『人生短し、歩むは猫と』

第1話 自己嫌悪と猫

 取り立てて言うことでもない私「新居庭直春にいにわなおはるの人生観をつらつらと粛々と述べさせてもらいたい。

 私は、人が嫌いな人生を送ってきた。

 感情的に話をするところが嫌いだ。

 意味も分からず涙するのが嫌いだ。

 友達や家族に同調するのが嫌いだ。

 休載が四年以上も続く職業を許して待つのが嫌いだ。

 赤ちゃんを笑わせようと変顔をするが、生まれた時から変顔だろお前と言わんばかりに、鼻で笑われてしまう惨めなところが嫌いだ。

 自動ドアに反応されないところが嫌いだ。


 そして、何より人が嫌いなことをつらつらと述べて、人生観などとほざいて、気持ちよくなっている人間わたしが一番、嫌いだ。嫌いのバーゲンセール、私の値札が9割引きになったところで、何一つ変わらずまわっていく「世界」が一番大好きだ。

 


 と、こんなところで話は終わり、学校の屋上の向こうとこちら側を遮る柵から手と腰を離す。

 柵の外の床。右足を前に一歩だせば、もう余白は消えており、残りの人生も余白となる。我ながら、初めて勇気を出した行動がこれなのかと、呆れて涙が出てくる。涙は止まらない。

 グッドバイ、だ。嫌いだった世界。

 脱力を始めろと脳が急かす時。


 「困るんですよ。勝手に死なれちゃあ」


 硬直。首を横に向ける。

 柵の横に猫がいた。三毛猫だ。


 「危ないよ。君はこっちに、来ちゃいけない」

 「だから、困るんですって。未練たらたらタラレバ地味男さん。許可なくくたばろうとしちゃあ」

 「んっ!??」


 鼻水の噴水が瞬く間に、虹のアーチを作る。

 きれいだネ。



 「ねっ、ねっ、猫、猫、猫、猫、猫、しゃべ、しゃべ、しゃべ、しゃべっ!?!!?」

 「喋りますとも。猫なんだからそりゃあ」


 前足を舌で濡らすと、額のところまで持っていき顔を洗う。その姿は猫そのものだ。

 話の因果には全く抵触もしないが、明日は雨かなと思いつくばかりである。

 この出会いが、今後の死生観に大きく影響を与えることをこの時の私は、つゆほども分かっていない。


 「それでは新居庭直春さん。世界の話を始めましょうか」


 『人生短し、歩むは猫と』

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