【悲しき弁護人】

あの時、私たち家族は桶川おけかわの団地に引っ越したばかりだった。


ご近所のみなさまと親しくなってこれからだと言うときに、国選の弁護人を引き受けてくれとたのまれた。


最初の裁判は、都内にある総合商社の47歳の営業の課長さんのセクハラ裁判だった。


被害者の女性は、被告人の営業の課長から受けたきついセクハラが原因で、心身ともにヒヘイした。


被害者の女性は、会社と営業の課長を相手に民事訴訟を起こした。


私は、営業の課長の弁護を担当するハメになった。


会社側は非を認めた上で賠償に応じると言うた。


私は、最終弁論で営業の課長に対する弁明を述べた。


「営業の課長さんは、上からのプレッシャーなどに耐えれずにつらい思いをしました…営業の課長の娘さんもアルバイト先でセクハラの被害に遭ったのつらい思いをしています…会社は非を認めていることを考えれば被告ひとりだけに責任を背負い込むのは、酷で酷でなりません…どうか…営業の課長だけは助けてあげてください…」


民事裁判さいばんは、数日後に判決が下される予定である。


ところが、その次の日のことであった。


長男が、同じ団地に住む住人の4歳の男の子を集団でいじめていたことが問題になった。


長男は、集団いじめのリーダーだった。


近所の住人から『おたくの子供さんをどうにかしなさいよ!!』と攻撃された。


その日の夜のことであった。


私は、疲れきった表情で帰宅した。


この時、妻は大声で長男を怒鳴り付けた。


「どうして弱い子をいじめたのよ!!あなたはいつから悪い子供になったのよ!?お母さんの立場はどうでもいいと言うのね!?」


私は『やめろ!!』と言うて止めた。


長男は『おかーさんなんか大キライ!!』と言うたあとワーッと泣き叫びながらダイニングから出ていった。


その後、部屋に閉じこもった。


この後、私は妻と口論になった。


「今、何時だと思っているのだ!!近所に迷惑が及んでいることが分からないのか!?」

「あなたこそ何よ!!仕事仕事と言うて逃げ回るなんてひきょうよ!!あなたも少しは子育てに参加してよ!!」

「やかましい!!だまれ!!」


私と妻は、怒鳴り合いの大ゲンカを繰り広げた。


それから数日後であった。


裁判長は、被告側に損害賠償として求刑通りに3000万円を被害者の女性に支払えと下した。


この問題は、義父が仲介者を務める形で丸くおさまった。


しかし、私たち家族は桶川から出て行くことになった。


長男が集団いじめのリーダーで、たびたび弱い子をいじめてばかりいたことが原因で住民からタイキョしてくれと言われた。


私たち家族は、その通りに団地から出た。


つらい日々は、まだつづいた。


桶川の団地を出た私たち家族は、妻の実家で暮らすことになった。


しかし、長男の小学校入学を機にきっかけに松戸(千葉県)にある公営の団地に引っ越した。


この時、私はまた国選の弁護人を引き受けてくれとたのまれた。


私が弁護を引き受けた被告人ごくあくにんは、都内で発生したストーカー殺人事件を起こした22歳の大学生だった。


検察側の求刑は死刑であった。


私は、最終弁論でこう述べた。


「被告人は、両親の不仲による離婚・母親の交通事故死・父親の親戚から受けたきついいじめなど…つらい思いをして暮らしていました…どうか、死刑を回避してください…生きて償う機会を与えてください…」


この裁判の判決は、2ヶ月後に下される予定である。


しかしこの日、長男が学校でいじめられた。


長男は、みんなから『お前のとうちゃんは悪魔の弁護士だ!!』と口々に言われるなどのきついいじめを受けた。


ワーワーと泣いて帰ってきた長男に対して、妻は頭ごなしに怒鳴った。


「あなたは男の子でしょ!!強くなりなさい!!」


私はその時、疲れきった表情で帰宅した。


私は、妻に対して『やめろ!!』と言うて止めた。


妻は『あなたも何とか言ってよ!!』と言われた。


私は『だまれ!!オレはこの家のテイシュだ!!』と言うたあと妻と大ゲンカを起こした。


私の頭は、裁判だけしか頭にないので気持ちにゆとりがなかった。


それから2ヶ月後であった。


被告人に対する判決を下す日が来た。


私は、被告の男に対して有期刑(20年前後)をお願いした。


ところが、主文後回しの形で無期懲役の判決がくだされた。


それが原因で深刻な事件が発生した。


場所は、裁判所の玄関にて…


「フザケルナ!!カノジョのかたきうちだ!!」


私は、男に刃渡りの鋭いナイフで腹部を刺された。


私を刺した男は、ストーカー殺人事件で亡くなった女性の婚約者だった。


私を刺した男は、その場で逮捕された。


しかし、私は生死の境をさまよっていた。


(ピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポーピーポー…)


救急車がけたたましいサイレンを鳴らしながら救急病院の救急搬送口に到着した。


私は、手術室に入ったあと緊急のオペを受けた。


手術室の前に義父がいた。


義父は、心配そうな表情を浮かべながらあたりを見渡した。


この時、妻がやって来た。


妻は、スーパーマーケットでパートタイマーとして働いていた。


妻は、ものすごい血相で駆け込んだ。


「あなた。」

「何をやってたのだ!!ムコどのの命が危ないと言うのに!!」

「あたしは今、ものすごく忙しいのよ!!お父さんこそ何よ!!」


父と娘は、はげしくなじりあった。


それから2日後であった。


検察側が判決を不服として高裁に控訴した。


被告も、同時に控訴した。


その翌日、私は病室で目をさました。


この時、男が拘置所で自殺したと言う知らせを聞いた。


知らせを聞いた私は、ひどく落ち込んだ。


私は…


他にも、やりたいことがあったのに…


どうして…


弁護士になったのだ…


私が子どもの時に…


弱い気持ちでいたから…


足もとを見られてばかりいた…


それがいかんかった。




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