第31話 めぐり逢い

「はあはあ……九時五十三分。間に合ったわね」

 息を切らして私は駅前のTSUTAYAの店内に入っていった。

 レジカウンターでDVDを返し終わって、そのまま帰るのはもったいないわ。

 せっかく来たから何か面白い映画がないか探してみよう。

 店内の奥の方に向かっていくと、さっきレジにいた店員のお姉さんに声を掛けられた。

「お客様、すみません。先ほどの返却袋にお手紙が紛れ込んでいたのでお返しします」

 そう言われて店員さんは、封筒のない一枚の手紙を渡し、去って行った。

 なんのことかしら? 私はよくわからず受け取ったその裸文を開く。


「カオル、元気にしているか。 爺ちゃんは元気にしてるから安心してくれ。パメラ荘での生活はどうだ。 住人の皆さんと仲良く出来ていると嬉しい。今回はカオルにずっと秘密にしていたことを伝えたくて、手紙を書いた。それは管理人室に居る天滝アヤメさんにも関係することだから、読み終わったら伝えてほしい」

 私にも関係ある話? どういうことだろう。

 カオル宛の手紙だとわかっていたけど、読み進めてしまう。

「今から十二年前の夏、カオルと一緒に爺ちゃんは寺家ふるさと村という公園に遊びに行った。そこの大きな池で、爺ちゃんとオタマジャクシを捕っていた時のことだ。カオルと同じくらいの小さい女の子が一人、水際で遊んでいた。だが、ふとした瞬間池に落ちる音が聞こえ、振り向くと女の子は池で溺れていた。それに気づいたのは爺ちゃんとカオルだけだった。爺ちゃんは咄嗟に池に飛び込んだ。しかし池は深く、本当に恥ずかしいことだが、爺ちゃんは全く泳げず池の端から動けなくなってしまった。カオルは覚えていないと思うが、気付いた時にはカオルも池に飛び込んで溺れている女の子を必死に助けていた。だがカオルと女の子は水辺にたどり着く直前に動かなくなった。爺ちゃんは懸命に二人を陸に引き上げたが、二人とも意識はなかった。爺ちゃんは騒ぎに気付いた女の子のお父さんと一緒に救急車で病院に運んだ。

 その女の子が天滝アヤメさんだった——」

 ………………私…………?

 確かに私はお父さんと一緒にふるさと村に遊びに行って、池に落ちて溺れたことがある。

 あの時、溺れていく時の記憶の最後……視界に禿げたおじさんが飛び込んだことも覚えている。

 でも助けた人の正体がカオル? 両親に病院で聞いた話とも違っている。

 私は夢中で手紙を読み進めた。

「アヤメさんは入院した日の夜に意識を取り戻した。だが、カオルは三日経っても意識が戻らなかった。爺ちゃんとお前の母さん、それに天滝さんのご両親で話した時、助けたのは爺ちゃんだとアヤメさんが思い込んでいると聞いた。そこで爺ちゃん達は、そのまま助けたのはカオルだと伝えず、爺ちゃんだということにしておこうと決めた。なぜなら、もしカオルがこのまま意識が戻らなかったり、戻ったとしても後遺症が残ってしまう場合……助けたのが同い年のカオルだという事実を知ったら、アヤメさんは大きなショックを受けるだろうと心配したからだ。今まで黙っていてすまない。だが、カオルは溺れてから五日後に無事意識を取り戻してくれた。カオルは溺れた日の記憶は無く、そのまま検査も長引くということで、結局事実を伝えないままになっていた————それから今年の春。パメラ荘の入居者に、どこか見覚えのある名前があった。爺ちゃんは誰だか思い出せなかったが、家賃を五か月も滞納するその入居者に、文句を言いに行こうと部屋に行った。そして出てきた入居者を見て思い出した。あの時カオルが助けた女の子だと。とても綺麗な女性になっていて驚いた。そこで爺ちゃんはカオルの溺れたこと、お父さんのこと、ずっと連絡を取らずにいたことも含め、カオルに謝りたいと思い、パメラ荘を譲ろうと決めた。管理人室にアヤメさんを住まわせたのは、爺ちゃんの遊び心だ。それにもう二人は大人になる。せっかくの縁でパメラ荘に住むことになったのなら、もう過去の真実を伝えても良いと思った。一緒に仲良く住めていれば良いのだが……この手紙も読み終わったら、アヤメさんにも事実を伝えてほしい。改修費の借金が残ったままの相続で申し訳ない。身勝手な爺ちゃんを許してほしい。カオルの人生が幸せなものになるよう心から祈っている。

 楠俊彦」

 ————頭が真っ白になった。

 ずっと、私を助けてくれた禿げたおじさんにお礼をしたいと思っていた。

 でもお父さんもお母さんも、この話しをすると何故か黙りこんでいた。

 なんで本当のことを話してくれなかったんだろう……もっと早く知りたかった。

 それに—————カオル。

 死ぬかもしれないのに、あの時溺れる私を命懸けで助けてくれた人が、カオルだなんて……

 未だに信じられず手が震える……だけど確かにカオルには何か懐かしいものを感じていた。

 今すぐ、カオルに会いたい。

 今まで、ずっと伝えたかったことを言いたい。


 気づいたら私は店を飛び出して走り出していた。

 会いたい、会いたい……カオルに会いたい——

 私の体が、私じゃないみたいに道を走っていく。疲れも感じない。

 ただ一言、あの人に伝えたいから。

 涙が出ている。すれ違う人たちが不思議そうに私を見る。でも、どうだっていい。

 私は夢中で走り続けた。

 カオルに会って伝えたい。

「あの時、助けてくれてありがとう——」

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