第8話。愛する人。



「お前!あの時の!!」


城下町を歩いていると、向こう側から歩いてきた男がいきなり声を荒げて僕に指を差してきた。失礼な男だ。無視しよう。


「おい無視かよ!!」


ここで騒ぎを起こすと、憲兵のお世話になる。異国民に厳しいのはここに限ったことではないけど、折角、冒険者組合に寄ってミミック情報を手に入れたのに。…巻こう。競歩で道行く人々をすり抜けて進む。


城下町を出て暫く歩いていると、かなり遠くから走ってくる気配を感じる。このまま無視で良いや。


「おい……まっ、まってっ…。」


体格に見合わない鎧なんて着ているから…筋力不足だね。冒険者組合で貰った地図を広げ、全力で他人のふりを決め込んだ。


王都側の森を抜けた先に『嘆きの館』という大きな屋敷はあった。外観はそこまで古びていない。放棄されているのに手入れされているような。綺麗すぎる。


「はぁ、はぁ……おそ、かった、なぁ…はぁ、はぁ。」


門の近くで、全身草や枝だらけで傷付いた勇者が待ち構えていた。恐らく崖を転がって来たのだろう。帰りは僕もその道から帰ろうかな。


「僕に何か用かい?」


「お前、その見た目。ダンジョンで俺たちに楯突いたヤツだろ。ミミックに噛まれた腕は付いているようだなぁ。」


思い出した。勇者だ。鎧の紋章?を誇っていた気がする。


「ミミックは亡くなったよ。じゃあね。」


「待てって。お前、強いんだってな。噂になってるぜ。1人でいつも狩りに行ってるってな。」


狩りじゃなくて、研究をしているんだけどね。


「勇者である俺の仲間を募集中でな。特別にお前を仲間にしてやるよ。光栄だろ?」


「遠慮するよ。」


門をくぐり、玄関先まで向かう。庭は荒れ果てているのに、外壁には蔦どころか汚れすらついていない。硝子も綺麗だ。実は誰か住んでいるのかもしれない。


玄関の扉を叩くが返答はない。取手に手をかけてみると鍵は掛かっておらず、すんなりと開いた。屋敷の中は空気が澄んでおり、埃もない。清潔な空間だ。


「何だぁ?誰かいんのか?」


勇者が後ろについてきている。まあ、どうでも良い。台所や大広間、屋敷の中を見て回るがどこも手入れが行き届いている。完璧な仕上がりだ。


「あらかた全部取り尽くされてるな。家具はあるが、どれも空っぽだ。」


勇者は手当たり次第、戸棚や引き出しを開けて中を物色している。手慣れているな。他所でもやっているのだろうか。


日当たりの良い廊下の先にある扉を開けると、女性らしい部屋に出た。ここは奥様の部屋のようだ。窓際の机の上に古びた自鳴琴(じめいきん)がある。近寄って手に取ると、随分と小さい。天鵞絨(てんがじゅう)は随分上物のようで、上質な手触りだ。


蓋を蓋を開くと、そこには銀の胸飾りが。輝く石が何粒かついていてる。


「何だ。ミミックじゃないのか。」


蓋を閉じて元の場所に置く。すると、勇者が横から奪い取るようにして手に取った。


「へぇ〜。たいしたもんじゃないが、金にはなるな。貰っておくぜ。

仲間の勇者はみんな死んじまったが、お前がいれば大丈夫そうだ。またな!」


一方的に言いたい事を言うと、勇者は箱ごと持って屋敷を出て行った。


3日後。情報収集に城下町の冒険者組合に足を運ぶと、受付の人が声をかけてきた。


「先日、貴方様と嘆きの館に入った勇者の具合が悪くなりまして。医者が診てもわからず。何か知りませんか?」


「さあ。僕も会ってみないと何とも。いまはどちらにいますか?」


勇者は宿の一室で寝込んでいるそうだ。向かうと、部屋の中からすえた臭いが漂っている。扉を開けると、そこには正気を失って今にも朽落ちそうな勇者がベッドで寝ていた。

まるで枯れ木のような腕、落ち窪んだ目に干からびた頬。みだれた髪の毛。人は3日でここまで変貌するのか。


「すいません…ごめんなさい…。」


うわ言で謝罪をしている。ベッドの側には例の箱が置かれていた。少し輝きが増しているような?


「ああ……たすけて…すまなかった。」


「どうしてこうなったんだい?」


「男が、言うんだ。『妻との思い出に手をつけた』って。ゆるさないって。」


「その箱返しに行こうか。館まで送っていくよ。」


勇者は素直に頷いた。


「やっぱりお前は俺の親友だ。」


勇者は鎧を着るだけの体力も無く。僕は寝巻き姿の勇者と箱を背負って、屋敷までの道のりを行く。僕の予想が当たっていたとしたら、面白いものが見れるかもしれない。ワクワクで崖を降りる手にも力が漲る。


「ひぃ……ひぃい……し、しぬぅ…」


「僕はここにいるから、返しておいでよ。」


「お前を選んだ俺の目は間違っていなかった。…いってくる。」


勇者はヨロヨロと屋敷に入っていった。暫くして、勇者の悲鳴が響き渡る。

すると、屋敷がより生き生きとした外観になった。なる程、埃が無いのはそう言う事だったのか。


今回はコレクションになる物はなかったけど、人の想いの強さを知れたのは勉強になった。

城下町に戻るべく崖に向かう。


「さて、次はどんなミミックに出会えるかな。」

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ミミックコレクター シーラ @theira

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