第5話。灯火。



人は安全圏で生活を送っていると、刺激を欲して危険を追い求めがちだ。


見せ物小屋が正にそれで。危険生物を檻に閉じ込めて、危険のない距離から見物して欲を満たす。人に慣れていると勘違いしてはいけない。彼等には理性があったとしても、本能に忠実だ。


ーーー


「永遠に誓うこの気持ち。言って欲しい、私だけだと。2人は紡ぐ、この物語」


夜。人々が行き交う繁華街の灯の下、楽器を鳴らしながら歌う若者がいる。一人歩く僕をチラチラと見てくるので、腰に下げた鞄から小銭を取り出して籠に投げた。


「美しいお嬢さん。一人でいるとは、恋人と別れてしまったのかな?君の手を離すヤツなんてやめておきな。

お兄さんがとびきりの歌を奏でてあげよう。そして…」


「光るミミックを見た事ありますか?」


「ん…?…ああ。そんなのも居たな。見世物小屋の最初の方によく見かけるよ。どこに入っても、あるんじゃないかな。前の恋人と行ったよ。みんな一時の恋だったが、俺の今を作ってくれている大切な思い出さ。先程の『別れは糸蒟蒻』という歌も、冬場に…」


「生きているミミックの観察に来たのです。」


「そうかそうか。夜になると活発に動くから、恋人達に大人気さ。ここの通りを抜けた先が見せ物小屋が多くある通りだ。

君は初めてなようだから、忠告しておく。絶対にミミックには近づき過ぎるな。入場券と共についてくる餌は、躊躇なく与えるんだぞ。」


「わかりました。ありがとうございます。」


「最後に一言。1人料金は2人より割高だ。そして、俺は暇だ。少しチップを弾んでくれたら、一緒について行ってやるぜ。あ、入場料はお前持ちな。」


「1人で観察したいので失礼します。」


絡まれるのは面倒だし、向こうが優しいうちに去るのが得策だ。

この街は見せ物小屋が盛んのようで、色々な魔物の置き物が並んでいる。入場口に着くまでに、沢山見かけた。お土産だろうか。ミミック系は見かけなかったのが残念だ。


見せ物小屋まで着くと、沢山の2人連れで賑わっている。1人客は僕しかいなかった。周囲の視線を感じるが、目的が違うのだから放っておいて欲しい。券を求めに窓口まで向かう。


「1人です。」


「お一人様でも2人料金になりますが。宜しいでしょうか?」


そこまでして独り身に厳しいのか。まあ、いいさ。僕はミミックに会いたいんだ。料金を支払い、説明を受ける。


「……以上になります。では、こちらのミミックの餌をお持ち下さい。30分交代制なので、お時間になりましたらお声がけします。どうぞお楽しみ下さい。」


籠の中で震える1体の生き餌を手に持ち、入り口を潜ると。その先には光の道が長く続いていた。


「圧巻だね。」


広い草原に500体程のミミックが一列に並べられ、鎖の網で囲われている。1メートル以内に入れないようされているが、近づこうと思えば近づける簡単で簡素な造り。どれに食べられようかな。


ミミックは1メートル程の大きさの箱で、数十本の細い触手が出ており、それぞれ先端から淡い光を放っている。1個体だけでは弱くても、この数だから成り立つ光景。とても美しい。


「おらっ!…ほら、箱に触ったぜ!」


「すご〜い!強いのね!」


「…ひっ!……み、見たか?ミミックの触手に触られたぜ!」


「きゃ〜!かっこいい!あ、見てみて。触られた所が光ってるわ。凄い!光る粉が舞ってるよ!きれ〜!」


あちらこちらで、ミミック相手に度胸試しをしてアピールをしている。

僕はミミックを観察しつつ歩き、一際お腹を空かせている個体を見つけた。早速ご飯をあげよう。


生き餌の入った籠を近づけると、体温に反応してか触手を振り光る粉を振りかけてくる。粉のかかった生き餌は、怯えていたのから一変。自らミミックに近寄ろうと籠を齧り出しす。籠を開けると生き餌は飛び出しミミックに駆け寄ると、触手に大人しく捕獲されて中に仕舞い込まれた。


催淫剤とか誘惑剤とか。そんな成分かな?貰おう。


懐から試験管を取り出し、ミミックの触手を一本捕まえて粉を振る。個体によって輝き度合いが違うようだが、20本も集めると試験管は懐中電灯のようにしっかりとした光で満たされた。便利そうなので、もう一本作った。

光る試験管を手に持ちながらミミック達をひとしきり観察していると、みんな少しガタガタと動く。可愛い。


人々はミミックから振り掛けられる光る粉を楽しみ、生き餌を与えて歓喜する。成分濃度が薄いから人には効かないようだ。安全な危険を楽しんでいる。


「そろそろお時間で〜す。気をつけてお帰り下さい。」


ミミックとの戯れる時間がもう終わってしまった。一度出てもう一周行こう。

出口に向かっていると、客達から悲鳴が上がる。


「いやああ!!!助けてええっ!!!」


「こ、こっちに来るなぁ!!!」


「ちょっと!何するのよっ!やめ……ぎゃあああっ!!」


振り返ると、ミミックが触手を使い素早く移動して客を次々と襲っている。弱い者が強い者の犠牲になるのは、いつの時代も一緒だね。


「お前も俺の為にやられろ!」


そう言ってガタイの良い男が僕を勢い良く突き飛ばそうとしてきたが、逆に他のミミックに食べられていった。僕も捕まりたかったが、空いているミミックはもういなさそうだ。次回にしよう。


このミミックには歯が無い。食べられたからといって、直ぐに消化される訳でもない。ここの用心棒がどうにかするだろう。

出口を出ると、広場には誰もいなかった。と言うより全員走って逃げている。窓口も誰もいない。今日は諦めて、宿に戻って粉の成分を分析しよう。


宿に戻っている途中。先程話を聞いた歌人が声をかけてきた。


「君!ミミックが暴れているそうだが大丈夫だったか?」


「ええ。よくある事なんですか?」


「いや。こんな事態は初めてだ。いま、自警団や冒険者が収束に向かっているらしいが…ん?何だそれは?美しいな。」


「これですか?綺麗ですよね。」


「こんなに綺麗に光るモノは初めてみた。夜道を美しく照らし、実に素晴らしい。」


ミミックを褒められると嬉しくなる。


「2本あるので、1本差し上げましょうか?」


「えっ?いいのか?タダで貰うぞ。いや〜、ありがとう。これから毎晩、俺の美しい歌と灯火に人々は癒されるだろう。」


歌人は試験管を腰にぶら下げて去って行った。僕は宿に戻り、試験管の中身を調べる。

この成分は催淫剤や誘惑剤の効能以外にも、獲物への目印となっているようだ。


翌日、光るミミックに食べられに来たが。見せ物小屋は責任者が逃げ出しており、ミミックは討伐されてはいたが現場は無惨な状態だった。仕方ない。どこかに生き残りがいれば、また会えるだろう。


「さて、次はどんなミミックに会えるかな。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る