ンンロとサボテン 10(完)

【5-8】


 ナスティハウンドとの最終決戦は、僕が想像していたような死闘が繰り広げられた……ということはなく、驚くほどあっけなく片が付いた。


 激しい衝撃音と振動を感じて、僕は急いで倉庫に舞い戻った。そして、 埃が舞い上がる中で真っ先にンンロの姿を探すと、なんとポチの上にうつ伏せで倒れていた。


 必死で残骸をかき分けながらンンロに駆け寄る途中、ティー・レップの死体を見つけた。首と四肢が通常ではありえない方向に折れ曲がっていた。

かなりひどい状態なので再生には時間がかかるだろうが、念のため両腕を後ろに回して──腕はグニャグニャと柔らかく不愉快な経験だった──手錠で止めた。


 幸いなことに小柄なンンロはポチがクッションになったおかげで大した怪我もないようで、僕が声をかけるまで「痛い」やら「デラックスジャンボヘルパフェが食べたい」やらブツクサ言い続けていた。


「大丈夫?」と僕は訊ねた。

「……に見える?」ンンロは首だけを動かしてこちらをジト目で見た。

「まぁ……見えるかな」

「ふん、言うようになったじゃんね」


 よっこらせとポチから飛び降りるンンロ。軽口は相変わらずだけど、言葉の端々から疲れがにじみ出ているように感じた。


「また爆発したの?」

「またってなにさ。まあそうだけど。それよりティー・レップ見た?」

「あっちで死んでたよ。とりあえず両手縛っておいたんだけど」

「いいね」


 ンンロは僕の肩を軽く叩いてから、僕が指さした方向へ歩いて行った。 

 ティー・レップの死体はまだ再生途中だった。手足が不自然にゆっくりと元の場所に戻ろうとするさまは、壊れた操り人形を想像させた。


「サボテンさ、酒もってない? なんでもいいんだけど」ンンロが言った。

「持ってないよ。探してこようか?」

「ないならいいよ。はーぁ、ダル。終わったら酒飲みにいこーか」

「休まなくていいの?」

「酒を飲むのが一番の休息さね」


・・・


「クソッ、なんだこれ!」

 復活したティー・レップが開口一番そう言ってもがいた。近くの瓦礫に座っている僕たちに気が付くと、

「おい、この野郎! まだ勝負はついてねえぞ!」

とハスキーな女性声でがなりたてた。

 ンンロは鼻で笑ってからゆっくりと立ち上がり、拘束した手の上からその背中を踏みつけた。


「舐めやがって! ヤれるもんならヤってみろクソガキ!」

「おっけー」BANG。

 ンンロは涼しい顔で拳銃を手にし、ティー・レップの後頭部をぶち抜いた。


「あと7回。サボテンもヤる? 突き落とされた借り返せるよ」

「やめとくよ……」


 僕が断ると、ンンロつまらなさそうな表情を作り視線を戻した。


 その後も、ティー・レップは復活するたびに足掻き声を荒げた。

 そしてバリアが切れた瞬間、ンンロは淡々と撃ち殺した。


 結局、計五回死んだ後に、

「クソッ……クソッ……せめて正々堂々戦えよ……」

とうとう音を上げ、おとなしくなった。

 ンンロは「うける」とだけ言い、ティー・レップの背中から足をのけた。


 しばらくティー・レップはすすり泣いていたが、やがて身体を起こした。仮面が割れ落ちて、素顔が見えた。

 仮面の下は……というか下もドーベルマンの顔だった。ただし女性の。

今は大きな目を真っ赤に泣きはらし、あちこちに切り傷を付けていて痛々しいけれど美形と言ってもよいだろう。 


 ティー・レップは僕のぶしつけな視線を感じたのか、

「なに見てんだよ腰抜けのサボテン野郎……ただの腰ぎんちゃくのくせによ。テメェにゃ負けてねえぞ」 と弱弱しくすごんできた。


「いやぁ……」

 確かに腰ぎんちゃく以外の何物でもないのは事実だが、改めてそう言われると少し悲しい気持ちになった。


「ちょっとー、サボテンはこんなでもあたしの相棒なんだからさー、そういうのやめてくんない?」


 だけどすぐにンンロがフォローしてくれたので少しうれしかった。


 その時、ガサリと音がして、全員がそちらを向いた。ポチが起き上がってきいた。そして、よろよろと僕たちの方へ向かっていた。


「ポチ!」

ポチの登場でティー・レップの声が明るくなった。

「こっちだ!」


 すぐにンンロが両手に短機関銃を構える。僕はお守り拳銃を構えながら後ずさった。


 一歩一歩ゆっくりと近づいてくるポチだったが、少し離れたところで立ち止まり伏せの姿勢を取った。二つの顔が上目づかいで僕たちを見ている。戦闘意欲を失っているようだった。


 その様子を見て、ティー・レップの笑顔が消え「そうか」とだけ呟いてドスンと座り込んだ。


「負けたのか、俺たちは……」


 ティー・レップがぼそりとつぶやきポチがくぅんと鳴いた。もうポチに飲み込まれる心配はないと知り心の底から安心した。


「それじゃ、あたしたちの勝ちってことでいい?」とンンロ。

「ああ、好きにしやがれ」


 うなだれるティーレップ。これからどうするのだろうかと考えていると、ンンロがロングコートのポケットから一枚の紙を取り出して、ティーレップの前に突き出した。


「それは?」と僕は訊ねた。

「地獄の契約書。下の事務所で見つけたから持ってきといた」 


 血の契約書となにが違うのか少しだけ気になったけど、今はただ頷いておくだけにとどめた。


「はい、契約するか強制労働か選んでいいよ」

と左手に契約書、右手に短機関銃をもった状態でンンロが言った。

「チッ…………ああ? なんだこりゃ?」


 契約書をひったくる様に受け取ったティー・レップがいぶかしげな声を上げた。僕はさりげなくかつ自然な動作で契約書を覗き込んだ。


そこには、契約書特有の堅苦しい文章のほかに、

『【ナスティハウンド】は【ンンロとサボテン】に敗北したことを認め、今後一切【ンンロとサボテン】に逆らわず、危害を加えないこと』とンンロの達筆な手書き文字が大きくと書かれていた。


「金やシマについて書いてねえけど、これじゃあ全部俺のモノのままだぜ?」と契約書をひらひらと振りながらティー・レップが言った。

「そんなものに興味はないよ。ただ、そこに書かれてることとあと一つ、やってほしいことがあるんだけど……説明がめんどいから後でメール送る」

「はぁ? なんだよそれ」

「ダイジョブダイジョブ、わざわざ契約書に書く必要が無いぐらいのことだから」

「わっけわかんねえよ」


 頭をガシガシとかくティーレップ。

 薄々感じてはいたけれど、この混沌としたHELL地獄の中でもンンロのように……ブッ飛んでいる者は少ないのだろう。

「それで答えは?」

「んなもん、飲むに決まってんだろチクショウめ」


 ティー・レップは吐き捨てるようにそう言うと、サイン欄に指を乱暴に押し付けてからンンロに投げ返した。

 ンンロは契約書を一瞥して今日一番の笑みを作ると「契約完了」と言ってコートのポケットにぞんざいにしまった。


「それじゃ、あたしたちは帰るから。後片付け頑張ってね。あとまたメール送るから。よろしくー」

「さっさと帰れチクショウ。はぁ……最悪だぜ」


寝転がるティー・レップを横目にンンロは上機嫌な様子で僕に近づき、

「帰ろっかー」

と言って瓦礫の上を軽々と跳んでいき階段へ向かった。


 僕は最後にティー・レップの様子を見て(ポチを撫でていた)ンンロの後を追った。


 降りる途中、ンンロはひたすら携帯をいじっていて、僕は僕で疲労感が回っていたので一言も話さなかった。


 何事もなく無事にビルの外に出ると、冷たい風が身体を撫でた。外はもう夜だった。繁華街の汚い空気が美味しく感じた。


「あのさぁ、もしかしてこれで終わったりする?」と僕は訊ねた。

「何言ってんのさ? まだはじめの一歩じゃん」

「だよね。言ってみただけだよ」

「なにそれー」

と言ってンンロは笑った。僕も笑った。

「さ、金もたんまり手に入れたし祝賀会しにいこー」

「えっ、お金?」

 僕が驚きの声を上げると、ンンロは悪戯っぽく笑みを作りコートの内ポケットに入っている札巻きを見せてきた。


「もしかして4階事務所から?」

「おー、よくわかったじゃん」

「ンンロってさぁ、手癖が悪いよね」

「この程度悪いうちに入らないよ」

「それはやだなあ。あ、そういえば、やってほしい事って何?」

「んー、後のお楽しみってことで」

「なにそれ」


 こうして初めてのカチコミは無事に終わり、僕は本当の地獄に足を踏み入れたのだったが、僕はあまり気にならなかった。

 今考えるべきことは、祝賀会を心の底から楽しむことだろう。それと、前後不能になるまで飲みすぎて変な契約を結ばないように注意すること。


【エピローグ】


 あの日から一週間が経過した。ボクとンンロは再びナスティハウンドのビルに足を運んだ。あるものを確認するために。


 相変わらず人気のない昼のビル前では、仮面は付けずにサングラスだけをかけたティー・レップが、長い紙タバコを吸っていた。


 隣を歩いていたンンロが不意に足を止めて「うわぁ」と感嘆の声を上げた。


 ビルの壁、ナスティーハウンドを象徴する3頭の犬のグラフィティに覆いかぶさるように、デフォルメされた【2本の小さな角を生やし白い羽をもつ小さな悪魔】と【サングラスをかけたフル装備のサボテン】が描かれていた。


「ほらよ、これで文句ねえだろ」ティー・レップが言った。

「いいじゃん、いいじゃん」とンンロ「超いいじゃんね?」

「うん、いい……と思うよ」恥ずかしさと嬉しさをごちゃまぜにした感情に言葉が詰まり、なんとかそれだけしか言えなかった。


「ちょっと、あんたとあたしで勝ち取ったものじゃん。もっと嬉しそうしなよ」

「いやぁ、ちょっと恥ずかしいというか。もちろん嬉しいんだけど……」

「はーん、まあいいや」


 ンンロは本当に気に入ったようで、あちこちに移動してパシャパシャと様々な角度で撮り続けている。そんなンンロの姿を眺めていると、

「おいサボテン。なんであんなヤバいのとつるんでるんだ? お前はただの一般地獄人だろ?」

「えっと、話すと長くなるんだけど……」

僕はどう説明するか悩み、結局、

「成り行き、かな」とだけ言った。

 僕の答えを聞いたティー・レップは吹き出し、

「なんだそりゃ。ま、どうでもいいけどよ。もう少し動けるようにならないとまじで足手まといになっちまうぞ」

「そうだよね、わかってはいるんだけど……」

 僕がそこで言いよどむと、強めに肩を叩かれた。

「もし手っ取り早く鍛えたいと思ったら俺んとこに来いよ。ポチと遊ばせてやるから」と言ってにやりと笑った。

「か、考えておくよ」ポチの突撃に吹き飛ばされる様を想像して身震いした。


しばらくしてンンロがホクホク顔で戻ってきた。

「次の狙いはもう決めてあんのか?」ティー・レップが言った。

「んー、いくつかの候補はあるけどねー」とンンロが答えた。

「俺に勝ったんだ。誰が相手でもヤられるんじゃねえぞ」

「弱小クランのくせに何いってんだかねー。それに、あたし達を誰だと思ってるのさ」


 ティー・レップは満足したようにうなずき、タバコの最後の一口を吸ってポケット灰皿に入れた。


「今度は客として来いよ。なんなら今夜でもいいぞ」


 あれほどまでに破壊されたビル内だったけど、、ヘルデパートにそれなりの対価を支払いすぐに元通りにしたらしい。地獄の沙汰も金次第という言葉は正しいらしい。


「気が向いたらねー」

「サボテンもな。それと、あの話考えとけよ」

「う、うん、その時はよろしく」


「じゃなあ。俺は忙しいから、あとは好きに見て帰んな」

 そういって戻っていくティー・レップの後ろ姿と、改めてビルに追加されたグラフィティアート──僕たちが勝ち取って得た結果──を眺めていると、改めて胸に熱いものがこみ上げきた。だけど、やはり恥ずかしさが強くなってきて、もうすこし端に小さく描いてくれればよかったのなんて思った。


 自分でもスマートフォンで写真を撮っていると、ンンロが肘でつついてきた。


「あの話ってなに?」

「え? 大したことじゃないよ」

「へー……あー、なるほどねー」ンンロがニヤリと笑った。

「えっなに?」

「べっつにー。サボテンもやるじゃんねえ」


 僕の顔を見てニヤニヤと笑うさまが気になった。何か変な誤解をしていなければいいのだけれど。


「それより、次はどうするの?」

「んー、さっきティー・レップにも言ったけどまだ決まってないんだよね。 ──そうだ、サボテンはさ、喧嘩狂のトカゲ共とイカれAI、どっちがいい?」

と言って、ンンロはサメのように笑った。


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