持ってきたのは炎を宿すエンチャントソードだったという話である。


「——いつまでそうしてるつもりだ?」


 工房で再度鍛造を施す為に火の番をしている最中、俺は暗闇に向かってそう問いかける。


 部屋の隅で縮こまっているのは依頼者のガキ。俺が数日かかると言ったら、「見ていてもいいか?」と返してきやがった。


 正直目障りだし、盗みを働かれても厄介だから断ったのだが、「邪魔はしない。見学料なら追加で渡す」——などと生意気を言うもんだから好きにさせておくことにした。


 肝心の短剣はこちらにある。預けた相手に悪さをするような真似はしないだろう。少なくとも、修繕が仕上がるまでは大人しくしているはずである。


 しかしこうも長く黙って居座られるのは気が散ってしょうがない。そう思った俺は嬢ちゃんにそう問いかけるしかなかった。


「金は払った。文句ねぇはずだろ?」


「理由くらい聞いてもバチは当たらねぇと思ってな……」


「理由なんて……ただ預けた剣がどこぞに横流しされると思うと気が気でねぇだけだ」


 盗賊に盗みを疑われるとは心外だな。まぁわからなくもない。実際この剣の値打ちは相当なもんだろう。


 剣を見りゃ大概のことは一目でわかる。これは名のある鍛冶屋が仕上げた一級品だ。戦闘でだいぶ装飾は剥げちまってるが、微かに残る痕跡からその仕事ぶりが伺える。


 まぁこんな刀剣、おいそれと無銘のボンクラが打てるはずもない。そいつを赤の他人に預けるんだ。見張ってないと心配というのは当然だろう。


 しかし……少し変わったもんだと俺は剣を眺めて思った。


 短剣とは言ったが、刀身通常のショートソードよりも短いダガークラス。にも関わらず、鍔の部分はブロードソードを思わせる長いガードが取り付けられていた。


 近接戦で小回りが効くのが短剣の利点だ。この部位はその取り回しを悪くさせる要因となるだろう。これを利する理由があるとすれば、剣を交えた相手との鍔迫り合いを想定しなければならない。


 そうとわかると、ますますこの嬢ちゃんの使用武器だとは考えづらかった。ガタイが剣を扱う器量じゃない。


 変わった点はもうひとつ。柄の方に使われた素材だ。火を放つ剣ともなれば、それに耐えうるものをこさえるのが常套——基本的にここは火耐性のある火竜系統の皮を使用する部分だ。


 しかし使われているのは『アースドレイク』という岩竜系統のもの。それも硬い外皮の繋ぎに使われるごく少量しか採れない関節周りの皮を使っている。確かにあの竜の耐火性能は抜群に良いが、わざわざ希少部位を使っている辺りに拘りを感じた。


 明らかに使い手へ贈られたオーダーメイド。多分使い手以外には決して懐かないじゃじゃ馬だろう。売ればすぐに溶鉱炉行きだ。そんなものを手直しする理由はあまりにも薄い。


「………ふぅ。厄介な仕事を持ち込んでくれたもんだ」


 とはいえ、仕事に見合うだけのもんを受け取っている。となれば、俺が手を抜くわけにもいかない。こうして監視を続けるというのであれば尚更だろう。


 そう腹を括った俺は、気持ちと一緒に手拭いを頭に巻き付けて、依頼の品に手を加えていくのだった……。



✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎



「出来たぜ。オーダー通りかい?」


「…………」


 一週間後の朝、仕上がった短剣を眺める嬢ちゃん。相変わらずぶっきらぼうだが、剣の出来栄えに納得したのかその目は少しだけ輝きを増していた。


 結局最後まで見てやがったが、一週間もよくもまあ飽きもせず……と内心呆れていたのは内緒だ。


 だがクライアントにはひとつだけ疑問があったようで、恐る恐るこう問いかけてきた。


「その……こっちの“鞘”は……頼んでなかったと思うけど……?」


 それは短剣の鞘部分——渡された当初は刀身が丸裸になっていたのを俺が用意した。柄と合わせた岩竜系統の素材を当てがったが、実際こいつの材料が届くのを待って時間がかかっちまった。


 しかしこちらも鍛冶屋の端くれ。剣には鞘がなくてどうする——と思うものである。


「気にくわねぇなら外せばいい。だが良い刀身が剥き出しなんてのは格好がつかねぇだろ。売る気もねぇなら尚更な……」


 俺がそう言うと、嬢ちゃんは目を丸くしてこちらを見ていた。何がそんなに意外そうなのかわからなかったが……。


「売るって……何の話だ?」


「あー。最初はどこでくすねてきたもんかと疑ってたってだけだ」


「なっ!盗んだもんじゃねぇよ‼︎ こいつは——」


「わーってるって。早く持ってってやんな」


 俺の白状に怒る嬢ちゃんを俺は宥めて早く行けと急かす。仕事はしたんだから早く帰ってもらいたいものだ。


 だが嬢ちゃんはまだ不服なのか、受け取った剣を抱きしめながら呟いた。


「……いつ、気付いたんだ?」


 主語が抜かれた文言。何についてか——と聞くのは流石に野暮だろう。俺は詫びも兼ねて素直に教えてやった。


「短剣のくせにやたらデカいガード部位。明らかに使い手を意識した特注だろ。それでその剣の使い込み方……やたらガードが摩耗してたからな。どうやったらここまで擦り切れるのか……」


 俺は最初の損傷具合を思い出しながら呆れたような口調で語る。


 鍔の部分の摩耗はそれだけ多くの魔物や野盗と競り合ってきた証拠。ついでに言えばあの渋い素材の使われた柄にも血が染み込んでいた。古い血の数々が握り続けた時間の長さを表している。


 使われた痕跡と鍔の形状——そこから持ち主のスタイルは手に取るようにわかるのである。それくらい、この仕事が長いと造作もない。




 背中にいる誰かを守り抜く——そんな男の姿が、俺には見えた。




「こいつの持ち主は、よっぽどその誰かさんを守りたかったんだろうな。上等な剣をここまで使い潰すくらいには……」


 俺がそう言う頃、嬢ちゃんは大粒の涙を流して震えていた。


 それでこちらの推察も大方当たりだとわかる。そりゃ剣をほっぽって帰れないわけだ。


 嬢ちゃんはまだ何も言わない。押し寄せた感情の処理で手一杯なんだろう。だから、最後にひとつだけアドバイスをしてやった。


「供えるなり飾るなり好きにしたらいい。錆は気にしなくていいから、時々柄が劣化しないように植物油でも塗りこんでやれ。そうすりゃ日焼けくらいからは守れるし、虫も寄ってこねぇよ」


 嬢ちゃんはそれを聞くと、バッと振り向いて頭を深々と下げたと思ったら、その次は勢いよく外へと飛び出していった。


 話、ちゃんと聞いてたのかねぇ……などと呆れ返る俺は、一仕事終えた疲れをそのままベッドに持ち込もうと思い、店の看板をひっくり返す。


 良い仕事をした日は店仕舞いして寝るに限る——きっと今なら、翌朝までぐっすりだろう。




 そんな納品からしばらく経った後、俺は町外れの丘の上にある墓の存在を耳にした。


 石碑には優秀な前衛騎士の名が刻まれていているらしく、この町のギルドでも評判の男だったそうだ。


 その騎士は、たった一人の仲間を逃すために大規模なモンスターたちの行軍を食い止めて命を落としたという。


 その墓に俺が出向くことはないだろう。結局は赤の他人なのだから。


 ただそこにはきっと見覚えのない短剣が添えられているんだろうと……想像して、俺は人知れず笑うのだった……。


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