鴨川西高校文学研究会

麻田透

第1話 はじめに

 「じゃ、簡単な説明をしますね」

 部長と思われる一人が話し出した。特にこの部活に興味があったわけではないのだが、どうも学校の方針として「豊かな学校生活は部活動から」という考えがあるらしい。だから、入学して二日目には「部活動体験説明会」なるものが午後の授業を潰して用意されていた。当然、授業中に行われる授業扱いの「行事」なわけで、入学早々授業をサボるほど図太い神経は持っていなかった。

 学校の方針は一定理解するがこっちは人間関係を築くのがすこぶる苦手な性格たちだ。運動神経が悪い言い訳をしているわけではない。自分でいうのもどうかと思うが、身長は百八十をこえているし、体重は七十キロ程度でいわゆる「細マッチョ」のたぐいに入るだろう。中学入学当初はバレーボール部やバスケットボール部の顧問から声がかかったが、体育の授業中に運動神経が悪いふりをして何とかやり過ごした。天邪鬼な性格がそうさせるのかもしれないが、体育系のクラブの「みんなで」という宗教じみた思想が受け入れられないというのが正直なところだ。男ばかり数十人が隊列をなして掛け声を上げながらランニングをする姿を想像しただけで背中に寒いものが走る。ランニングしている横で女の子のマネージャーが少し高揚した表情で「ファイト」「ガンバ」みたいな声を出しているのを見ると、もう劇画の世界そのもので、現実のものとは思えない。

 そもそもどこの「部活動体験説明会」に参加するのがいいかと思いあぐねて教室の後ろの掲示板に貼ってある「説明会会場一覧」のプリントを睨みつけていた。五時間目開始のベルが鳴っても動けない。周囲には人の気配がしない。完全に取り残されたことがわかったのだが、はやり動けなかった。

「どこでもいいから適当に行けばいいんだよ」

 頭の中の自分がそっとアドバイスしてくれる。だが「適当」ほど難しいものはない。

「適当にやっておいて」

 という人にとっての「適当」は僕にとっての「完璧」であることが多い。「適当」という言葉に騙されてはいけないとある時から強く心に誓っている。結局、プリントの中で活動時間が最もゆるい部を選ぶことにした。

「文学研究会の活動は一週間に一度程度、ただし、文化祭の前は発表資料ができていなければ、毎日の活動になることもあり。文学に興味があってもなくても、ぜひ、説明会に来てください。部員少数のため絶賛募集中です」

 文化系部活動の中でも特にゆるい紹介文。もし、その実態がゆるくなくてもそれを理由に簡単に退部できそうな気がする。

 僕はちょっと顔を赤らめ吹き出る汗を拭いながら黒板の前に立っている先輩を、動物園の動物を観察するかのごとく見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鴨川西高校文学研究会 麻田透 @chousan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ