猫乃さんはみせたがる

まさまさ

第1話 全裸の自撮り

 人間には三大欲求というものがあるが、あれは誤りであろう。


 いや、誤り言うよりは、過去の話と言うべきかもしれない。今の時代、更にもう一つの欲求が歯止めも利かず世界に溢れている。


 それは、『承認欲求』。


 無論それは遠い過去から存在する欲求ではあるが、SNSの発達した現代ではそれが顕著に現れてきた。目立ちたい、人に認めてもらいたい。そんな欲求を良くも悪くも手頃に叶えられるようになってしまった現代。


 若い世代に顕著であり、それは今、とある大学の一室にて、ノートパソコンの前で腕を組むこの少年も例外ではなかった。


「う~ん……」


 座るパイプ椅子を忙しなく鳴らしながら白い天井を眺め、重苦しい溜息をつく少年。彼の名は楢西智也(ならにしともや)。天明西大学という中堅私立大学に在籍する一年生だ。


 普段から眠そうに瞼を重くしている彼であるが、褐色の短髪は爽やかな印象を与える。高校は帰宅部だったが、自主的な筋トレに励んでいたおかげでそれなりに筋肉質な身体つきをしており、平均的な身長の割には少し威圧的に見えた。


 彼は何度も意味の無い唸り声を漏らした後、キーボードに指を這わせる。そして、十数回ほど打ったところでまた手を止め同じように天井を仰ぐのだ。


「うう~む……。参ったなぁ……」


 低い声が狭いに響く。


 パソコンの画面には数行の文章が打ち込まれた文書ファイルが表示されていた。


 彼は趣味でライトノベルを執筆しており、中学生の頃からそれをSNSで発信し続けている。書いているジャンルは主に異世界ファンタジーとラブコメディ。ファンの数は二千人ほど居り、PV数もそこそこある。これが彼の承認欲求の満たし方であった


 賞こそ取ったことは無いが、それでも彼は現状に満足し、創作活動を楽しんでいた。


「ふむ~……。んぐぅ~……。はあぁ~……」


 ――楽しんでいた。


「……大丈夫?」


 智也が苦しむ様子が気になって仕方なかったのか、長机を二つ挟んで反対側に座っていた少女が声を掛けてきた。


 少女の名は猫乃珠美(ねこのたまみ)。智也の同級生であり、この『文化交流部』の部員である。


 新雪のように美しい銀を帯びたセミショートの髪と、猫のように大きな目から覗く青空を詰め込んだような蒼い瞳が特徴的なその少女。すらっとした鼻筋に桃色の小さな唇。顔立ちは清廉で物腰は穏やか。


 顔からは物静かな印象を抱くが、身長は智也と並ぶ程高く、そして、二枚重ねの服の下からでもくっきりと浮かび上がる巨大な二つの果実はあまりにも暴力的。スカートの下から覗く肉付きの良い太股も非常に目の毒である。


「お茶、入れるね……」


「お、助かる」


 そんなモデル顔負けの美貌とプロポーションを持つ彼女であるが、人見知りで友人は少ない。よくナンパされはするが、男に対しては特に口を閉ざしており、まともに会話する異性は智也ぐらいであった。


 彼女が席を立ち、傍にあった電気ケトルの電源を入れる。智也は欠伸をするフリをして彼女のスカートの下から覗く美しい世界を網膜に焼き付けていた。


「はい。どうぞ」


「サンキュー!」


 表情を崩す事無く大きな瞳を向けてくる珠美に対し、智也は視線を逸らしながら差し出されたマグカップを両手で受け取った。


「話、なかなか進まないの……?」


「いや~。話っていうよりはキャラかな。今書いてるラブコメでさ、ヒロインのライバルの設定に悩んでるんだよね」


「ふ~ん……」


 雨音のような声を漏らしながら珠美は自分の席に戻り、作業へ戻る。席の前には液晶モニターが置かれており、彼女はその上にペンを走らせていた。所謂液タブであり、お絵描きの真っ最中であった。


 二人が今居るのは大学の隅にある部屋。ここは彼らが籍を置く『文化交流部』の部室であり、現在部員は三年生の部長と二年生の副部長含めて四人。


 珠美も智也も今日は午前中で抗議が終わった為、こうして二人きりで作業に勤しんでいた。


「どんなふうに?」


「え?」


 不意に尋ねられ素っ頓狂な声を漏らす智也。


 顔を上げれば、大きな蒼い瞳が目に飛び込んできた。


「キャラの……」


「あ、あぁ!えっとね、ヒロインが結構ロリ系だから、それに対して色気のあるお姉さんキャラにしようと思ってるんだけど、なかなか造形が浮かんでこなくてさ。ネットで画像は漁ってるんだけどね~」


「そうなんだ」


「うん」


 別にアドバイスがあるわけでもなく、淡白な反応のみで終わる。彼女との会話ではよくある事であり、智也も特に気にしてはいない。


 その後しばらくの間、キーボードを叩く音とペンが走る音が響き続ける。


 そして、智也のマグカップが空になった頃、まるで部室の窓の外をカラスが通り過ぎたのを合図にするかのように、珠美が声を掛けてきた。


「ねぇ」


「ん?」


 ノートパソコンの上から顔を覗かせる智也。視線の先にあった物。それは、液タブの画面をこちらに見せてくる珠美であった。


 液タブに描かれていたのは、紫色の長髪が特徴的な巨乳の美女。


 それも、一糸纏わぬ姿であった。


「どう?」


「ど、どうって言われても……」


 白く張りのある肌。出るところは出て締まるところは締まった完璧な肉体。大きな睫毛は大人の色香を醸しており、ウインクと投げキッスのポーズからは強者の余裕を感じさせられた。


 明暗がくっきりと分かれた明るい色の落とし方。影の塗りも丁寧で、その一枚だけでプロの所業という事が直ぐに解る。


 ――実際、彼女は天才絵師として名高いクリエイターである。


 世界的に有名な交流サイト『ブルーバード(通称ブルバ)』では六十万人のフォロワーを有している。描くイラストは基本的にオリジナルキャラクターばかりで、健全なものから激しい男女の営みのものまで多岐に渡る。


絵で金儲けをしたりせず、淡々と描き続ける硬派な姿勢を評価する声も多い。


「私なりに、ヒロインのライバル考えてみた」


「え!?今の間に描いちゃったの!?相変わらずヤバいな!!」


 とんでもない速筆に目を丸くする智也の前で、珠美は無表情のまま熱っぽい鼻息を漏らした。


「うん、確かにこれは凄くイイ!俺が求めていたのはこんな感じの女の子だよ!ありがとう!この子のイメージ、使わせてもらっても良いかな?」


「うん、良いよ。ちなみにこのイラスト、モデルは私だから」


 嬉々としてキーボードに翳した智也の手が止まる。堅い笑みを浮かべたまま、再度珠美の方を見た。


「うん?」


「顔とかポーズは違うけど、この身体は、私がモデル」


「……全裸なんですが」


「もちろん乳首とかも、モデルは私」


「……いや、でも。え?でも今は服を……」


「自分の全裸の自撮りを見ながら描いた……。嘘だと思うなら、見てみる?」


「いやいやいやいやいや!!」


 とんでもない事を口走りながらスマホの画面を見せつけてこようとする変態に対し、智也は慌てて手を振った。


 珠美はそんな彼の反応に首傾げた後、ああ、そうか、と手を叩き立ち上がる。


「やっぱり、実物が見てみたい?」


 天才絵師の少女は表情を崩す事無く、しかし頬を仄かに朱に染めながら、着ていた服の裾に両手を掛け、捲ろうとする。


「違う!そうじゃない!落ち着け!!」


「……見たくないの?」


「いや!そうじゃないけど!そういうわけじゃないけど!とにかく落ち着け!な!頼むから!!」


「……」


 僅かに眉を垂らし、渋々と言った様子で腰を下ろす珠美。叫んだせいで喉を傷めた智也は喉を潤そうとマグカップを手に取るも、中身は空であった。


 これが、猫乃珠美の本性。


 彼女は所謂、露出狂であった。

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