物堅し思考
小狸
短編
「何かさ、友達にこう言われたんだ」
「ふうん、じゃあそいつをぶん殴るか」
「待って、まだ何も言っていない」
「何も言わずとも、その友達とやらがお前に何か良からぬことを言ったってことは、俺でも想像がつく。だから殴る。暴力は全てを解決するんだ」
「暴力で解決した先には、言葉はないよ。そして救いもない」
「良い事言うじゃねえか。そして上手いことを」
「まあね、これでも物書きの端くれですから。プロでも何でもないけど」
「できるよ、お前ならきっと、夢を叶えられる。それだけの努力をしている」
「ちょっと照れるから今は私のこと甘やかすのやめて。で、それ関係なんだよね、私が言われたのって」
「それ関係? ということは、小説を書くことについてか? お前の夢を邪魔する奴は、俺が許さないが」
「思想が過激になってるからやめて。いや、そのね、私が書く小説に対して、ちょっと物申されたというか、感想をもらえる機会があったの。それで言われたんだ。
「何を言われたんだ?」
「うん――『明るい物語を書かないの?』って」
「……」
「黙るねえ。押し黙るねえ。今までの擁護が嘘のように沈黙を貫くねえ。お兄ちゃんにも心当たりがあるんだ? 私の小説が、明るくないってことが」
「ああ。そうだな――確かにお前の小説は、明るくはないと思う」
「そうはっきり言ってくれるのを期待してたの。ありがと。まあ、そうなんだよね。私の書く小説ってのは、暗い。
「しかし、それもお前の武器なんじゃないか? 今、短編だけでも182、長編の章も合算すれば300は超える小説を、ネット上に発表しているだろう。暗い題材で、そこまで書き続けられるというのは、一種の武器なんじゃないかと、俺は思うが」
「流石はお兄ちゃん、私の全著作を読んでいるだけはある」
「まあ、俺はお前のファン第1号だからな」
「一応キモイって言っとく。まあ話を戻すけど、暗い題材っていうか、題材を暗くするのが、私なんだよね。学校ならいじめ、社会なら社会不適合者、家庭なら機能不全家族や虐待、個人の問題なら自殺か劣等感。何でもかんでも暗くして、それから物語にしてしまうんだよね」
「それが、問題なのか」
「うーん。友達にしては軽く言ったつもりっぽいけど、それを重く
「重く捉えている?」
「そう。いやね、改めて考えてみたわけ。物語を書くってこと。そこには必ず読者っていう視点が存在するわけじゃない。そして物語は書き終えてから、作者の
「ふうん、一つの物語から多様な感想が出たとしても、その考え方なら、許容できるということだな。流石は我が妹。ポリティカルコレクトネスに配慮している」
「別に配慮しようとしてしたわけじゃないから。それでさ。私の物語っていうのは、暗い、まあ人の醜さとかを主題にしたものが大半なわけだけど、ふと思い至っちゃったんだよね、私の物語を読んで、不快になる人がいたら、どうしようって」
「…………」
「いや、分かるよ。前にも言った通り、物語は書き終えて、発表した時点で、私のものじゃなくて、読者のもの。そして読者の感想は、読者自身のもの。だから責任を取らない、って訳じゃないけれど、何かさ、申し訳なく思っちゃったんだよね。だってその人は、私の物語を読む時間を割いて、
「……」
「お、珍しく考えてる。お兄ちゃん」
「一つ、
「うん」
「お前は、自分の物語を読んだ人に、
「……快く」
「世には沢山の物語で溢れている、溢れすぎていると言っても過言ではない。お前の小説を投稿するサイトにだって、日々誰かの小説が更新され続けているな」
「……まあ、そうだね」
「そんな中で、全てが快くある必要は、俺は無いと思うな。不快という感情を排除するということは、それ則ち、快いを相手に強制するということでもある。そういう物語もあって良いと俺は思うが――一方で、そうでない物語があっても良いと思っている。物語は作者の下を離れて、感想は読者のものだと思っていると、お前は言ったな。そしてお前の小説を読んでくれて、評価してくれている人はいる、と。ならば、その不快という思いも、受け止めて噛み締める。そんな者が、お前の今の読者なんじゃないか? それは決して悪いことではないと思う。それだけお前の物語を、
「……物堅さ、ね」
「そうだ。それに一つ言わせてもらえるのなら、読者のことを考え、読者の感想を慮り、読者に少しでも読んで良かったと思ってもらいたいと、そう思うお前は、少々」
――優し過ぎる。
「…………」
「と、俺から言えるのはこの辺りだな。悪いな、俺はお前と違って出来が悪いから、言語化するのがあまり得意ではない、ま、無理して変わらなくとも良いんじゃないか。そのままの自分を受け入れてくれる場所を、既にお前はもう持っている」
「なんか、なんだかんだ言いつつ、結局いっつも私って励まされてるね。あーあ、なんか悔しい」
「なぜ悔しい? 俺は思ったことしか言わんぞ」
「ほら、そういうとこ」
「どこだ」
「別にいいしー。でもありがと。お蔭でなんか立ち直れた、後ろ向きだけど、立つことってできるんだね」
「お前がそう思えたのなら、
そう言って、兄は笑った。
リビングから自室まで行って、部屋の電気と、パソコンの電源を付けた。
良し。
書こう、と。
私は思えた。
《Narrative Thinking》 is the END.
物堅し思考 小狸 @segen_gen
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