呪印陰陽師黒猫奇譚〜ブロマンス版〜

夜空知世

序章

 黄昏時の六甲山の山奥にある人里離れた森。周辺にあるのはただ森とその入り口付近にある古びた神社のみ。


 その境内にまだ五、六歳に見える幼い男児の姿があった。


 男児は見目麗しい銀色の髪に、誰もが愛らしさを感じると思われる顔の持ち主だった。そして子ども用の白い狩衣かりぎぬを着用しているから小さいながらも、陰陽師の姿に見える。今その男児と対面しているのは、妖だった。


 男児は、地面にいるのではない。宙に浮かんでいる。相手の妖も宙に浮かんでいる。妖は大人の人間ぐらいの巨大な漆黒の猫で、尻尾が三つ叉に分かれている。だが全身傷だらけで毛並みも悪い。


「にげてもムダです。ぼくはじだいのとうしゅになるものですから。あなたではかてません」


「うるさい! お前のような子どもにやられる我ではないっ。そうか、お主が、次代の当主、蘆屋澄成あしやきよなりか……」


 猫妖怪は再度逃げようとし、身体の向きを変えるが、澄成は素早くそれを察知し、手の平から雷のようなものを発生させ、それを猫妖怪の方へ放った。


 びちちちいちちぃ!


 バチバチと乾いた音も鳴り、それは妖の身体に激突した。


 猫妖怪も素早く逃げてはいるものの、澄成はその度に瞬時に手から雷を放つ。


「ううっ……」


 ついに猫妖怪が地面にバサッと落ちる。更に追い打ちをかけるように男児が続けて攻撃をかけようとしたが、妖は自身の周りに簡易の防御結界のようなものを張って攻撃を防いだ。その結界の図形部分は青く光り輝いている。


「無念、無念。このようなまだ幼い者にしてやられるとは…………見た目で判断するべきではなかったのう。しかし、我とてこのままやられるわけにはいかんのじゃ。きっちりやり返してやるわ」


 まだ勝つ勝算があるのか、妖はニヤリと笑う。


「だからあなたはかてないと、いってますけど……おとなたちもついてきていないでしょ。みんなもぼくがかつのがわかっているから、すきにたたかわせてくれているんだ」


 澄成は、じりじりと妖の方へ飛び、あと僅かの所で地面に降り立つ。妖の結界を解除しようと、その結界に手を掲げた時だった。


 妖の結界は青白く光る。その外側にも隠して結界を張っていたらしく、二重の結界が作動した。


 ゴオォォォォ━━地面が唸り、妖から妖力をグングンと吸い取っていく。澄成の左手首には茨の黒い輪のようなものが刻印されていく。


「うあぁぁ━━」


 澄成が左手首を庇うようにして膝から崩れ落ちた。


「なにをした! れいりょくがふうじられていくっ……」


「ふははははっ。お前の霊能力は凄まじい。間違いなく先代の、どの陰陽師達をもしのぐ程の、圧倒的な力だ。だからそれを封じてやったんだよ」


「えっ」


「我の残っておった妖力全てを使ってな。だが、お主も陰陽師。完全に霊力を封じられてしまえば仕事は出来ぬじゃろう。優しい我は、一つ抜け道を作ってやったぞ。同性同士で唇から直接生気を分けてもらうのじゃ。そうすれば一刻いっときは霊能力を解放出来るような術をかけた。純真過ぎるお主にそんなことは屈辱だろうがな」


「すぐにこんなじゅつ、といてやる」


 澄成は手印を結ぼうとするが、自身の身体に異変を感じた。


「うっ……! ほんとうに、れいりょくがふうじられている」


「だから言ったであろう。我のありったけの妖力を込めて封じた術だ。そう簡単には解けん。これでのちに我の息子が敵を獲ってくれればよいのだが」


 そこまで口にしたが、妖は口から真っ赤な血を吐き出す。


「ぐふっ……もはやこれまでか……だが、最後に陰陽師の力を封じれていい気味だ。せいぜい頑張って男に口づけをしてもらい七割の霊能力を使うがよい。力が使えるのは一刻の間のみ。この呪いは我が死んでしまっても解けん……か、からのう。ははははは…………」


 ガクリと身体から力を抜き、そのまま妖は動かなくなった。


 その場に残された澄成は生気の抜けたような顔となり、左手に刻まれた呪印を右手で握り締め、ただ立ち尽くした。辺りは闇に包まれ、清成の心は、深い闇に引き込まれそうなほどの絶望に飲み込まれた。

 

 

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