2回目の異世界召喚

初雪空

第1話 また、これだよ!

 そこは、どこかの建物の中だった。


 機能性だけを考えた造りで、例えるのなら、荷物の搬出入や移動だけの空間。


 思わず取り出した生徒手帳を見れば、西坂にしざか一司ひとしのページ。


「夢……じゃないか」


 嘆息した俺は、開いていた生徒手帳から視線を外した。


 中学校の制服を着たまま、どこかの内廊下を歩く。


「何だ、ここ……」



『昨日より、第三中学校の男子、西坂くんが帰宅していないと通報があり――』



 ――数年後


 俺は、高校生になった。


 東羽とうは高等学校。


「ろくに勉強できなかったからな……」


 独白した後に、溜め息をついた。


 教室で自分の席にいるが、クラスには知人だけ。


 中学校で行方不明になり、半年……ぐらいか?

 それだけ経ち、ようやく帰ってきた。


 実家での死人を見るような出迎えに、近所や友人の無神経なツッコミや、周りと一緒になっての誹謗中傷に、俺は逃げ出した。


 地元にいられず、家族や友人だった連中を捨てて、都心へ。


 新しい保護者……のような存在はできたが、前の中学の内申書にどう書かれていたのやら!


 行方不明についてはニュースになったし、金と家族がない俺は私立に行けず、公立高校の1つに振り分けられた。


 おそらくは、どこも嫌がり、押しつけ合った挙句にな?


「ハロハロ♪」


 明るい女子の声で、そちらを見る。


 桜色のような、薄いピンク色の長い髪。


 赤紫の瞳をした女子だ。


 俺は、イリナと呼んでいる。


 こいつの名字は……衣川きぬがわだ!


 衣川イリナという、芸能人みたいなフルネーム。


「よお……。卒業まで、あと何日だっけ?」


 両手を腰に当てたイリナは、息を吐いた。


「ヒト君、もっと楽しんだら? 貴重な高校生活だよ?」


「うるさい……。お前こそ、勝手に楽しんだら……何でもありません」


 目のハイライトが消えた女子は、顔を近づけたまま、俺を見た。


 耳元で、ささやく。


「そうやって、私を遠ざけ、浮気するつもりでしょ?」

「違います」


 どうして、俺はクラスメイトに敬語で話しているんだ……。


 はあっと、ため息を吐く。


 まだ怪しい目つきのイリナに気づき、話題を変える。


「そっちは?」


 欧米人のように、2つの手の平を上に向けたイリナが、呆れる。


「相変わらず! あなたの機嫌を損ねるのが怖いんでしょ?」

「お前もだ……」


 同じ顔ぶれ。


 つまらない授業と、高校のメンツ。


 同じ生徒であるのに、マウントを取り合う連中。


「うんざりだよ……」


 心配そうに見ているイリナが、提案する。


「また、違う場所へ行く?」


「コンクリートに囲まれた部屋よりは、マシさ! ……転校すれば、もっと状況が悪くなる」


 今の高校だって、ギリギリ。

 

 次は、通信制ですら危うい。


 イリナは察したのか、違う場所を見た後で、視線を戻す。


「そうね……。今は、せいぜい普通の高校生――」


 言葉を切った彼女は、目つきを鋭くした。


「気づいた?」


「ああ……。二度あることは三度ある」


 息を吐いたイリナが呆れたまま、突っ込む。


「これで、二度目だよ?」


「そうだったか?」


 言っている間に、俺たちがいる教室は、朝のショートホームルームにやってきた担任を巻き込み、光に包まれた。




「ハーイ! ディエヌスに、ようこそ! あなた方は、選ばれし勇者さまです! その力で、どんどん敵を殺してくださいね?」

 

 いかにもファンタジーで、貴族のような服装をした少女が、笑顔で言い切った。


 長いブロンドヘアーと、エメラルドグリーンの瞳だ。


 状況を呑み込めず、呆然とするクラスの連中。


 周りを見れば、使い込まれた教室から、ヨーロッパの城のようなホールに。


 我に返った担任が、まくし立てる。


「君は、誰だね!? こ、こんなことをして、学校や自治体が――」

 ボンッ!


 量販店のセール品であろう、くたびれたスーツを着た中年男は、頭が破裂した。


 そのまま、ドシャリと倒れ伏す。


 受け身をするわけもなく、遠心力によって、ゴンッと痛そうな音。


「キャアアアッ!」

「嘘……」

「おい、何だよ?」


 テレビでは、映さない。


 紛争地帯でも珍しい、頭の粉砕だ。


「対物ライフルか、搭載するガトリング砲ぐらいの威力……」


 銃口を向けておらず、銃弾らしき物体が当たった様子もない。


 脅している令嬢が、俺をジッと見た。


 全体に視線を戻し、説明を続ける。


「お分かりでしょうか? 私には、これだけの力があります。彼の犠牲をムダにしないためにも、話を聞いて欲しいのですが……」


 自分で殺しておいて、よくもヌケヌケと。


 けれど、ご令嬢は、俺たちが思考力を取り戻す前に、畳みかける。


「あなた方を召喚したのは、やってもらいたい事があるからです。元の世界に戻すにしても、時間がかかります。その間に、ご検討くださいませ! しばらくは、食事などの世話を行いますので。……申し遅れましたが、私はイングリットと申します」


 選択肢のようで、選ぶ余地がない。


 派手な殺しと併せて、こいつに逆らえば、殺されるか、生活できない。と刷り込んだ……。


 洗脳、詐欺によくある手口のオンパレード。


 案の定、イリナも不機嫌。


「……時間を与えるとは、余裕があるわね?」


「内輪で話し合うほど、あの女の思い通りになるってことだろ」


 元の世界に戻せる。


 この切り札がある以上、こいつらは従うしかない。


 たぶん――


「まだ、があるわ」


「だろうな……」




 ――数日後


 高級ホテルのような生活が続き、クラスの連中はいつものグループで話し合っていたようだ。


 俺は友人と呼べる奴がおらず、イリナは他の女子に呼ばれていた。


 例のイングリットは、営業スマイル。


「はい、注目ー! そろそろ、皆さんの返事を聞きたいのですが……」


 わざと溜めを作った女は、ぐるりと見回した後で、宣言する。


「実は! 皆さんには、秘められたスキルがありまーす!」


 ほら、来た。


 利用価値がないのに、わざわざ召喚しないし、勘違いもさせない。

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