HELL地獄BAN(G)ディッツ‼
チルお
ジョブ・デビュー 1
【1】
俺はユニダート。どこにでもいる地獄人だ。
暴力は中の中、射撃の腕は中の下。
平凡でとにかく頭数が欲しい状況でないと呼ばれない。その程度の男だ。
ただ危険を察知する力が人よりもほんのわずか秀でているようで、今日まで三死(スリーアウト)は免れている。
そんな俺は今、珍しく買い物以外の目的でヘルバイスに足を運んでいた。
HELL地獄の中でもロストエンジェルス、新欲苦躯(ニューヨーククク)などに匹敵する危険な街だ。
俺は数回しかこの街で仕事をしたことがない。大体の仕事は熾烈で俺では力不足だからだ。
ことの発端は、弟分であるスタチャーの『16歳になったらヘルバイスで初仕事をしたい』と言い出したことだ。
俺は弟分の無邪気な願いをかなえるため、適切な仕事先を探していた。
ヘルバイスにはあらゆる店が無数にあるが、当然ヤバい後ろ盾を持っている店も多い。
ド素人で無鉄砲な子供を連れて行わないといけないこともあり、仕事先の選定に難航していた。
それはヘルバイスに入って三日目のこと。
比較的平和な地区を探索していた時、あるカレー屋を見つけた。
五階立てビルの壁にはまんべんなく蔦が巻き付き、一階のカレー屋は窓から中の様子が見えない。
外壁もところどころ風化しかけていて今にもビルごと崩れ落ちるのではないかと感じるぐらいだった。
そして、しばらく遠めに観察していたが、そのカレー屋は飯時だというのに客は三人しか入らなかった。
店の入口にはセキュリティ会社の契約証明板も、後ろ盾ギャングのタグもなく、完全に個人経営のように見えた。
セキュリティタレットやバウンティハンターの証すら見当たらない。
なるほど、セキュリティを雇うほどの売り上げがないのだ。
そういう店は田舎の街ではよく見かけるが、ヘルバイスのような街ではかなり珍しい。
なぜならそういう個人経営店は何かしらの理由ですぐにつぶれてしまうからだ。
つまりこの店は、儲けは吹けば飛ぶほどしょぼいだろうが、強盗初体験の場としてこれ以上ないほど適している店だと思った。
問題は『今にもつぶれそうな店が経営が無事続けられている理由がある』可能性についてだが、 スタチャーの誕生日が十日後に迫っているのでゆっくりと調査している時間は取れない。
カレー屋を最有力候補としてチェックし、別の候補を探しに行った。
【2】
一週間後、スタチャーの誕生日の二日後に、俺はスタチャーと相棒のフィリを連れて例の客入りが悪いカレー屋に向かっていた。
結局他に適している店は見つけられなかったからだ。
全員目立たぬようラフな格好で、もちろん武装済み。
俺は愛用の大型拳銃とコンバットナイフ、いくつかのタイバンド。
スタチャーには誕生日に買ってやったビギナー用の拳銃を持たせた。
できるだけ身軽にし、素早く終わらせるつもりだった。
「兄貴、いよいよだな。俺ワクワクして昨日は寝れ──」
「静かにしてろ」
「分かったよ……それでよ兄貴──」
「おとなしくしてろ。仕事の前に事故りたくないだろ。あと寝れなかったのなら今のうちに寝とけ」
道中、スタチャーは興奮しており普段より口数が多かった。
よくない兆候だが仕方がないことでもある。
俺も最初に強盗をした時は、緊張と興奮のあまり自分の足を撃ちぬくヘマを冒したもんだ。
だから俺はスタチャーがドジを踏まないように見ていることと、もし踏んでしまった時に適切にフォローをすることを念頭に置いておかなければならない。
ルームミラー越しに後部座席で静かにしていたフィリと目が合うと、彼は小さく肩をすくめた。
フィリは無口な大男だ。
スキンヘッドであることも相まって、大抵のやつは彼のことを怖がり距離を置く。
だけど本当は気さくで優しい奴だと長い付き合いだから知っている。
仕事となるとクマめいた図体からは想像もできないほど素早く丁寧に仕事をこなすから頼りにもなる。
「今日は散弾銃か?」
俺がそう聞くと、フィリはオーバーオールの中に手を突っ込み銃身を短くした散弾銃を取り出し、ルームミラーに映る位置に持ってきた。
身体のでかい彼が持つとまるで棒切れかなにかに見える。
そう思って舐めたヤツは散弾を食らうわけだ。
【3】
車を盗まれないように通りの角に隠すように止めて、徒歩でカレー屋へ向かう。
飯時を避けたこともあり、通りはひとけも少なく仕事におあつらえ向きな状況だった。
「スタチャー、段取りを言ってみろ」
「えっと、まずは客として入る。次に周りをさりげなく観察する。ヒーローになりたがるやつがいたらマークしておく。で、普通に飯を食べる。最後に責任者を脅して素早くレジから金を奪って一目散に車に乗ってずらかる。だよな?」
「ああ。それと、俺の指示には絶対従うんだ。余計なことはせず、無駄に銃もぶっ放さない。それと──」
「分かってるって。ユ兄は心配症すぎるんだよ!」
スタチャーは俺に意見をしたいと思ったときに俺のことをユ兄と呼ぶ。
仕事前にへそを曲げられるのは面倒なので、それ以上指摘する代わりに溜息を吐いて会話を打ち切った。
カレー屋には問題なくたどり着いた。
店前の看板を眺めるふりをして窓から中の様子を確認しようとした。
だが、やはり蔦が邪魔で覗けなかった。
俺を先頭に、スタチャー、フィリの順番で店に入った。
扉を開けた途端、濃厚なカレーの香りとゆったりとしたひと昔前のソウルミュージックに出迎えられた。
いらっしゃいませーと首から上がアナログレコードのウェイトレスが言って俺たちを出迎えた。
俺が人数を告げると、好きな席に座るよう言われた。
店は縦長でボックス席は右側に4つ、すべて空いている。
左側にはカウンターが6席で客が2人。
突き当りにトイレ。
そして、最奥のボックス席に面する壁に武装タレット。
俺は店内と武装タレットが見やすいように最奥のボックス席を選択した。
「何食べる?」
向かい側に座ったスタチャーがメニュー表をめくりながら言った。
「好きなものを選んでいいぞ」
俺はそう言ってメニュー表の陰からさりげなくレトロ調で落ち着いた店内に視線を走らせた。
カウンターの向こう側にはウェイトレスの待機スペースからさらに奥の部屋へ続いている。
おそらくキッチンでコックなり店主なりがいるのだろう。
ここからでは武器の有無はわからない。
壁に銃や刃物といった武器は見当たず、精々壁にかかったレコードを投げつけられるぐらいか。
レジは入口脇のテーブルの上にあるを確認した。
テーブルに固定されていてレジ事盗むのは困難だろう。
懸念材料だった武装タレットについては、一目見てヘルデパートでも販売されているフェイク品だとわかったので安心した。
稀に変人がフェイク品にわざわざ手を加えて本物以上に使えるようにしているが、金のない店でそれはないだろう。
続いて客の方を見る。
経験上、イレギュラーが発生する原因はたいていその場に偶然居合わせた第三者によるものだ。
出口に近い席。
見るからに安モノのスーツがはちきれるのではと思うほど大柄な男が一心不乱にカレーを貪っている。
脇には空になった皿がいくつも積まれている。
隣の椅子にはこれまた既製品の黒いカバンが置かれている。
武器を持っているとしたらあの中だろう。
それともう一人、カウンター中央の席。
ザ・デビルズ(今若者の間で流行しているブランドでやや高価)のレザージャケットを着て、赤と白の髪を乱雑に混ぜたツインテールの小柄な女。
右手に持ったスプーンで冗談のようなでかさのパフェをつつき、左手でガラパゴス携帯電話をいじっている。
「ヘルバイスはカレー屋にもパフェがあるんだね」とスタチャーが言った。
「食べたかったら頼んでいいぞ」
「やったぜ!」
一通りの観察を終え、たいして驚異になりそうなものはないと判断。
あとは、キッチンの向こうに相当ヤバいなにかが無く、面倒なイレギュラーが起きなければこの仕事は鼻歌交じりでもこなせる。
フィリが俺の目を見て静かに頷いた。俺と同じ意見なのだろう。
柔らかい背もたれに体重を預け、こわばっている身体をほぐしていく。
どれだけ経験を積もうが仕事直前になると緊張で身体がこわばってしまうのは弱さの表れだろう。
頃合いを見てウェイトレスを呼び、スタチャーが元気に『本日のカレーライス』三人前と『ウルトラデラックスパフェ』一人前を注文した。
ウェイトレスがカウンター奥の部屋に顔を突っ込み注文を繰りかえした。
やはりキッチンなのだろう。しかし返事は帰ってこなかった。
料理を待つ間、念のために拳銃の確認をしておくことにした。
フィリにアイコンタクトを送り男女兼用トイレに入る。
中はきれいに掃除された何の変哲もない洋式トイレだった。
ズボンを履いたまま便座に座り、拳銃をとりだす。
明かりを浴びて銀色に鈍く光るこいつは、威力減衰率が高い代わりに近距離で無類の威力を発揮する。
また、射撃音が大きいのでパニくった客を鎮めるときにも使える。
一発撃つための疲労量は拳銃の中でも多いほうだから、今回のような短期の仕事向けの拳銃だ。
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