彼が学校に来なかった理由5
自分が新たなる心霊現象、つまりホラーを生み出したとは露知らず、いつの間にか日も暮れており室内は真っ暗であった。昼ご飯も食べずにSNSと格闘していたことに気がついた緋影は、食料を切らしていたことを思い出し晩御飯を買いにコンビニまで行くため、着替えを手早く済ませ出かける準備を終える。
そして、外にでようと玄関に向かうと、いつの間にか上がり框にちょこんと腰を掛け愛らしく顔を上げて緋影の方を向いて連れてってと真っ赤と深紅なドールアイで訴えるりんねちゃんがそこに居た。
普通の人にとってはホラーでしかないのだが――――――普通の人ではない緋影はというと。
「あれ? いつの間にりんねちゃんをこんなところに置いたのか……まぁ、連れて行こうと思って玄関に置いたんだろうな」
今までは一人お留守番をしていたりんねちゃんだったのだが、本日は緋影の側を離れたくないようである。緋影は呪いの人形(ドール)を抱きかかえ、右前腕に座らせると玄関の扉を開きコンビニまで、りんねちゃんとのお出かけが始まるのであった。
月明かりと街灯に照らされた夜道に真っ赤な点が4つ――――――それは、緋影の真っ赤な瞳と、りんねちゃんの深紅の瞳と真っ赤な瞳である。もはや怪異そのものがコンビニに向かって進行しており、社畜よろしくと疲れながら帰路につく方々を恐怖のどん底に落としていた二人なのである。
あるものは腰が抜け、あるものは悲鳴をあげ逃げ出し、あるものは恐怖でうずくまり体調不良に陥った。まさに歩く怪奇現象テロであった。
正直、ちょっと、安堵な様子な無表情ドールフェイスのりんねちゃんなのであった。理由はもちろん、緋影のせいで自分がただの人形(ドール)なのではと疑問に思っていたところ、ちゃんと恐怖の呪いの人形(ドール)であったことを再確認できたからである。
自分のアイデンティティが脅かされては不安になるのはどうやら呪いの人形(ドール)も同じようである。しかし、そんなことは道行く人々には関係ないことで迷惑極まりない。コンビニ前に偉そうにたむろっていた高校生不良集団も緋影とりんねちゃんを視認するやいなや一斉に恐怖で顔を歪め悲鳴を上げ散り散りに逃げ出した。
また、恐ろしいのは人形 緋影(ヒトカタ ヒカゲ)という人物が全く周りの人々の阿鼻叫喚な反応に対して疑問を抱いていないことだ。
それは、まさにホラーであり、この男も生きる怪異なのかもしれない。そんな呪いの人形(ドール)と生きる怪異(緋影)がコンビニの自動ドアをくぐる。
「…………らっしゃいまっ………………ドッゥワッッ!?」
レジでやつれ疲れ気だるそうにしていたこのコンビニのオーナーである中年男性は、来店してきた緋影とその腕に鎮座するりんねちゃんを一目見るやいなや、一瞬機能停止して脂汗を吹き出し、目をかっぴらき裏返った恐怖の中年ボイスな悲鳴をあげる。
そんなホラー映画専属俳優級のオーバーリアクションなコンビニの中年オーナーに対して、緋影は変な店員だなと無表情で一瞥し心の中で呟くと、買い物カゴを空いている左手で持つとレジ前を通過して弁当コーナーへと向かう。
その様子を眼球だけで追う中年オーナーは恐怖で全身が震えており奥歯ガタガタなのである。突然の怪異(緋影)の来店はコンビニ歴20年の超絶ベテラン中年オーナーでも初めての出来事であり、当然怪異が来店した際はこのように対応しましょうなどというマニュアルは存在しないし、誰からも教わってもいない。
どうすればいいのか必死に考えるコンビニ歴20年のベテラン中年オーナーなのだが、なかなか考えがまとまらない。その間にも、怪異(緋影)達は、弁当を選び終え、飲み物をかごに入れ食後のおやつを吟味中なのであった。
彼に残された時間は少ない。早く対応を考えなければ――――――デットエンドだ。自分は………………死ぬ!!
死を覚悟し生きるために必死に脳細胞を活性化させ怪異(緋影)への対応を考えていた中年オーナーは、ハッと気がついてはいけないことに気がついてしまう。それは、先程から怪異(緋影)の動向をチラリと確認するたびに、なぜか怪異(緋影)が抱えている人形(ドール)と目が合うということに――――――。
(あ、あの恐ろしいニ、ニンギョウ……うっ、動いていないか!?)
こちらを見つめる人形(ドール)と目が合うたびに心臓が喉から飛び出るほどの恐怖に襲われ、心拍数は跳ね上がり、血液が沸騰しているような感覚に襲われる中年オーナーは、両手で顔を覆う。
人形(ドール)が動くなどありえないと必死に心のなかで否定するも、チラッと怪異(緋影)の方を指の隙間から盗み見るとしっかりと顔ごとこちらを向いて呪いのオーラを放っている人形(ドール)と視線が重なる。
(ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。勘違いだ。勘違いだ。勘違いだ。わ、わたしは、わたしは疲れているんだ。そう、週7日勤務という激務で………………)
季節の変わり目で一気にバイトがやめて超絶人手不足になったこのコンビニを24時間営業させるため自ら身体を張って頑張る中年オーナーの悲しき事情など知る由もなく、中年オーナーから怪異呼ばわりされている緋影は会計をしようとレジへと歩みを進める。
ビクッと恐怖で身体が跳ねる中年オーナーは大ピンチである。脂汗が全身から吹き出し、恐怖で震えが止まらない中年オーナーの視線が怪異(緋影)が抱える人形(ドール)に――――――中年オーナーの人間としての本能、細胞が教えてくれた。
あいつはヤバい呪いの人形(ドール)であると――――――。そして、怪異(緋影)が一歩、また一歩とレジに近づいてくる、その光景は中年オーナーにはスローモーションに見え、時間が異様に長く感じられた。
そして、ついに怪異(緋影)が中年オーナーの眼の前に立ち無表情で買い物カゴをレジカウンターに置く。
「ちょッ!! ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいッ!! おッ! お、お金なら渡しますからッ!!!!!!!」
バイト10年、経営10年コンビニ歴合計20年のコンビニマスターの取った怪異のお客様への対応は、素早くレジを開け、万札を一枚取り出し、端と端を両手で持ち眼の前の怪異(緋影)へと差し出し頭を下げることだった。
果たして怪異(怪異ではないのだが……)に現金を差し出す行動に意味があるのかはわからないが、中年オーナーは本気である。本気の命乞いであった。そんな、中年男性の本気の命乞いに緋影は無表情なのである。
(え? なんでいきなり万札を? い、意味がわからん)
しかし、内心はいきなり万札を差し出され困惑していた。ホラーに対してはクールな緋影も目の前の店員の異常行動に流石に混乱しているようで、じっと頭を下げている中年オーナーの頭頂部を無表情で眺めることしかできない。
そんな怪異(緋影)の様子をチラリと盗み見ようとすると呪いの人形(ドール)とばっちり視線が合う。SAN値が一気に削られ、中年オーナーは慌ててバックヤードに駆け込む。
「え!? あ、あの……会計は……?」
呪いの人形(ドール)りんねちゃんはただ、緋影の前腕にちょこん、鎮座していただけなのだが相手からはそうは見えなかったようだ。ものすごい勢いでバックヤードに消えていった店員に緋影の抑揚のない声など届くはずもなかった。
(私は愚かだぁぁぁぁぁぁぁッ!! たった1万で許してくれるはずなんてなぁぁぁぁぁぁぁぁいッ!!)
金庫を開け、万札という万札をかき集め束ねると中年オーナーは急いでレジへと向かいカウンターに札束を置くと頭を下げる。
「こ、これでッ!! これで勘弁してくださいッ!!」
(今度は札束!? ど、どういうことなんだ!? い、いや待て……あれだ……なんか……聞いたことあるぞ……あれだ、投げ銭とかいうやつ……えっと、スーパーチャットとかいうやつか!?)
緋影は必死に頭をフル回転しこの状況を理解しようとした結果、すべて理解したのであった。この店員はりんねちゃんがあまりにも可愛すぎて、ネットで流行っているスーパーチャット? とやらをしているのだと。
得心がいってりんねちゃんは最高に可愛いからしょうがないと理解を示す緋影なのだが流石に見ず知らずの、しかもコンビニの店員から現金をもらうわけにはいかない。
「す、すみません……流石に現金は受け取れなのですが……」
無表情で緋影に抑揚のない声でそう言われ店員さんは恐怖で石像のようにピシリと固まる。とりあえず、ごめんなさいと、置かれた札束を店員の方に押し返し頭を下げる緋影と、とりあえず旦那(旦那ではない)である緋影が頭を下げているので、りんねちゃんもいつの間に可愛くてすみませんと頭をペコリと下げていた。
(う、受け取ってくれないだとぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!! あ、あと、この人形(ドール)やっぱり動いてないか? い、いやあれか首の関節がゆるいだけだ!! そ、そうだよねぇッ!!!! で、でもさっきから………………)
中年オーナーが心のなかで葛藤しながら瞬きをした間に呪いの人形(ドール)であるりんねちゃんはいつの間にかジッと恐怖で固まっている中年オーナーの方を見ていた。
(絶対に動いてるぅぅぅぅぅぅぅッッ!! さっきまで頭下げてたのに今はこっちを見てるぅぅぅぅぅぅぅぅッッ!! こ、これ以上このコンビニには現金はないんだよーーーー!!! 小銭か小銭まで欲しいというのかッッッ!? それならぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!!)
もうヤケクソになったのか、レジを開け中の現金トレーを引き抜くと中年オーナーは緋影の眼の前にドンッと勢いよく小銭の入ったトレー置くのである。レジの中身ごと持ってけということであった。
「これでッ!! どうかこれでッ!!!!!!」
必死の形相で許しを請い退店を願う中年オーナーの異常な行動に対して、緋影はそんなにりんねちゃんにスーパーチャットがしたいのかとドン引きなのである。
「す、すみませんが…………す、スーパーチャット? とかいうのはちょっと、困るんですが…………」
(す……スーパーチャット? こ、この怪異何を言っているんだぁぁぁぁぁぁッッ!! そんな訳無いだろぉぉぉぉぉッッ!! 誰がお前みたいな怪異を推すかぁぁぁぁぁぁッッ!!!!)
内心で怒りの叫び声を上げるが、眼の前の怪異(緋影)と呪いの人形(ドール)りんねちゃん相手には、必死になって、違う違うと首を左右にものすごい速度で振って否定するしかできない中年オーナーなのであった。
(ぜ、全力で首を振っている……つまり……スーパーチャット……ではない……となると……いや、待て……あれだ。アイドルの握手会……握手券とかいうやつか。アイドル級のりんねちゃんと握手をしたいということか!?)
今度こそ、店員の異常行動に対し得心が言ったと理解を示す緋影なのだが、流石に見ず知らずの店員さんに我が子を触れさせたくないと思った緋影なのである。
「……その……こ、ここまでしてもらって申し訳ないのですが……さ、流石にりんねちゃんとの握手はちょっと遠慮してもらいたいかなと……」
そう言って、緋影がやんわりと断ると、いつの間にかりんねちゃんは緋影の胸にしがみついており、店員に侮蔑の視線(無表情)を送って呪いのオーラを放っている。誰がお前と握手なんかするかということらしい。
(そ、そんな恐ろしい人形(ドール)と握手なんかできるかぁぁぁぁぁぁっっっ!! 絶対に呪い殺されるだろぉぉぉぉぉぉがぁぁぁぁッ!!!! し、しかもこの人形(ドール)やっぱり動いとるぅぅぅぅぅっっっっ!!!!!! 絶対に動いとるぅぅぅぅぅぅっっっっ!!!!!! 恐ろしい形相でわたしを見ているぞぉぉぉぉぉ!!! た、頼むからぁぁぁぁ!! は、はやく帰ってくれぇぇぇぇ!!!!!!!)
お金を緋影にズズっと差し出す中年オーナー、お金を店員の方にズズッと押し返す緋影というやり取りを数回繰り返した後に困り果てた緋影なのであった。
「……あ、あの……と、とりあえず会計をしてくれませんか?」
「……無料で…………無料でいいんで……」
「……さ、流石に無料では……か、会計を……」
埒が明かないやり取りに困っている旦那(旦那ではない)のために呪いの人形(ドール)りんねちゃんがチラリをこちらを見た中年オーナーに呪いの圧と視線で訴える。ハヤクカイケイシロ――――――恐怖ですべてを理解させられた中年オーナーはビシッと姿勢を正すとこう大声で叫んだ。
「はい喜んでぇぇぇぇぇッ!!」
もはや、素早く丁寧にスキャンしていくコンビニ歴20年のベテラン中年オーナーは、早く会計を終えないと殺されると恐怖で涙を浮かべながら必死で会計作業をこなした。なんとか会計を終えることができた緋影は買い物袋を手に恐怖で放心状態になっている店員に内心でドン引きしながら、どこか疲れたような無表情でコンビニを出る。
「……一体何だったんだ? 変な店員だったな……とりあえず、りんねちゃん帰ろうか」
そう言って、怪異(緋影)はコンビニを後にした。怪異が帰ったことで、心底安堵したのか腰が抜け床にへたりと倒れ込む中年オーナーは心の底から生を実感していた。そして、中年オーナーは時間がたつにつれ自分が疲れているから幻覚を見たのだろうと無理やり自分を納得させ、この怪奇現象のことを忘れることにしたのであった。
だが、後日また夜に怪異(緋影)と呪いの人形(ドール)りんねちゃんが来店し、恐怖で慌てふためく可哀想なコンビニの中年オーナーなのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます