彼岸花のネックレス

ゆる

簡単に壊れてしまうものだった

 体のシルエットが強調されるキツいニット。胸元を注目させるような、赤のネックレスを身につけた。彼岸花モチーフのネックレス。二年経った今でも壊れていない。丁寧に丁寧に使っているから。


「いつ、また来てくれるかな」


 このネックレスの贈り主。アタシが大好きだったにーさん。わたしより少し背が高くて、笑うと無邪気に歯を見せた。同じ写真の趣味で意気投合して、猫が好きだと魅力を語る姿も可愛らしかった。大きな胸板。全身を包み込んでくれそうな腕。ほのかにタバコの匂いが染み付いていた。仕事柄、日本をバイク一つで旅をするから、すぐにいなくなってしまうんだと。それなのに、九ヶ月もアタシの街にいてくれてた。アタシの誕生日にくれたネックレス。アタシの一番好きな彼岸花を、にーさんは選んでくれた。


 にーさん。にーさん。まだ? もう、待ちくたびれちゃったよ。彼岸花もとっくに新しく咲き始める頃なのに。アタシはまだ二年前の彼岸花を、大事に大事に延命している。もうそろそろ、新しい咲き場所を、探さなきゃいけないのかな。そういうことですか、にーさん。


 同窓会に参加したとき。黒のハイネックに彼岸花のネックレスを着けてきた。久々に会ったクラスメート達は、結婚していたり恋人がいたり。独り身の男子が寄ってきて、太腿を右手で撫でてきた。気持ち悪い。にーさんは、もっと、紳士的だった。


「やめてね、アタシにはネックレスの相手がいるから」


 家に帰れば、肌身を脱がずに触れられた太ももに勢いよくシャワーをあてた。思えば、にーさんと抱き合うときに一番最初に触れてもらった場所だった。ああ、上書きされたい。にーさんがいい。他の人じゃ嫌だ。


 パリ、と足元で音がした。シャワーの水に流されていく、細かな赤いガラス。


「にーさん!!」


 シャワーを止めた。手で流れを止めても、少しは排水溝の中に消えてしまった。こんなにあっけないものだっけ。こんなに簡単に割れちゃうものだっけ。アタシが他の人に触られたから? ねえ。


 簡単に割れちゃうのなら、そもそも手元に置いておくのが間違いだったんだ。彼岸花はアタシの手の中で液体を流しながら枯れている。

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彼岸花のネックレス ゆる @yuruo329

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