第2話 こじれた関係
私立天明西大学。全校生徒数は約二千人で、ある程度は勉強できる人間でないと入学できないそこそこの学び舎。
多様性と文武両道を掲げた当大学は勉学のみならず部活動にも力を注いでいるが、そのどれもが中途半端であり目を見張る成果は出ていない。
特に部活においては自主性や多様性を重んじているせいで数だけは無駄に多い状況で、大学側も完全に把握し切れていないのが現状だ。
そんな適当な管理体制を享受している数多くの部活のうちの一つが、ここ『文化交流部』である。
「お疲れ様~っす」
気の抜けた声と共に部室に入って来た智也。肩に提げていた軽い鞄を誰も使っていない隣の椅子の上に放り投げると、ポケットから取り出した缶ジュースの蓋を空けながら備品のノートパソコンを起動させた。
「お疲れ」
「うっす」
目の前に座っていた珠美と軽い挨拶を交わす。彼女は既に作業を始めていた。彼女とは受けている講義が違う為、時間がズレる事が多々ある。
たまに珠美に誘われて一緒に部室に向かう時もあるが、周囲の、特に男からの視線が痛いので智也としては複雑な心境。
「部長は?」
「まだ」
「そうかそうか。静かで何よりだ」
流れるように無礼を吐き出すと、智也はジュースを飲み始める。
「……なにそれ」
「え?あぁ、コレ?新発売のジュース。かぼちゃの種味」
「……美味しいの?」
「人類にはまだ早い味だね。飲んでみる?」
珠美はふるふると首を左右に振った。まだ人類でいたいらしい。
智也はジュースを一気に飲み干すと気合を入れパソコンへと向かう。が、数秒だけタイピングの音を響かせた後、直ぐに手が止まってしまった。
「今日はこの辺にしておいてやるか……」
「早すぎ……」
「どうも気分が乗らなくてさ~。そういう時に創作しても良いものは出来ないというのが持論でございます故」
「……苦心しながらでないと作れないものもあると思うの」
「その意見も分からないでもない。ただ、俺は創作を嫌いになりたくない!辛い思いをしてまで書きたいとは思えない!創作とは相思相愛の間柄でいたいと思っている!」
「辛い事を共に乗り越えてこそ、愛も深まると思うの」
「辛いのはいつも俺だけだ!創作のやつは何も苦労してない!誰のおかげで創作として存在できると思っているんだ!俺が頑張っているからだろうが!」
「拗れた夫婦みたい……」
茶番を終え満足した智也はネットサーフィンを始める。
ここだけ見ると意識が高いだけのにわか作家に見えるが、実際に気分が乗っている時の彼の創作活動は天才的な速度と質で、一月に三作品を執筆し切った時もあった。
時たま出版社からスカウトが届いたりもするが、趣味に義務感を抱きたくないという理由から全て断っている。
楽しく自由に。それが彼の創作活動のモットーだ。
「……お、『タマ』さんの新作が上がってる」
大型SNS『ブルバ』にて、タイムラインに流れてきた有名絵師の新作が目に留まる。言わずもがな、そのアカウントは珠美のものだ。一日一枚という目標を自分に課し、イラストを乗せ続けている。
今回のイラストは、桃色ツインテール、黒縁眼鏡、垂れ目、八重歯、白スク水、巨乳、太ももの謎ベルト、縞模様のニーハイソックスという性癖のミックスジュースのようなイラストだった。
陰影も丁寧に塗られており、つい画面に触れてみたくなるような色気を感じる。コメント欄にもセクハラすれすれの賞賛が多数送られていた。
「う~ん。えっちだ」
「……」
目の前のスーパークリエイターからご満悦の鼻息が漏れる。
「それにしても凄いね。えっちの欲張りセットじゃん。五人前お願いします」
「お褒めに預かり光栄……。でも、それは失敗作。正直載せるのを躊躇った」
「え?これで?」
「うん。昨日はイメージが湧かなくて、取り敢えず詰め込めるだけ詰め込んでみたら変になっちゃった」
「これで失敗作か……。レベルが高過ぎる」
「……あんまり言わないようにはしてるんだけどね」
そりゃそうだ。と智也は苦笑を浮かべる。
仕事で描いたと言われても何の違和感も無い程に完成されたそのイラストを失敗作と自虐した日には、『自虐風自慢か?』と批難が飛んでくるのは目に見えている。
だが、創作というのは常に自分や自分以上の人間が基準になってしまう性質上、その感覚は然るべきものだ。寧ろ極めたと他者に評価される者程その傾向に陥りやすい。
無論、単に自虐風自慢しているだけの性格の悪いクリエイターも居るが。
「プロともなると発言一つにも気を配らないといけないから大変だねぇ」
「窮屈だけど、でも仕方ない。その代わり、智也君には本当の私を見てもらうようにしてる」
「ははは。俺なんかで良ければ。気兼ねなく本音で接してもらっても大丈夫だよ。俺からも助言できることは何でもするし」
「……うん。ありがとう。じゃあ早速、このイラストに意見が欲しいかな」
そう言いながら珠美は液タブに描いたイラストを智也に見せる。
胸を強調した少し大胆なポーズの女性のイラストに対する智也の真剣なレビューを、珠美は耳を朱に染め聞き入るのであった。
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