嘘告トラウマを持つ俺の家に告白されまくりの後輩美少女が同居することになった

若菜未来

1章

第1話


 さいっあく……。なんで、今日なのよぉ……。


 さっきから腰やお尻あたりにかけて伝わってくる気色の悪い感触。

 始めは偶然なのかと思った。でも、もう何度目か分からないくらいで。そうなれば意図的としか思いようがない。


 こんな通勤時間帯に電車に乗ること自体初体験だったわたしは、いま人生で初めての痴漢に遭遇している。

 ニュースや漫画などで見る時、嫌なら嫌ってはっきりと言えばいいのにって、そう思ってた。けど、いざ自分ごとになると違った。


 恐くて……声が出ないのだ。


 人で溢れかえる車中、周りは大人ばかりで。しかも誰に触られてるのかすら分からない。


 許せない……。でも、恐くて、声も出ない……。


△▼


 俺の通う秀明館高等学校の受験日、当日。


 この春高校二年に進級する俺、佐倉悠流さくらはるは親友である湊恵光みなとえこうと二人、満員電車に揺られていた。

 と、いうのも受験補助として上からお声が掛かったからに他ならない。


 つまり受験生が移動するより少し早めの時間帯。

 通勤ラッシュのぎゅうぎゅう詰めの車中、俺は人に囲まれる格好で俯き加減に震えるひとりの少女に気付く。遠くてよくは見えないが、直感的に痴漢だと、そう思った。


 彼女の制服が俺や恵光えこうの出身中学のものだったから、というのもあったが。

 

 俺は彼女のことを知っていた。


 一学年後輩の天野明香あまのあすか

 俺の在学時、とびきりの美少女として校内でも有名人だった彼女。


 そこまで母校にも、ましてや天野にも思い入れがあるわけではないが……。とはいえ直感的に助けてやらなくちゃ、そう思い一歩足を踏み出そうとしたのだが。


 でも同時に……。


 久しぶりに中学のことを思い出したからだろう、当時のトラウマ事案がフラッシュバックし、俺の脚は止まる——。




「あ、あのね……わたし、佐倉くんが好きかも、なの。もし良かったら、付き合ってくれない、かな」


 あれは二年前、俺が中三に進級したばかりの頃。

 俺はまんまと当時学校で流行ってた嘘コクの餌食になった。


 相手はクラスでも一番人気の織田おださんだ。なぜか当時、彼女は俺になにかと構ってきて、俺はそんな織田さんのことが気になり、どんどん目で追うようになってしまってた。


 いや、まあよく言ってフツメンの俺に織田さんみたいなが構ってくれてる時点で変に思えよって話なんだけど。正直俺のこと好きなんじゃね? などと浮かれてたのは否めない。


 で、結局の嘘コク。


 それ以来、女は……。

 特につらのいいやつは苦手になってしまった——。




 だからこそ、普段の俺なら二の脚を踏んでたと思う。

 だけど、高校受験の当日、ましてや快速電車はこの先十分ほど停車しないのだ。


(さすがに、見過ごせないよな……)


 ひとつ嘆息すると、俺はすっと息を吸い込み、


天野あまのっ!!」


 面識もないくせに敢えて『こんなところで偶然だな』感を前面に押し出すべく、明るめの演出として声を張り上げる。

 当然、突然の大声にざわつく車中、「うぉおっ」などとすぐそば恵光えこうだけじゃなく近くの人までがびくびくっとなる中、五メートルほど先の天野の頭もピクリと動き、次いで顔を俺の方へ向けた。


 その素振りで彼女が天野明香あまのあすかに違いないことを確信した俺は直後、ぴょんぴょんと奇抜な動きで尚更に変な奴感を前面に押し出すと、


「ちょっ、悠流はる……? えっ、どこ行くのさ!?」


 呼び止める恵光えこうの声を背に、俺は腰を屈め低空姿勢を保ったまま天野へと突き進んでゆく。


 通勤ラッシュ、ぎゅうぎゅう詰めの車内だ。

 大声は当然として、身動きをとるだけでも十分迷惑なのに、更に人混みを掻き分けて進むのだからもはや迷惑極まりないというもの。

 

 ラグビー選手が大勢の巨漢に抱きつかれながら必死で前に進もうとしてるのはこんな感じなのかもな。

 などと自分を鼓舞しながら、やっと天野へ手が届く位置まで寄る。すると、立ち位置で誰が彼女に痴漢しているのかがすぐに分かった。


 中年のオッサンが女子中学生相手になにやってんだよ……。世も末だな。


「天野」


 俺は今度は抑え気味に声を掛ける。

 すると振り向いた彼女とばっちり目があった。


 同時にその尋常ならぬ可愛さにビビった俺は一瞬目を逸らすも、彼女とオッサンの間に無理やり割って入る。そしてオッサンを冷ややかな目で一瞥してやった。


 ここではっきりと摘発してやることも出来るが、それは同時に彼女が被害者だと言いふらすことになり流石に憚られるか……。そう思い、じとっとした目を向け押し黙る。


 すると、オッサンは気まずそうに目を逸らし、逃げるように群衆へ埋もれていった。


 ふぅ。無事任務完了か。


 つまり、もう彼女と知り合いの演技をする必要もない。

 とはいえまた恵光のところまで戻るのも難しいし、また彼女が新たな痴漢被害に合わないとも限らない。


 そう思い、俺は何も言わぬまま、彼女の斜め後方で嫌々ながらもさっきオッサンが持ってた吊り革にちょっとだけ指をかけた。


 一方、さきほど声を掛けられた天野だが、気まずそうに膝を擦り合わせながら俯いているようだ。ただ、ぼそっと口の動きだけ、「あり、がとう……」と、そう言った気がした。


 俺が一方的に知ってるだけで当然彼女からすれば面識がないのだ。会話が続くはずもない。

 まあ元々俺も話す気はなかったから。


 その後、俺たちは駅に到着するまで一言も交わすことなく、やり過ごした。


 そしてやっと停車しドアが開くや、どっとホームへ流れ出る人人人ひとひとひと

 俺は最後の仕事とばかりに人混みから彼女を守りながらホームへ降り立つと、去り際に「受験、頑張れよ」と、一声だけ掛け、目も合わせず歩き始めたのだが。


「あのっ」


 呼び止められ脚を止めると。


 彼女は両手で鞄の持ち手部分をぎゅっと握り締め、俺を見つめていた。









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