ンンロとサボテン 1

【1】


 相手の銃口が爆発したと思った瞬間、僕は頭に強い衝撃を受けて死んだ。


 そして生き返った。


 吹き飛ばされた頭は元通りになっている。痛みもない。ただ、左腕に刻まれた三つの髑髏タトゥーのうち一つにペケ印が追加されていた。


「おーい、早く隠れなよ。ぼやぼやしてっとバリア切れてまた死ぬよ」


 少し離れたところ、横倒しになっているスチールデスクの陰にいる赤い革ジャンの少女──ンンロが言った。


その言葉を裏付けるかのように、バリア越しに身体のあちこちに軽い衝撃を感じた。

 そこで状況を理解し、必死でンンロの横に飛び込んだ。

 地下駐車場の削れたコンクリートが舞い、地下特有のよどんだ空気と火薬やケミカル臭が混ざり合った臭いに思わずむせた。

 全身の毛が逆立つような奇妙な感覚がして、バリアが切れたことを悟った。


「危なかった……」

「撃たれるまえに撃てって言ったじゃーん」

「そ、そんなこと言ったって、銃なんか撃ったことないよ!」

「じゃあ今やってみればいーじゃん。ほら、早く」

「わ、わかったよ」


 とは言ったものの、何回か深呼吸をしても小さな拳銃を強く握りしめている手の震えはほとんど収まらなかった。

 ソファの上から顔と拳銃を出して撃ってみたが、銃弾は明後日の方向に飛んでいっただけだった。

 その代わりに三倍ぐらいの銃弾が返ってきてソファを揺らしてさらに肝を冷やした。


「あーあ、てんでダメ。銃ってのはさ」

 素早い四連射と二人分の悲鳴。

「こう撃つじゃんね。わかった?」

 ソファの陰からそっと覗くとチンピラが二人地面に倒れていた。


 映画さながらの銃さばきを理解する間もなく(時間をかけても理解はできないのだが)駐車場の入り口から黒いバンが猛スピードで侵入してきて派手に横滑りして止まった。側面に三頭の怒り狂った犬の顔が描かれている。


「弱小クランのくせに大盤振る舞いじゃん」

「増えちゃったよ! ど、どうすんのさ!?」


 恐怖で再び身体が震えだしている僕とは対照的に、ンンロはのんびりと茶色い酒瓶に口をつけていた。


「ちょっと、のんきに飲んでる場合!?」


 ンンロは僕の言葉を無視し、酒瓶を放り投げ、首や指をゴキゴキ鳴らし、「──よーし。サボテン、今度はちゃんと隠れてなよ」

「……え? なに? なにやるの?」


 それ以上の説明はなく、ンンロはおもむろにスチールデスクから飛び出した。


 激しい怒声と銃声。そして、

「Hell Yeahー」


 爆発音とともに目を開けていられないほどまぶしい光が一面を埋め尽くして僕の意識は吹っ飛んだ。


【0】


 第XX回、極仙人掌編大賞選考落ち。これで今年の選考落ちが13回を越えた。


 選考落ちを知った日の夜、僕は飲み屋を渡り歩き、泥酔して夜の街を徘徊していたらしい。そして、大型トラックのハイビームとけたたましいブレーキ音が僕を襲ったらしい。


【0.1】


 無気力無努力無駄時間浪費罪と自暴自棄的不注意事故死罪。

 白い部屋の中で表情のない裁判長に言い渡された罪状がそれだった。

 日々を怠惰に過ごした挙句に間抜けな死に方をしたということらしい。


 弁明をする暇もなく顔のない裁判長が閉幕を告げると、僕の足元に真っ黒な穴が開いた。そして浮遊感を感じたと思った次の瞬間にはHELL地獄の強制労働所に送られていた。


 十日の強制労働を泣きごとを言いながらこなした後に、僕は強制労働所の職員に第66ヘルマンション2666室に連れていかれ、今日からここに住めと一方的に告げられた。

 家具は疎かトイレや風呂すらない六畳一間の部屋の中央には、

『新地獄人のための手引き ~ヘルカム トゥ ユートピア~ 』

と表紙に書かれた膝丈ほどある冊子があるだけだった。


 そうして僕は地獄人として第二の人生を歩むことになったのだ。


【2】


「一体、なにが……?」


 意識を取り戻して何か考えられるようになったころには、すでに銃撃戦は終わっていた。

 ドラム缶の中で燃える炎だけが地下駐車場内で聞こえる音だった。


 恐る恐る立ち上がりンンロの姿を探すと、紫色の煙を発すドラム缶の前に立っていた。


 見るからに有害な煙を吸わないよう口元を押さえながら近づくと、

「あまり近づかない方がいいよ。ドラッグ燃やしてるから」

「そ、そう……」

 ンンロはメラメラと燃える炎をただ見つめつづけていた。


 そんなンンロをただ眺めていると、

「チクショー、なんなんだよあんたら。たった二人でめちゃくちゃやりやがってよー……マジぱねぇわ」


 背後から聞こえたの声にンンロと共に振り返ると、破壊を免れた椅子にだるそうに座っているチンピラが茶色の酒瓶をあおっていた。武器は持っておらずそもそも戦意がなさそうだった。


「まだいた?」


 チンピラの元へ向かうンンロの後についていく。彼女はチンピラが差し出した酒瓶をひったくる様につかんで煽った。


「あたしはンンロ。こっちはサボテン。いずれヘルバイスのトップに立つチームだ」

「えっ? 何の話?」


 そんなことは聞いていない。

 ンンロに説明を求めたが、無視された。


「へぇー、ぱねぇな。俺はジョグ。ナスティハウンドのただの下っ端だ」

「あっそ。あんたらのボスは?」とンンロ。

「ボス? ここにはいねえよ。というか今日は来ねえよ」


 ジョグが頭の後ろで手を組んでイスに持たれかかるとギィッと嫌な音がした。


「なんで?」

「ボスは土日祝休みさ。だから俺たちはここでチルッてたってわけ」

「ちぇっ。無駄足だったの」


 ンンロが酒瓶を投げ捨てた。酒瓶はバンに当たり大きな音を立てて割れた。


「それじゃあ……そろそろ帰る?」僕は恐る恐る聞いた。

「まあ明後日に仕切り直しだね」 


 横目でこちらを見るンンロ。まさか、こんなことにまだ付き合わされるのだろうか。

 流石に勘弁してほしいのでどう断ろうかと考えていると、ンンロが急に「いいことを思い出した」といった感じで僕を指さした。


「そうだ、サボテン。あんた一人も殺れなかったじゃん。そんなんじゃこれから先、いろいろと大変じゃん? だからさ、慣れるためにもソイツで練習しときなよ」


 ンンロの怪しい笑みに嫌な予感がした。

「……慣れる? 練習ってなんの?」僕は恐る恐る訪ねた。

「クソをぶち殺す練習」


 予想通りとんでもない言葉が返ってきた。

 同じことを思ったのかジョグが渋い顔をした。


「俺、今日はもう2アウトしてるから帰りたいんだけどさ」

「ツいてなかったね。あたしに憂さ晴らしでボコボコにされてから死ぬか銃弾一発で楽に死ぬか決めな」

「やれやれ。ついてないぜチクショー」


 ジョグはまいったなといった顔で天井を仰ぎ、それから僕にむけてから手で乾杯の仕草をした。


「サクッと頼むわ」

「サクッと……と言われても……」


 僕はジョグを見て、ンンロを見て、拳銃を握りっぱなしだったことに気づき、それからまたンンロを見た。少女は隈の濃い目で見返している。

 その目は「面倒だけど、やらなきゃあたしがあんたも殺るからね」と語っているように見えた。


「早くしてくれよ。酔いが覚めちまう。怖いんなら相手の後ろに回って目をつむって撃ちゃいい」とジョグが言った。

「あっ、はい……」


 僕はアドバイス(?)に従ってジョグの背後に回り、後頭部に拳銃を突き付けた。映画でよく見るシチュエーションだけどまさか自分がやることになるなんて想像したことが無かった。


 深呼吸を1回。2回。

 HELL地獄では人を殺して罪には問われないし(罪という概念がないらしい)3回死んでも強制労働所へ送られるだけで30日後には戻ってくれるらしいけど……「なるほど、はいそうですか」で人を撃つメンタルは持ち合わせていない。

 なんとかこの場を穏便にやり過ごすことはできないか──


「おっそい」


 BANG!!


 いつの間にか隣にいたンンロに肩を叩かれ、反射的に引き金を引いてしまった。


 額から銃弾と脳を飛ばしてジョグが崩れ落ち、そのまま動かない肉片となった。地獄人には文字通り血が通ってないらしく、ジョグから血が流れることはなかった。


「ついでにスリーアウトしたらどうなるか見ときなよ」


 数十秒後、ジョグの死体の下に赤い魔法陣が出現し、そこから無数の腕が伸びてきて抱き寄せられるように沈んで消えた。

 これが通称『HELL地獄のスリーアウト制』というもので、30日間の強制労働に連れていかれるということなのだろう。


「ね? 大したことないっしょ? 」


 僕の肩をパンパンと叩くンンロに、ただ苦笑いを返すことしかできなかった。

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