なぜか彼氏ができない
ねじまきねずみ
第1話 なぜか彼氏ができない
「どう考えてもおかしい」
会社でパソコン画面に向かいながら、思わずつぶやいてしまった。
「え? 何? なんかバグ?」
隣の席の結芽ちゃんこと同期の
「いや、そうじゃなくてさ……いや、ある意味バグかも」
「え?」
「私、なぜか彼氏ができない」
「はぁ……」
なんだか怪訝そうな顔をされてしまったけど、私は至って真面目。
「この前の合コンだって、私浮いたりしてなかったよね?」
結芽ちゃんは合コンの幹事をよくやってくれる。先週も銀行マンと合コンだった。
「うん。普通に馴染んでたし、盛り上げてくれてたね」
「それが悪かった? お調子者すぎた? それとも〝強い女〟感出てた?」
「ううん。全然。ちゃんと女子してたし、怖くもなかった」
「だよね」
服装だってデキる女とフェミニンの中間って感じのほど良さだったし、メイクもちゃんとナチュラル目で気合い入れたし完璧……だったはずなのに。
私、
「でもさ、彼氏ができるかどうかなんてタイミングとご縁でしょ? おかしくなんて無いんじゃない?」
結芽ちゃんが言う。
「だって大学までは人並みに彼氏がいたんだよ? 就職したら急に……あ」
「ん?」
「会社がダメ? アウトドア用品て色気無さすぎ?」
「えー? そんなこと——」
結芽ちゃんが言いかけたところで
「モテない理由を会社のせいにするなよ」
背後から、低音ボイス。
椅子に座ったまま、頭と目線だけグイッと上部後方に向ける。
なんていうか、誰からも嫌われないタイプの顔をしたイケメン、
「それくらいしか理由がないもん」
「メイクばっちりなのにアウトドア用品に詳しい女子なんてむしろモテるだろ。ギャップで」
「お? それは自分の好みかな?」
結芽ちゃんがニヤニヤしながら聞く。
「バッカ、ちげーよ」
全力否定の林志朗。顔の向きを戻して、思わず「はあ」とため息をついてしまう。
「つまりリンリンはこう言いたいわけね」
「リンリンて呼ぶなって言ってるだろ」
「〝私自身に問題がある〟って」
ジトッとした目で見ると、林志朗は焦った顔をする。
「そんなこと言ってないだろ? 会社のせいじゃないって言っただけで、マギに問題があるなんて言ってないって。マギがモテないのはおかしいって思ってるよ」
焦って否定する彼に私は「ふふっ」と笑う。
……林志朗のこういうところが、実は大好き。
優柔不断とか、優しすぎるなんて言われてたりもするし、私もそう思うけど、それの何が悪いの?
「彼氏が欲しい」なんて言ってるけど、林志朗と付き合えるなら、付き合いたい。
だけど林志朗は、気が強めな私のことを怖がってる気がする。ただの〝同僚〟か、良くて〝友だち〟としか思ってくれてないのは明らか。
「今日、飲みに行かない? ひさびさの同期会で私を慰めてよ。林志朗だってどうせヒマでしょ?」
「どうせヒマって……」
だって林志朗が飲みの誘いを断ったことなんて無いもんね。
「いいね〜! 私店予約するー!」
十九時。
「かんぱーい!」
結芽ちゃんが予約してくれたスペインバルで私たちはワインで乾杯して食事を始めた。
テーブルの上にはチーズやオリーブを使ったピンチョスや、生ハム入りのサラダ、チーズのピザなどが並んでいる。
食べ物の趣味が合うってところが、この同期たちの好きなところの一つ。
「だいたいさーマギって合コン行き過ぎなんじゃない?」
飲み会開始一時間。
若干目が座りはじめた結芽ちゃんがワインを片手に言う。
「主催者の結芽ちゃんがそれ言う? 結芽ちゃんなんて彼氏いるくせに合コン開いてるじゃない」
「私は情報収集とマギの保護者として行ってるだけだからいいの!」
「保護者? なにそれ」
「何って、マギに悪い男が寄ってこないように監視してんのよ」
「え? 合コンなのに?」
思わず眉を寄せてしまった。
「だって——」
「中村、ピザ最後の一切れ」
「お! リンリンくん、気が利くね〜」
気になることを口走った結芽ちゃんは、はちみつたっぷりのクワトロフォルマッジにご満悦だ。
「マギは、なんでそんなに彼氏欲しいの?」
林志朗に質問される。
「なんでって……」
私はワインをひと口飲む。
「食事も遊びも旅行も、彼氏がいたら気楽に誘えるでしょ?」
〝林志朗が彼氏になってくれたら合コンなんて行かないけど〟なんて言ったら、どんな顔するかな。
ワインを飲みながら想像する。
「そんなの、俺でいいじゃん」
「え……」
思わず彼の方を見る。
林志朗が急に真顔になったような気がして、少しドキッとする。
「あ、いや、友だちだって気楽に誘えばいいじゃん? 中村だって付き合い良いしさ」
……ああ、なんだ。そういう意味か。
〝同僚〟じゃなかっただけマシだと思うしかない。
私が合コンに行く理由……〝林志朗をあきらめるため〟だって言ったらどうする?
「そうね、遊びも旅行も友だちと行って満足しないわけじゃないもんね」
林志朗は優しいから、泣き落としでもしたら、もしかしたら付き合ってくれるかも……なんてヤバい想像をしたりする。
〝ヴーッ〟と、結芽ちゃんのスマートフォンがメッセージの受信を知らせる。
「あ! 私帰る」
「え?」
「彼氏が思ったより早く出張から帰ってくる!」
そう言った結芽ちゃんは、あっという間に荷物をまとめてここまでのお会計を計算して、三分の一より少し多めのお金を置いて帰っていった。
「さすが……」
あまりの速さに林志朗は感心と呆れの交じった顔でつぶやいた。
「どうする? 二人で食事続ける?」
「……まだ料理残ってるしな」
こういう言い方、林志朗らしい。
「そういえばリンリンこそ、彼女できないの?」
ワイングラス越しに探りを入れる。林志朗はどう考えても……少なくともビジュアル的にはモテると思われる。
〝ゴフッ〟と咽せる彼。動揺しすぎ。
「ないない、俺は今仕事ひと筋だから」
林志朗はこれでも営業部のエース。ちなみに私と結芽ちゃんはEC事業部で通販事業と、それに関連したマーケティング業務をしている。
アウトドア用品は昨今のアウトドアやキャンプブームで老若男女幅広い層に売れている。
私自身は一人でキャンプに行くのもやぶさかではない程度にはキャンプ好き。まだ実行したことは無いけど。
「でも……私もずっと彼氏がいないけど、リンリンもずっといなくない? モテそうなのに」
「……しばらくは一人でいいんだよ、俺は」
なんとなく……本当は私の気持ちを知ってるんじゃないかっていうくらい、壁を作られてる気がするんだよね。
だから私は〝友だち〟の顔をして笑う。
「リンリン、料理だって上手だし、彼女になれる子がうらやましい」
「……」
何よその顔。何か言いたそうな、困ったような表情。
やっぱり気づいてる? 私の気持ち。
「あの時もすごかったよね、キャンプ研修」
二年半前の会社のイベントのことを思い出す
***
二年半前。
山梨県の大きな湖の湖畔にあるキャンプ場。
私や林志朗を含むベルフォレストの新入社員たち七人は、キャンプへの知識を深めたり、自社製品の実際の使い方や使い心地を学ぶためにキャンプ研修に訪れていた。
入社して二か月ほどが経った時期だった。
「もっとグランピングみたいなやつかと思ってた〜」
不満そうにそう言ったのは、当時二十三歳になりたての結芽ちゃん。
「何言ってるのよ、それじゃ意味ないでしょ? いいからそっち、引っ張ってて」
当時からキャンプが好きだった私は、二人用のテントを組み立てながら結芽ちゃんにお説教。
この頃にはもう随分と仲が良かった。
「マギってキャンプ好きなんだね。手際が超良いもん!」
「この会社に入って、そのセリフってどうなの?」
「私はグランピングとバーベキューが好きなの! マギもまた行こうよ、バーベキュー」
一度だけ行った結芽ちゃん主催のバーベキューは合コンみたいなものだった。
「えー……」
普段だったら即断るけど、この日は少し考えた。
「……うん、行こうかな」
「お、誘いに乗るとはめずらしい。彼氏となんかあった?」
「……」
するどい結芽ちゃんの興味津々な視線が痛い。
「へえ、小林ってこういうの得意なんだ」
良いタイミングで林志朗が後ろから声をかけてきた。
「マギはキャンプ大好きだからね」
「なんで結芽ちゃんが自慢げなのよ。ほら、ペグちゃんと深く打って」
結芽ちゃんはブーイングしながらもハンマーでペグを「トントン」と打つ。表情は案外楽しそうだ。林志朗も笑っている。
「そっちのテントは張り終わったの?」
「いや、俺だけ一人だから、誰か手伝ってくれないかなーって思って」
「テントくらい一人で張れるようになりなさいよ」
「次回から努力する」
アウトドア用品メーカーだからって、みんながみんなキャンプ慣れしてるわけじゃないんだって、このキャンプで初めて知った。
「え、これってうちの会社の一番高級なラインのテントじゃない」
林志朗が使うテントを見て驚く。
「え? あー……そうなんだ。俺だけ一人だから、良いやつ使わせてくれたんじゃないか?」
「えーいいな〜! 絶対骨が強くて中も広いよ。居心地良いんだろうなー」
私って、自分が思っていた以上にキャンプオタクだったのかもしれない。
「じゃあ夜遊びに来れば?」
「え?」
「あ、えっと中村と一緒にさ」
「うん」
林志朗とはまだそこまで仲良くはなかったから、同期と仲良くなる良いチャンスだって思って嬉しくてニッコリ笑った。
直後、林志朗の「ギャーッ」という叫び声が響き渡る。
驚いて彼の方を見ると、組み立て始めたテントの中を見て固まっている。
「え!? 何? もしかしてヘビでもいた!?」
固まる林志朗の背後からテントの中を覗き見る。
「え……もしかして叫んだ原因、アレ?」
「……」
林志朗は蒼白した顔で無言で頷いた。
彼の視線の先にいたのは、小さいとも大きいとも言えないようなバッタ一匹だった。
私は思わず「プッ」と吹き出してしまった。
「あはは」
「何だよ、笑うなよ。キモいだろ、虫とか」
「んー、まあ、キモくないとは言わないよ? でもさ——」
私はヒョイっとバッタをつまむ。そしてポイっとテントの外に出した。
「べつに毒があるわけじゃないし、こんなに小さいんだから怖がることはないでしょ」
「すげー……!」
「羨望のまなざしと見せかけて、ひいてるのよね……どうせ」
その日のごくごく個人的な感情を挟んでつい、不機嫌に言ってしまった。
「いや、本心だけど」
「……」
「小林、かっこいいな」
「それ、褒めてる?」
不機嫌さに照れ臭さが交じる。
「褒めてるって!」
林志朗が真顔とも違う、当たり前のことのような顔で笑いかけるから少しだけびっくりしてしまった。
……それに、虫を怖がるところがちょっとかわいいと思ってしまった。
「え! すご!」
夕飯の時間、今度は私が林志朗に羨望のまなざしを向けていた。私だけじゃなくて、結芽ちゃんと他の新入社員たち、それから先輩たちも。
「べつにすごくないって、全然簡単」
そう言いながら、林志朗が美味しそうな料理をどんどん作っていったから。
本人は『すごくない』なんて言ってたけど、包丁の使い方や段取りの仕方で普段から料理してる人なんだってわかった。
「俺たちの代はこんなに料理が豪華じゃなかった」
先輩社員が、目の前に並んだパエリアや鶏肉の香草焼き、それからデザートのチョコバナナなんかを見ながら言った。
ほとんど林志朗が一人で作り上げてしまった料理たちは、味だってものすごく美味しかった。
「すごいじゃん! リンリン!」
結芽ちゃんが目を輝かせた。
「リンリン?」
眉をひそめる林志朗。
「今日から君はリンリンくん。鈴の音から命名した」
「変なあだ名つけるなよ」
「いいじゃん、似合う似合う。リンリンくん」
「おい」
マイペースな結芽ちゃんに困り顔の林志朗を見て、「プッ」ってまた吹き出してしまった。
「似合うよ、リンリン! ふふっ」
鈴の音と、林志朗の〝リン〟も入ってるから呼びやすいし。
「料理も本当に超美味しいっ!」
「……」
「んー? リンリンくん、、なんか顔が赤いんじゃない?」
「バーカ! そんなことねえし」
***
「なつかしいね、キャンプ」
ワインを飲みながら二年半前を懐かしんで「ふふっ」と笑う。
「あの時のキャンプがあったから私たち、こんな風に仲良くなれたんだよね」
「俺はあの日から〝リンリン〟にされたんだよな」
林志朗があの日と同じように眉をひそめるから、また笑ってしまった。
私はあの日から二年半も、この人のことが好きなんだ。
だけどあの日から、林志朗は完全なる友だちムーブばかり。私は〝恋愛対象外〟って言われ続けてるような二年半。
「……そろそろ本格的にあきらめるべき、かなぁ」
小さな声でつぶやいた。
「ん?」
「なんでもない。ワイン追加!」
「まだ飲むのかよ」
呆れながらも、優しい彼は私の分のワインを注文してくれた。
二十二時。
「もう一軒行こうよー」
散々飲んでバルを出て大通りに差し掛かったところで、私が言う。
「いや、マギもう帰れよ。なんか足元がおぼついてない」
〝あんたをあきらめるって決めて、酔おうとしてるのよ。こっちは〟そんな風に思ったら、平然としてる林志朗に腹が立った。
「……ねえ、私が彼氏が欲しい理由」
「食事に遊びに旅行だろ?」
私は首を横に振る。
「言ってない。一個。一番重要なやつ」
「え……」
「セックス」
「……は!? どうしたマギ、飲み過ぎだろ!?」
「なに動揺してるのよ」
「だってマギがそんなこと言ったこと、今までないだろ」
彼はこっちがびっくりするくらい焦ってる。たしかに、結芽ちゃんとはこの手の話もするけど、林志朗とは話したことが無い。……だからって、中学生男子かってくらい動揺してる。
「私は友だちにも同僚にも恵まれてるよ。食事と遊びと旅行はたしかにその中の誰とだってできるよね。でも——」
たしかに自分でも酔っているとは思うけど、明確な意志を持って林志朗の目を見つめる。
「セックスはできないでしょ? だから彼氏が欲しいの。たまにはセックスだってしないと、身体だけじゃなくて心がさみしいのよ。ひとりぼっちって感じがして」
「おい、マギ……」
「〝俺でいいじゃん〟って言ってくれないの?」
「……」
無言。
林志朗はそういう男。
困って黙って。怒ったりしないし、バカにもしない、見捨てもしない。優しいんだよね。
……だけど、手だって出してこない。完全に〝友だち〟だから。裏表のない優しさが残酷。
「いいよもう。冗談。リンリンこういうの苦手なのに、困らせてごめん」
私はあきらめて、だけどどこか皮肉っぽく笑いながら言ってしまった。
「また合コンで頑張る。帰ろ」
そう言って、ちょうどよく走ってきた〝空車〟のタクシーをつかまえる。
今日で林志朗のことはキッパリあきらめようって思いながら乗り込んで、行き先を告げようとした時だった。
「マギ、もっと奥行って」
私とは家の方向が違うはずの林志朗が、一緒にタクシーに乗り込んできた。
「え? 何? どうしたの?」
林志朗は私を無視して運転手さんに行き先を告げる。
二十二時四十五分。
「ん……っ」
気づいたら林志朗の家で、彼に服を脱がされながら唇を奪われていた。
「なんで……?」
荒くなった吐息の中で聞く。
「なんでって、マギが煽ったんだろ?」
いつもの〝リンリン〟と全然違う、男っぽい熱のある瞳。
絡められた舌がなめらかに口内を刺激してきて、酔った頭がボーッとする。
「マギってそんな顔するんだな」
それはこっちのセリフ。
「かわいい」
身体の奥の、女の部分がキュンと疼いてしまう。
「あ……んっ」
彼の唇が、まるで愛情があるみたいに全身を這う。
これは私が煽るようなことを言ったから、あくまでも〝友だち〟としての延長の行為なの?
私と同じ熱があるように感じるのは、ただの勘違い?
「きれい、マギ」
そんな風に耳元で囁くなら、あなたの気持ちを聞かせてよ。
「マギ、さみしいなら俺が埋めてあげるよ」
言ったでしょ? さみしいのは身体だけじゃないの。心だって欲しいの。
「あっ……」
久しぶりだからか、好きな男に抱かれて昂っているのか、意識が簡単に飛びそうになってしまう。
「イキそうなんだ。かわいいな、マギ」
そう言って私の胸の先端に口づける。
そんな風に、男の部分なんて見せないで——そう思いながら、意識が遠のく。
「他の男になんて抱かせない」
林志朗の言葉は、はっきりとは耳に届かなかった。
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