第166話 敷居を高く上げよ!

彼は、敷居の高い人間になってしまった。

あの当時の自由の森関係者の少なからず、

そう思っていたかもしれぬ。


敷居を高く上げよ!


対手のあの青年は、そんなことを言ったわけではなかろう。

だが彼は、確かに、その敷居を上げている。

気安い言葉のやり取りなど、通用しない。

情緒に訴える言葉など、ハナから歯牙にもかけられない。


何故だろう。

やはり、彼は、敷居が高い。

自分たちのやって来たことも去ることながら、

この県の、否、この国の児童福祉のお粗末さを考えたら、

これでもまだ低い方なのではないか。

それが証拠に、彼は時々訪れてくるから。


さあ、彼はいつ、その牙を自分たちに向けてくるであろう。

それは決して、有形力の行使になることはない。

無形力の行使? なんか、それも違うな。


そう、彼には文才がある。なんせ、作家活動を始めたらしい。

そろそろ、その刃が自分たちに向いてくる頃だろう。

自由の森を辞めて終わり、なんてことは絶対、ない。

彼は、とことんまで自分を追い詰めてくるに違いない。


そのとき、それをどれだけ受け止められるだろうか。

跳ね返すのは無理だとしても、せめて、

それに耐えられる力を身につけるしかない。


さあ、彼が動き出した。

どうやら、本も出したらしい。

何を書かれようと、黙って静かに、受け止める。

それが、今の自分の仕事なのだ。

彼がかつて、あの地で人生を蹂躙されていたときのように。


今度は、自分の番なのだ。

勝ち逃げならぬやり逃げを、彼は決して許さない。

覚悟を決めて、静かに、黙って彼の表現を受け止める。

そう、それが、これからの自分のライフワークなのだ。


対手の彼は、秋の夜長に一言叫んだ。

その声、確かにこの通り。


敷居を、極限まで高く上げよ!

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