第4話 目を合わせてください
そう広くない部室で俺と天野が向かい合い。
そしてそれを横から審査員みたく
俺は二メートルほど先に立つ
窓から覗く生憎の
整った鼻梁、小さめなのにしっかりと主張してくる桜色の唇。そして何より……長い睫毛に覆われながらも、珍しい蒼の瞳が中央に君臨している。
それはマジでどっから見ても隙の無い完璧美少女って感じで。
中学ん時もさぞモテただろうが、今後成長してゆく彼女の前にどれほどの男子がひれ伏す事になるのやら。想像するに易い。
だからこそ、どうしてそんなとびきりの美少女が俺みたいなただのいちモブに固執するのかがまるで理解出来なかった。
少なくとも中学の時に彼女と交わった記憶はない、はず。
だったらやっぱ受験の日、痴漢の一件でってことになるのだろうが、助けたから礼を言いに来た。そこまでならまあ理解は出来る。
でもだからって演技する時にまでわざわざ俺を引っ張り出したりなんかするものだろうか?
しかも佐倉先輩じゃなきゃ嫌です、なんて。
勘違いされかねない言葉を堂々と言って、彼女になんの得があるのか。
もしかしてからかわれてるのか?
想像を巡らせた脳裏に嫌な光景が掠めかけるもすぐに打ち消す。
嘘告をされたあの日以来、俺の警戒心はいつだってマックスで(特に女には)。それに人を見る目もそこそこには養ってきたつもりだ。
だからこそ、こいつがそんな悪趣味なことをするような奴にはとても見えないし、逆に多分いい奴だとすら思えてしまっている自分がいる。
とはいえ警戒は解かないが。
「あの、佐倉先輩?」
「えっ。あぁ、悪い。お前のタイミングでいいぜ? どうせ俺立ってるだけだし」
「ありがとうございます」
そう言うと、なぜかしっくりこないといった感じで少しだけ顔を傾けた天野は言いにくそうにちいさな唇を開いた。
「あの……。さっきから思ってたんですけど。
痛いところを突かれた俺は内心でうぐっと
やっぱバレてたのか……。
これまた嘘告をされて以来、直さなきゃと思いながらもずっと引きずってきた
「目を合わせてもらえると嬉しいです。わたしたちは今からふたりで再会のシーンを演じるわけですし」
「おい、佐倉ぁ。お前立ってるだけなんだからそれくらいちゃんとやれよな」
うるせえ。アンタの為にやってんだからまず礼を言え礼を。と、口には出せないので内心で呟いておいた。
「悪かった。これでいいか」
「はい。演技は雰囲気が大事です。ですので、わたしが演技を
なんだ、やけに念を押して来るな。
「分かったって。善処する」
覚悟を決めた俺は、しっかりと天野に焦点を合わせ。対する天野も俺から一瞬たりとも眼を逸らすことなく、二人の視線が完全に交差する。
その瞬間なにかが脳裏を掠めた。
ような気がした。
しかもそれがとても大事なことのように思え、俺は即座に記憶の糸を手繰り寄せようとする。
(なんだ? なにかを思い出しそうな……)
ただ、少しのあいだ頑張ってはみたものの、結局そのぼやけた何かが姿を現すことは無くて。
そんな俺を
「じゃあ、いきます」
瞬時に役へと入り込んだのだろうか。
蒼い瞳の表面に薄っすらとした水膜が張られ、天野はその潤んだ瞳を微小に震わせながら、俺に向け一歩踏み出した。
来る。
そこから彼女が俺の胸元へ潜り込んでくるまであっという間だった。
俺より十センチほど背の低い天野は俺の胸にそっと両手を添えると、少しだけ体重を預けてきて。直後、彼女は下から覗き込むように真っすぐ俺に向け切なげな表情をぶつけてくる。
「やっと、会えた……。ずっと、ずっとあなたに……わたし……会いたかった」
敢えて押し殺しているのだろうか、震えるような声音は圧倒的な臨場感をもたらし。それがまるで本当に積年の感情を爆発させているかのように感じてしまい、演技だと分かってるのに、不覚にも俺の心臓はどきっと跳ね上がる。
同時にまたぐにゃりと浮上する断片的な記憶。
なんだ……誰の笑顔、だ。それに、これはどこだ……。
と、一瞬意識が飛んでいた自分に気付き、はっと我に返る。
すると相変わらず俺を捉えて離そうとしない蒼の瞳が目の前にあった。
それにしても、こんなにも切なげな
分かっている俺でさえヤバいのだから、演技という前提がなければ……そう考えるとゾッとしないでもない。
とはいえ、もう終わりだ。
それを証拠に当の
なのに天野は俺にピタリと寄り添ったまま離れようとせず、元から大きな目を更に広げてみたり、パチパチと瞬きをし長い睫毛を揺らしてみたり。
演劇部だったって言ってたしな。まだこいつの中では演技が完結していないのか?
それとも……何かを訴えかけようとしているのだろうか。
なんとなく後者にも思えたが、でも何を伝えたいのかがまるで分からない。
ただ可愛いは過ぎた。それだけは確かだった。
そんななか、彼女は半眼になりじとっとした目で俺を見やると、最後にはガクッと肩を落とし
いったいなにがしたかったんだこいつは……。
俺は一歩距離を取り肩を落とす彼女に声を掛けることにした。
「なんか、悪かったな。俺、演技のこととかよく分かんなくて」
「いえ、いいんです。先輩はひとつも悪くないので……」
そう言いながらもやはりどこか寂しげな表情だ。
「でもさすが演劇部だな。俺、自分がほんとに再会したのかと思ったくらいだ」
「そうですか……。それはどうも」
元気づけようと思ったのだが、相変わらず釣れない様子である。
と、そんな彼女にもはや掛ける言葉を見つけられずにいたのだが、何かを思い出したかのように「あ」と口を開くと、天野はちょいちょいと手招きをしてきた。
「先輩、ちょっとこっちに」
「ああ」
色々と忙しい奴だな。
「あの、今日わたしがここへ来た理由なんですけど。分かってますよね?」
「それな。もしかして受験の日に言ってたあれだろ? 俺に会いに来るとかどうとかって」
なんの違和感もなくそう告げたのだが、なぜか天野は首を傾げてきて、そんな彼女に俺も首を
「いや……。っつうか、お前が言ったんじゃねえか」
「そ、それはそうなんですけど……。ただ、あの時とは少し状況が変わったと言いますか」
不可解。そんな表情で天野は続ける。
「というより、もしかして聞いてませんか?」
「聞く? って、何をだよ」
「何をって、もちろん今日のことをです」
なにやら噛み合わない会話が続くな。
分かって当たり前と言わんばかりの空気を出されても、分からないものは分からない。……?
と、そこでふと今日というワードに引っ掛かりを覚えた俺は思考を巡らせることにし、次の瞬間には「あっ」と素っ頓狂な声をあげてしまっていた。
同時にポカンと口を開けながらも、脳内で急速にパズルが組み合わされてゆく。
そうかっ。今日俺に残されたイベント。
それはもちろん同居人にまつわることに他ならないわけだが。
母さん曰く、今日
……だった、よな。
(……っ!?)
直後、理解した俺はギギギとぎこちなく首を動かすと、傍に立つ天野へ視線を合わせた。
いやっ、でも俺が聞いていたのは……たしかご子息、だったはずだが?
どう見てもこいつは男じゃない、よな?
待て。ただ、もしその一点を除いたなら……。
なるほど、まさに今の状況そのままだと言わざるを得なかった。
そこで誠に遺憾ながらも脳内のパズルは完成してしまう。
几帳面な親父と姉貴に対し、たしかに母さんと俺は極度に面倒臭がり且つ適当で。
だからこんなボタンのかけ間違えなど日常茶飯事といえばそうだ。
と、いうことはなるほど。
つまりそういうことなのだろう。
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