第8話 マナデバイス
前書き
ちょいと体調崩しておりました。
更新をお休みさせていただいてる間に、いつのまにかジャンル別週間ランキングの100位以内に入っていて、思わず二度見しました。
皆さんの温かい応援に感謝!
というわけで更新再開です!
+++
ーー俺の取り扱いが決まらず、離れの屋敷に缶詰めになってから1週間が経過した。
幸い、この屋敷には娯楽も含めて書籍が多く、暇することはなかったが、少々肩がこるのも事実だ。
この1週間生活してみてわかったのは、この2120年の日本は
やはり
特に明確な相違点は、食文化と公共衛生だろう。現代日本のように潤沢な調味料や調理方法はないし、トイレももちろん水洗なんてなかった。
その点、今の日本は科学が異能という力を火種にして飛躍的に進化したと言っても良いだろう。
その最たるは、目の前のヒルメが左手に付けている近未来的な見た目の腕輪ーー『マナデバイス』にあった。
「それじゃ、パパっと≪簡易生活術≫で屋敷の掃除と洗濯を済ませちゃいますかね~」
ヒルメがそう言って左手の『マナデバイス』をタップすると、ヒルメの目の前に半透明のウインドウが飛び出した。
慣れた様子でヒルメはウインドウを指でタップやスライドを繰り返し、≪簡易生活術≫の項目から"掃除"を選択すると、迷わずタップした。
すると、ヒルメを中心として白色のマナの波動が広がっていった。
「相変わらずそいつは便利だな」
『マナデバイス』には様々な生活に役立つ異能が搭載されており、人々の生活の支えとなっている、まさに現代マナ社会の技術の粋を集めて作られた"マナ製品"だ。
いまヒルメが使った機能は≪簡易生活術≫という日常生活に便利な異能の能力の一つ、"掃除"だ。これを使用すると、使用者から一定範囲内の汚れや埃を一瞬で除去してくれる。
この『マナデバイス』の素晴らしい点は、本来は十人十色である異能の力を、一部とはいえ万人が使用できる形に落とし込んでいるところだ。
この『マナデバイス』は着用者のマナを動力源に稼働するため、特別な動力源を必要としない。
いまの日本は『マナデバイス』を基盤としてインフラが構築されているため、まさに生活の必需品と言えるだろう。
「それはもう!これがなかったらとてもじゃないですけど、この屋敷を私一人じゃ管理できないですよ~」
ニコニコとヒルメはそう言いながら今度は『マナデバイス』から"洗濯"を選びタップ。すると、白色のマナの波動が広がり、事前に集められていた着用済みの衣服から汚れが取り除かれていく。
ヒルメは簡単にやっているが、前述の通り『マナデバイス』は使用者のマナを動力にして稼働する。特にいま使用している≪簡易生活術≫は、使用者のマナ量に応じて発生する事象の範囲や効果量が変動するそうだ。
先ほどの"掃除"は1回の発動でこの屋敷全体まで効果が及んでおり、少なくとも雛菊ではマナ量が足りず出来ないと、雛菊本人から聞いている。それを簡単に行った上で、今度は"洗濯"の≪簡易生活術≫も鼻歌交じりに起動。
俺から見てもヒルメはそこそこのマナ量の持ち主であり、先日俺を治療したテレサ級の≪回復術≫も含めて、やはり一介の使用人に収まっている事に疑問を覚える人材だった。
「アプデで服をきれいに畳む機能も早く追加されて欲しいものです」
ヒルメはそう言って溜息混じりに座ると、洗濯物を一つ一つ畳み始めた。
『マナデバイス』は『マナネットワーク』ーー大気中のマナを媒介に日本中に張り巡らされたネットワークで、インターネットのマナ版が一番近いーーで接続されており、機能はアプデで随時更新されるのだとか。便利なもんだな。
なお、『マナデバイス』は領民の権利の一つであるので、俺はまだ持っていない。
やがてヒルメは午前中の仕事が一通り終わったらしく、昼食の時間となった。
「お好きなの選んでください!」
そう言ってドンとテーブルに置かれたのは、カップ麺の山。ヒルメは料理がなぜか致命的に出来ないので、基本的にこの屋敷の料理担当は主である筈の雛菊だ。
なお、雛菊は日中は学園で不在の為、昼は自動的にカップ麺等のジャンクフードになる事がほとんど。
ヒルメは「今日は味噌の気分です~」と鼻歌を歌いながら、マナポットからお湯を入れてカップ麺を作り始めた。
この使用人は料理に加えて引きこもり属性も兼ね備えており、基本屋敷の外に出ることはなく、家事以外はもっぱら趣味に勤しむ。
初日の対応を見るにちゃんとすることも出来なくは無いようだが、基本的に必要が無ければこの女は常にニコニコぽやぽやとしており、何もないところで転べる"ドジ属性"すらも搭載している。
きっと『マナデバイス』無しに家事を任せたら、この屋敷は数日で破滅だろう。
謎多きドジっ子巨乳割烹着美人引き籠り使用人とは、本気で属性盛りすぎである。
「そんじゃ俺は家系かな」
まあ、俺もカップラーメンは嫌いじゃないし、
ルンルンとカップ麺の完成を待つヒルメに苦笑しながら、俺もカップ麺の調理に入るのであった。
ーーー
ーーその日の夜。
学園から帰ってきた雛菊の作る夕食に舌鼓を打ったあと、雛菊が俺の部屋を訪れていた。
とはいえ、最近の彼女は俺の夜の勉強(変な意味ではない)に付き合ってくれることが多いため、部屋に来ること自体は珍しくない。
しかし、今日は何やら話があると夕食時に言われていたため、やっと俺の処遇が決まったのかと期待していた。
見るからに質の良さそうな白い寝巻に身を包み、肩に女の子らしいピンク色のカーディガンを掛けた雛菊は、控えめなノックをすると、少し緊張した面持ちで部屋に入ってきた。雛菊には椅子を譲り、俺はベッドに腰掛ける。
いつも後ろで留めている長い黒髪は、寝巻だからかゆったりと肩下まで流れていた。
「それじゃ、さっそく話とやらを聞かせてくれ」
俺の言葉に雛菊は一つ頷くと、ゆっくり口を開いた。
「あなたの立場がひとまず決まったわ。賀茂家の"食客"という形よ」
「"食客"ね。とりあえずは朗報だな」
これは少し意外な結果だ。
"食客"という扱いは、雛菊が求めたものであった。
しかし、これまで雛菊から聞いていた話では、現在の賀茂家は側室の紫を中心とした"分家勢力"が発言力を持っているらしく、賀茂家内での扱いを見る通り、雛菊の発言力は現状ないに等しい。
"分家勢力"としては、俺のような得体のしれないやつはさっさと契約して英霊ーー要は人外として扱うか、契約できないようなら追い出すようにとの意見が中心だと聞いていたので、てっきり早急に契約を結べとでも言われるもんかと。
あんまりな条件を提示されるようであれば、何か手立てを考えようかと思っていたが。
「ええ。どうも最後はお父様が分家連中の意見を無視する形で決まったそうよ」
「賀茂家当主が?」
ふむ。理由がわからんが、どうも雛菊に味方してくれたらしい。
「そう。どうしてかはわからない。でも、お陰で貴方とじっくり向き合える時間ができたわ。それで、これからの事だけど、まずはこれを渡しておくわね」
そう言って雛菊はカーディガンのポケットから新品の『マナデバイス』を取り出し、俺に手渡した。
「『マナデバイス』が無いと、生活するのにも困るから。それは貴方にプレゼントするわ」
「おお、こりゃ助かる」
マナデバイスは本当に便利だからなー。欲しかったんだ。
「『マナデバイス』は装着したら自動的に装着者のマナを検知して登録するの。もう使えるようになっているはずよ」
雛菊の言葉通り、左腕に付ければ目の前に最近見慣れ始めた半透明のウインドウが現れた。
それを見て、雛菊は真剣な表情で何か考えるように顎に手を当てた。
「……問題なく起動したってことは、やっぱりマナはあるのね。不思議だわ」
「言ったろ。そういう体質なんだ」
"鬼神病"特有の体質については、事前に雛菊とヒルメには説明してあった。この日本でも確認されていない事例らしく、半信半疑だったようだが。
「それじゃあ、まずはステータス画面を確認しましょう」
そう言って雛菊は自身の『マナデバイス』を操作してステータス画面を呼び出すと、見やすいように指で自身のウインドウを俺の前までスイーっと移動させた。
「参考までに、これが私のステータスよ」
----------------------------
名前:賀茂 雛菊
年齢:17
マナ:Cランク
異能:≪暴風の加護≫≪英霊召喚≫≪結界術≫≪■■■■■≫
称号:【賀茂の汚点】
----------------------------
なるほど、こうやって表示されるのか。
『マナデバイス』のステータスはどういう仕組みかは知らんが、自動的に装着者のマナから情報を読み取り、このような形で表示するのだとか。
マナ量に関してはCランクは一般の異能士としては優秀な部類だと聞く。異能に関しては1つで普通、2つあれば優秀、3つ以上に至っては天才レベルと聞くので、4つ持つ雛菊はまさに特別な存在と言えるだろう。
まぁ、そのうち1つが黒塗り状態となっているが。
「この異能の項目の、黒塗りのものは?」
「それは、生まれた時からそうなってるの。どんな異能かも全くわからないし、使えないわ」
「ほーん。じゃあ俺もステータスを見てみるか。どれどれ……」
そう言って雛菊のステータス画面から目を外してウインドウを操作し始めるが、雛菊はその表情に疑問の色を浮かべた。
「……他にもっと気になる項目があるでしょう?」
「なんだ、聞いてほしかったのか?」
ウインドウから目を外すことなく、慣れない操作を続けながら答えた。
「……いえ、普通の人は、いつも称号に触れるものだから」
雛菊は目を伏せ、俯きながら呟いた。
「生憎、本人が明らかに気にしてそうな事をわざわざ掘り返す趣味はねぇんだわ」
俺の言葉に、雛菊は顔を上げ目を少し見開いた。
「それより、ステータスの出し方がわからん。教えてくれ」
「……ふふっ。えぇ、わかったわ」
雛菊は柔らかな笑みを零すと、椅子を立ち俺の隣に腰を下ろした。
女子特有の花のような甘い香りが、仄かに鼻腔をくすぐる。
「色々便利なのはわかってるが、機能が多すぎて何が何やらだ」
「どれも便利よ。ちゃんと全部教えてあげるから、安心しなさい。とりあえず、ステータスはここ」
そう言って雛菊は俺の前に身を乗り出し、俺の代わりにウインドウを操作し始めた。
身体がさらに密着したことで、香りは強まり、雛菊の体温と柔らかさを感じる。
ーーこの1週間の生活で思っていたが、この女はいまいち警戒心に欠けている。
こいつが貴族令嬢でなければ、とっくに襲っているところだ。
まぁ、そもそもご令嬢と1つ屋根の下で同居、しかも密室で二人っきりって時点で追及されたらアウトだが、勉強会の時点で毎回無警戒に部屋に来るもんだから俺も気にしないことにした。
「さて、それじゃあ"勇者様"のステータスを見せてもらおうかしら」
そんな事を考えているとは露とも知らず、雛菊はウキウキした様子でウインドウに俺のステータスを表示させた。
----------------------------
名前:高宮 怪斗
年齢:18
マナ:error
異能:error
称号:【孤高の勇者】
----------------------------
「……エラーだなぁ」
「……エラーね」
表示させた俺のステータス画面のマナと異能の項目はエラー表記。
1つ事実としてわかるのは、どういった原理かは謎だが、称号は異世界の物も適用されるということだ。
「こういうのはよくあるのか?」
「……いえ、少なくとも私はこんなことは聞いたこともないし、もちろん見たこともないわ」
「なるほどな」
これも
正直こういったことに慣れ過ぎて「またか」くらいの感慨しか湧かないが。
「とりあえずどうにもならないし、これについては私から製造元の方に問い合わせておくわ」
そう言って雛菊は残念そうに溜息を一つ零すと、こちらに流し目を向けつつ愉快そうに口の端を吊り上げた。
「まぁ、一つ朗報があるとすれば、あなたの"勇者"発言が自称ではなかった事がわかったってくらいかしら」
「信じていなかったのか?」
「客観的な証拠ができたって話よ」
弾むように紡いだ言葉のあと、雛菊はベッドから立ち上がり、部屋の出口へと向かった。どうやら用は済んだらしい。
「そうそう。言い忘れてたけど、明日からは私と行動を共にしてもらうからよろしく。それじゃ、おやすみ」
ドアノブに手を掛けながらこちらを振り返った雛菊はそれだけ言い残すと、部屋から去っていった。
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