第21話 夏といえば
「海よっ!」
会社の休憩スペースでの昼休み中に
「如月、説明不足にもほどがある」
「分かるでしょ、それくらい察しなさいよ」
「如月さん、私にもちょっと分かりません」
「そうよね、ごめんね
「如月は俺への思いやりが足りない」
「それは少し違うわね。『足りない』んじゃなくて『無い』のよ」
コイツめ……。日向さんがコメントに困ってるじゃないか。
「えーっと、つまり如月さんは海に行きたいと言ってるわけですね」
「そう! さすが日向さんね。アンタも見習いなさい」
「へいへい、分かりましたよ。で、海に行って何するんだ?」
「泳ぐに決まってるじゃない」
確かにそれはそうなんだけど、でも実際海に行ってすることが思い浮かばないのは俺だけなんだろうか。
週末。俺と日向さんと如月の三人で海へやって来た。海へ来るなんて何年ぶりだろうか。
やっぱり人が多い。ギュウギュウという程ではないけど、それなりに混雑している。
大学生の時に男女数人で何回か来たっけ。俺は特に女の子となんの進展も無く、ただ海で遊んで帰っただけだったけど。
まあそれは過去として、海となればどうしても期待してしまうことがある。
「先輩、お待たせしました!」
日向さんと如月がビーチパラソルとレジャーシートを持って俺の前までやって来た。どちらも如月の持ち物だという。
日向さんは薄いブルーのワンピースタイプの水着で、白い肌にとても映えている。日向さんにとても似合っておりかわいいといった印象だ。
如月は黒のビキニで、大胆な印象だ。それでいて女性らしさが全面に出ている。
そして『デカい』。どこがとは言わないが、口に出す時は『大きい』と表現しないと問題になる気がする。心の中で思うのはセーフにしてほしい。
如月は小柄なので、なおさら目立つ。全く見ないようにするのは不可能だと思う。
スーツ姿ではそんな感じはしなかったし、ましてや異世界では鎧姿だったから色気など全く感じられなかった。
日向さんはちょうどいい大きさだと思う。
(俺基準)
「あの、先輩……似合ってますか?」
日向さんがストレートに水着の感想を聞いてきた。
「うん、凄く似合ってるよ。かわいい」
俺はハッとした。「似合ってるよ」までで止めるはずが、思わず「かわいい」と漏らしていたからだ。
「ありがとうございます。……嬉しいな」
今までの日向さんなら「ありがとうございます!」と元気よく返してくれるのに、最近の日向さんはこういった反応が増えた気がする。
「ねぇ、私は?」
如月も同じことを聞いてきた。答えは考えるまでもない。
「如月も似合っててかわいいよ」
俺は嘘っぽくならないように、表情をはじめ声のトーンや言い方などに細心の注意を払って伝えた。この感想も間違いなく本心だからだ。
「やったぁ!」
意外なことに如月も素直に喜んでいるようだった。てっきり「当たり前よ!」とか言われると思ったのに。
ビーチパラソルをセットしてレジャーシートを敷いた俺は早速休憩した。
「ふう、やっぱり日陰でゴロ寝が一番だな」
「アンタ海にまで来ておいて何やってんの」
「俺はここで休んでるから二人で楽しんでおいで」
「何言ってんの。アンタも行くのよ」
「そうですよ! 先輩も楽しみましょう!」
せっかくの機会だし楽しまないと二人に失礼だな。
「アンタもちゃんと日焼け対策してきた?」
「もちろんだ。如月のおかげでスキンケアに興味が湧いてきたんだ」
「そう、それならよかった!」
海に入った俺達は少しだけ泳いでみた。そういえば二人の運動神経を知らないな。
すると日向さんも如月も綺麗なフォームで泳いでいた。ただ如月はその水着ではあまり泳がないほうがいいんじゃないかと思う。
水着のトップスだけが外れて海に流されたところを、俺が目隠しになりながら取りに行く。そんなラブコメ展開になりそうで心配になる。マンガやアニメなら好きな展開なんだけど。
心配なことならまだある。最大の心配といってもいい。それはナンパだ。
ただでさえ日向さんと如月は何かと注目される。しかも今は水着だ。いつ声をかけられてもおかしくない。
しばらく遊んだ俺達は食事のため休憩をとることにした。
俺と日向さんの前を歩く如月。すると如月の体が前のめりになった。柔らかい砂に足を取られて歩くリズムが崩れてしまったようだ。
このままでは倒れてしまう、と考えるより先に俺の体が勝手に反応していた。
俺は後ろから両手で如月を支えて、如月が転ぶのを防ぐことができた。あのままでは地面に顔を打ちつける可能性もあっただろう。
「大丈夫か? 如月」
体勢を立て直そうとして気が付いた。バックハグのようになっていたのだ。問題なのは手の位置。左手のひらは如月のヘソ辺りを支えている。ビキニなので肌に直で触れているが、状況を考えればこれはセーフだと思う。
問題は右手のひらだ。完全に掴んでいる。柔らかい。これはどう考えてもアウト。
「ごめん! わざとじゃないんだ!」
俺は「何往復ビンタされるんだろう」と、早くもそんなことを考えていた。
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