聞書

岡田翠子

2021.9.18

あれを「事故物件」ないしは「瑕疵物件」と評して良いのかは分からないが、備忘録として残しておくことにする。

(※場所の詳細は、都合上表記できません。あらかじめご了承ください)



その住宅街は、急な上り坂の地形を這い上がるようにして、家々が建ち並んでいる場所だった。


坂の頂上付近にはJRの駅があり、少し離れたところには大型商業施設がある。

おかげで生活にさほど不便はなく、欠点と言えば時折電車が踏切を通過する音が大きく響くくらいで、新居を構える人が後を絶たなかった。


たくさんの家がひしめきあうような構造をしているためか細い私道が多く、街のいたるところに、住民たちが日々使う道路が脈々と張り巡らされている。


その真ん中に、小さな神社があった。


紅色が禿げかけた細い鳥居が十数本、参道と思しき小道を覆うようにして連なり、先に小さな本殿が建っている。社務所もないような目立たない神社だ。


だがその神社は、規模の割にやけに「周囲に溶け込んでいない」のだそうだ。


たしかに新旧様々な住居が乱立しているこの土地で、こういった鳥居が連なる特徴的な風体の神社は珍しい。四方八方を住宅に囲まれ、道路で区切られた僅かな土地に鎮座するなら、尚のこと、そう思うかもしれない。


しかし、そうではない。


「まるで住宅街の写真に上から雑な合成で貼り付けたみたい」


見た人がそう例えるほど、明らかな「異物」として、その神社は存在するのだという。


地元の高校生達がこの神社の存在を知ったのは、部活動で作成する自主制作ドラマのロケ地として候補に上がったからだった。

くだんの坂の住宅街に住む一人が、雰囲気も良く、何より撮影しているドラマの雰囲気にピッタリだと勧め、それに仲間達が賛成する形でロケが決定した。


神社を撮影地に推した彼女は、そのまま撮影の許可取りも買って出てくれた。


「まあ人もいないし、管理しているのは他の神社っぽいんだよね。多分大丈夫だと思うよ」


彼女は笑ってそう言い、許可取りの結果を後日連絡をすることになった。


しかし一週間後、彼女は申し訳なさそうな顔で部室にやって来た。

もしや、と聞いてみれば、案の定駄目だったのだという。


「神社の人がそう言ったの?」

「違う」

「えっ?だって管理している神社に許可を取りに行ったんじゃ……」


言いかけて、仲間は彼女の様子がおかしいことに気づく。

俯いたままの彼女の表情が、強ばっている。申し訳なさと恐怖がまぜこぜになった顔だった。


「ごめん、あそこで撮影するのは、だめ。というかこれ以上関わるのも、やめておいた方が良い」

「どうして」

「向かいのうちで、人が死んだ」


その一言で、その場がしんと静まった。

彼女は項垂れたまま、首を左右に振った。


「絶対に関係があるとは、言えない。でも、万が一何か起こってからじゃ遅いから。勧めておいて悪かったんだけど、この話はなかったことにして」


お願い。

彼女はそう言ったきり、口を閉ざした。



不幸があった「家」は、神社の周辺にある住宅のひとつだった。


周囲と違っているのは、


・家のある位置が、丁度神社の参道のはじまりにあたること。

・家の玄関と鳥居、本殿がぴったりと一直線に並んでいること。


という点だ。


しかし、その家――正確には、その家が建っている「区画」には、いつも長く人が居つかないのだという。


理由は様々だが、何年もの間、様々な人々がその区画に家を建てては去り、空き家となった家に入居しては去り、元ある家を取り壊して新しい住居を建ててはまた去り、ということを繰り返しているのだそうだ。


人が死ぬのは知っている中でこれが初めて、というのは、後に彼女から聞いた。

その日は救急車とパトカーが集まっており、何かを探しているようだったが、やがて日が経つにつれ来なくなったという。



※(筆者追記)

ロケが中止になってから、その神社を訪れてみた。住宅地に立つ赤い鳥居を見て、たしかに違和感を感じるか、と問われれば否定はできなかった。

不幸があった家は今も変わらず空き家のままで、入居者募集の張り紙が貼ってあった。

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