利賀寧々子は疑問に思う。1

 夕暮れ時、部活を終えて帰宅した寧々子は玄関に見覚えのある靴を見つける。

 

(あれ……これって兄さんの靴じゃ……え? もしかして、兄さん来てるの!?)


 慌てて、玄関の姿見で身だしなみをチェックし整える寧々子。そして、平然を装いリビングの扉を開くと、ソファに座って何かをしている緋影の真剣な無表情が目に映る寧々子の表情は完全に恋する乙女。


「に、兄さん……来てたんだ」


 しかし、瞬時に腕を組み、そっぽを向いて、ぶっきらぼうにツンデレよろしくそう言い放つ寧々子。どこに実の姉の監視の目があるかわかったものじゃない。完璧なツンデレを演じる寧々子なのである。


 そんなツンデレ(演技)義妹に気がつき義姉の制服の観察を一旦止めて、寧々子に視線を向ける緋影。テレビでアニメを視聴していたりんねちゃんも一瞬だけ、寧々子の方に顔が向いていたが、刹那でテレビの方に向き直っていた。どうやら、アニメに夢中のようである。


「……ねねちゃん……おかえり」

「ただいま…………って……兄さん……何してるの?」


 抑揚のない声でそう緋影に言われ、ちょっと嬉しそうにただいまと返事を返した寧々子は、あることに気がついたようで、絶対零度、ジト目で義理の兄の緋影を睨む。寧々子に睨まれた緋影は少し考え込み、自らの手にある義理の姉の制服のスカートを見て、ハッとした無表情になる。


 義理の姉の制服をジロジロ観察している今の自分の姿は完全に変態だ。これは、勘違いされたと流石の緋影もすぐに察した。


「い、いや……ねねちゃん……これは違うぞ」

「へぇ~……何が違うの? 兄さん……兄さんがそんな変態だったなんて……」

「いや、違うから……ねねちゃん……とりあえず話を聞いてくれ」


 ツンモード状態の寧々子の年頃の娘が実の父に向けるよう軽蔑の眼差しに耐えられない緋影。無表情の額に冷や汗が流れ必死に弁明する。それは、もう抑揚のない声で必死に弁明した。そして、なんとか、冷静さを取り戻し怒りを沈めた寧々子にホッと無表情で胸を撫で下ろす緋影なのである。


「それで……なんで姉さんの制服なの? 別に制服作るだけなら写真でも見ればよくない?」


 事情はわかったが、それはそれ、これはこれ、大好きな義理の兄が恋敵でもある実の姉の制服をジロジロ見ている姿はあまり見たくない寧々子。言葉の節々に複雑な乙女心が含まれていた。流石の鈍感な緋影でも、まだ、ねねちゃん怒ってるなと察した。


「いや……オレも最初はそう思ってたんだけどな……実際作ってみると案外難しいものなんだ……なんど失敗したことか……」


 遠い目をしながらりんねちゃんの方を見て緋影がそう呟くと、アニメの視聴を続けていたが、聞き耳はしっかり立てていたりんねちゃんは失敗作の珍妙な服?(疑問形)を着せられた黒歴史を思い出す。そして、げっそりとした無表情になった。あれは、本当に酷かったと怒り狂っていた記憶が鮮明に蘇ってくるのであった。


 どれだけ、きちんと観察することが大事なことかを義妹に必死に説明する緋影だが、寧々子は納得いかない様子。そんな中あることを思い出した緋影。


「……あれ? でも、ねねちゃんもコスプレ衣装作るんじゃないのか?」

「…………………………兄さん……私がコスプレしたの……なんで知ってるの?」


 緋影の不容易な発言に、寧々子の冷たく冷めた視線と言葉が緋影を襲う。一瞬でしまった!という無表情になる緋影に寧々子のジト目が突き刺さる。


「………………………………………………」


 りんねちゃんの写真をあげるために、SNSを始めた時に、たまたま、偶然に義妹がなにかのコスプレをしていた写真を見つけたとは言えない緋影は黙っていた。あくまで、義理の姉妹には紳士であり、真摯に対応するべきである。そう考える緋影は義兄としてのプライドを守るため必死に思考を巡らせる。


(マズイ……ねねちゃんがものすごく怒っている……まさか、見てはいけないものだったとは……どう言い訳をするべきか……今更見ていないは通用するわけ無いし……どうすれば……これ以上ねねちゃんに嫌われるのは流石に……ヤバい)

(え!? 兄さん……あたしの垢知ってたんだ……つまり……それって……あたしのことに興味あるってことだよね!? これは、もしかして、もしかしなくても……この利賀寧々子……ワンチャンあるんじゃ!?)


 寧々子の期待に満ちたギラギラしたツンデレアイが、言い訳を考えている緋影の回答を視線で急かす。何も思いつかない緋影は寧々子の見開いた眼から逃れるように顔を背ける。


 そんな二人のやり取りをアニメを見ながら聞いていたりんねちゃん――――――緋影から浮気センサー受信。いつの間にかジーッと何かを期待しているような寧々子の顔を見つめていた。ハッとなるりんねちゃんは気がついた。貴様、あの乳牛コスプレ女!!!!!!!!! 加工が入っていて、同一人物と気がつかなかったりんねちゃん――――――一生の不覚。


 りんねちゃんは物凄い鬼の無表情でワクワクソワソワな寧々子を睨みながら、ゴゴゴゴゴゴッと怒りの呪いオーラを発していた。そのことに気がつき、感情ジェットコースター一瞬で恐怖のどん底に突き落とされる寧々子なのである。


「……え!? な、何!? な、なんで急に怒ったの? あたし、なにかした!?」


 乳牛コスプレイヤーは許さないといったヤンデレドールアイで呪いの人形(ドール)に突如と睨まれ悲鳴をあげる寧々子。りんねちゃんの視線は『その余分な脂肪呪いで消してやろうか?』と言っていた。ここにもしも、同士(なんのとは言わないが)優々子がいたら、よし、やってしまいましょうと一緒にヤンデレアイで寧々子に呪いを掛け始めただろう。


(こ、これは……あれだ!! 姉さんと一緒だ!! つまり………………あれを………………やるしかない!!!!)


 りんねちゃんの視線に既視感を覚え、覚悟を決める寧々子は、足を両肩と同じくらいに開き、両手は腰に、完璧なツンデレポーズを取る。


「……ふ、ふん!! 兄さん!! あたしの写真とか二度と見ないでよね!! 義妹の写真を見るとか最低だから!!」


 完璧なツンデレボイスでそう言い放つ寧々子の演技はどこのアニメに出ても問題ない完璧なツンデレ演技なのであった。


 寧々子のツンデレ演技に、納得の表情(無表情)を浮かべるりんねちゃんは、よしよし許してやろうといった感じで、テレビの方にいつの間にか向き直っていた。どうやら、アニメの視聴を再開し始めたようで一時停止されていたアニメが再び再生される。


 そして、無表情で露骨に落ち込み黙り込む義理の兄の緋影の方を盗み見る寧々子は脳内で絶叫する。


(違うの!! 兄さん!! 本当は何枚だって写真見ていいし、むしろ、あたしで興奮してくれても全然構わないんだけどね! でも、これはしょうがないんだよ!! しょうがないのーーー!!!! 許して兄さん!!!!)


 人形 緋影(ヒトカタ ヒカゲ)心の底から、ねねちゃんの写真をスマホに保存しておかなくて良かったと心の底から安堵した。今後は絶対に義妹のSNSは見ないと心に誓うのであった。そんな緋影の心を知ってか知らずか、寧々子は心の中で泣き叫び続けるのであった。

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