9話 金眼の鬼(2)

 翌朝、ルネア達は王宮に戻った。金眼の鬼の件は、すぐに騎士隊、兵士隊、国王であるヘラクにも報告がなされた。先日は【エルミの瞳】のなかで収まった話ではあったが、被害が広がって、万一王族に危害が及ぼされたら事だ。すぐに金鬼の正体を突き止めるように、と指示を出した。



 今まさにルネアたちが向かっている先も、金眼の鬼に関連する相手だった。王都トリアイナの『水の都』とも呼ばれる街の造形は、水路を張り巡らす事による防衛の機能も兼ね備えている。都の中心部には、王国最奥部に位置する宮殿を護るかのようにして要塞が建っている。ここがティ・ルフ王国で最も堅牢な場所であり、王都に住まう王族を護る要。

 ルネアとジョゼフは要塞内に足を踏み入れる。外周から内部へと、ぐるりと円を描くようにして延々と続く通路。外観は要塞そのものだし、そう呼ばれもしているが、内部の構造は城のそれに近い。住民が使用する上層と、地下に向かう道に分かれており、二人は後者を進んでいる。


 最奥に居る要塞の主。ティ・ルフ王国を守護する、神剣『デュランダル』を護りし〈剣の神子〉、そのもとに。



「エンジ様、ルネア様がいらっしゃいました。お通ししても?」

「あ、え、も、もちろん! おおお、お願いします……」

 ジョゼフが要塞側の兵士に取次をしている奥から、随分と落ち着きを欠いた男性の声が聞こえてきた。ルネアは周囲には気づかれないくらいに小さい音で、重苦しい溜息をついた。〈剣の神子〉のもとへは細々と、ひと月に一度は顔を出しているが、声を聴くと無意識的に渋い溜息が出てしまう。


 目敏く気付いたジョゼフが、ふたりの間だけで決めた手信号で注意を促すと、ルネアははっとして驚いた様子を見せた。

(また、やっちゃった)

 表面に出さない様に注意しているにも関わらず、ここへ来るといつもやってしまう。〈剣の神子〉自体は全く嫌いではない。物分かりの良い好人物だ。ただ、どうにも振る舞いが夫・ヘラクにそっくりなのである。気が弱く周囲の顔色を伺っていて、喋り方にも表れている。それでいて自身の想いや意見が尊重されなければ、病的とも思えるほど怯え、怒りの感情を示すのだ。だからルネアは、夫の意見は最大限尊重するようにしている。


 ルネアにしてみれば、表面上はティ・ルフ国王ヘラクの妻として振舞っているが、中身の〈魂〉はずっとユリアスの恋人。罪悪感から、余計に苦手に感じているのかもしれない。

 ティ・ルフ王国の要である神剣『デュランダル』を護る〈剣の神子〉、エンジ。彼はまだ、夫よりは優しいし根が善人なのでマシだと思う。それでも夫を想起してしまうというその一点だけで、ルネアの中に苦手意識があるのだった。


 ルネアは気を取り直して、明るく慈悲のある笑みを作る。内心、〝女王スマイル〟と呼んでいるものだ。〈剣の神子〉が神剣とともに過ごしている部屋の扉を潜ると、目の前には神剣『デュランダル』と、〈剣の神子〉エンジの姿があった。


「お邪魔しますね」

「ああ、ルネア様……恐れ多いです。いつでもいらっしゃってくだせえ。あ、ああ、また地元の言葉が……」

「気にしないで。貴族や王族とは違うのですから」

 優しく声を掛けてやると、エンジはほっと安心したように顔を緩める。エンジは、見た目には〈剣の神子〉とは想像しにくい。中年くらいの年頃の中肉中背の男性で、黒髪のうえに編み糸帽子を被っており、白肌。神聖な雰囲気とは程遠く、畑でも耕していそうな人物に見えてしまう。


「ルネア様……本当にお優しい御方だ。おらなんか、未だに〈剣の神子〉じゃなかった頃の夢を見るんです。今でも信じられねえ。この手足も、夢の中ではちゃんと動かせて……」

 エンジは自分の手をまじまじと見つめる。基本的にエンジは椅子に座ったままであり、ひとりでは立つことが出来ない。この神剣と〈剣の神子〉の部屋に傍仕えをおいて、必要に応じて介護をされながら勤めにあたっている。〈剣の神子〉になった者を襲う症状のひとつ。彼もまた、二年前に〈剣の神子〉に選ばれてから、手足が痺れてうまく動かせなくなったのだ。


「そうよね……エンジさんは〈剣の神子〉になってやっと一年超えたばかりですから。仕方がないわ。これまで私が出会った〈剣の神子〉の皆さんも、同じような話をしていたことがありました」

「そ、そうかあ。そうですかあ……」

 ルネアに励まされても、エンジは眉を下げて複雑そうな顔を浮かべた。エンジはもともと農家をしていた人間なのだが、たまたま神剣『デュランダル』によって次の〈剣の神子〉として選ばれた。それが、この自信の無い態度に現れているのだろう。


「お話し中、失礼いたします。本日こちらへ伺ったのは、国内に現れた〝金眼の鬼〟という者の情報を共有させていただく為です。よろしければ、私から説明を」

 微妙に重苦しい空気を破るように、横からジョゼフが割って入った。

「きん……おに? 初めて聞きました……」

「ありがとう、ジョゼフ。頼みたいわ。それじゃあ、ジョゼフから話して貰いますね」

 エンジの正面に立っていたルネアと、ジョゼフが入れ替わる。ジョゼフは淡々とエンジに説明を始めた。


 ルネアは本当に誰にも聞こえないように、ふっと安堵の息を付く。ジョゼフは、彼女の心労を慮って説明を買って出たのだろう。夫ヘラクと別人だと分かっているのに、苦手意識はどうしても抜けなかった。そして、ルネアのこういった民衆寄りな感性を従者たちは皆分かっていて、少しずつ肩代わりしているのだった。

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