第14話 如月は語る
「ご、ごめんなさい! 拭くものは……あっ、一枚しかない! 私、持って来ます」
テーブルに備え付けのペーパータオルが無くなったため慌てて席を立った日向さん。あんなに慌てたところを見たのは初めてだった。
「私、何か変なこと言ったかな」
「いや、そんなことはないと思うぞ」
俺が如月にWeb小説を勧めたのには理由がある。如月は元々マンガやアニメをほとんど見ずゲームもせずに育ってきたそうで、異世界に召喚された時も勇者や魔王といった概念はほぼ無く、倫理観ぶっ壊れ異世界王が親切丁寧に説明していたらしい。
いわばなんの耐性も無く異世界に放り込まれたことになる。
冒険者パーティーの仲間に聞いた話では、召喚された頃の如月は「バッカじゃないの!?」が口癖だったそうだ。
「魔王? そんなものいるわけないでしょ。バッカじゃないの!?」
「勇者? 人はみんな勇気を持って何かに挑戦しているわ。特定の人だけが勇者だなんてバッカじゃないの!?」
そう言ってた如月が最も勇者に近い人物と言われていたんだから面白い。
そして冒険者パーティーで一緒になった時に、異世界ファンタジーを身近に感じてもらうため俺がWeb小説を勧めたのだ。異世界にいた時の話なのに、よく覚えてたな。
「新しいペーパータオル持って来ました!」
俺と如月も手持ちのポケットティッシュで少し拭き取っていたけど、すぐに足りなくなってしまっていた。
申し訳なさそうに急いでお茶を拭き取る日向さん。そして全部拭き終わると「あっ! お茶が無くなっちゃった。買って来ます!」と言って再びこの場からいなくなった。
「あの子はいつもあんなに忙しいの?」
「いや、あんな姿を見たのは初めてだ」
数分後、日向さんが戻って来た。
「お待たせしました!」
「大丈夫、気にしないで」
俺と如月がハモったかのように同じ言葉を日向さんにかけた。
「それで話の続きなんだけどね」
「確か『嫌われ令嬢は魔王を倒して完璧王子と結婚したい』だったか」
「そう。主人公の女の子が最初はあらゆる人から嫌われていたんだけど、一人だけ優しくしてくれる人がいて、実はその人が王子だと序盤で読者に明かされるわけよ」
俺も日向さんも黙って如月の話を聞く。
「そういうのって終盤まで謎として残してもいいじゃない? でもあえて序盤で読者に明かして、そこから嫌われていた理由が誤解だと分かったり、魔王が謎の存在として物語に関係してきてね——」
如月が早口でそのWeb小説の良さを語っている。好きなものの話になると沢山語りたくて早口になる。俺にも経験があり過ぎて困る。
大学生の時、飲み会で女の子にラノベについて語り過ぎて引かれたっけ。
『興味の無い話を延々としても人は聞いてくれない』俺が得た教訓だ。
サラッとネタバレを含みつつ如月の話は続く。俺はラノベ好きだから全く退屈ではない。きっと日向さんも同じだろう。
日向さんを見るとちゃんと如月の話を聞いているようだ。でもなんだか顔が赤いような気がする。
「——そういうわけだから、アンタも読んでみるといいわ」
「そこまで熱弁するくらいだ、読んでみることにするよ」
如月は見事にWeb小説にハマってくれているようだ。勧めてみて良かったな。
「私はすっかりハマったんだけど、日向さんはWeb小説読んだりするの?」
「えっ!? あ、はい、読みますよ」
「そうなのね。もう昼休みが終わるから、近いうちに二人女子会でも開きましょうね」
「わかりました!」
そう言って一足先に如月は休憩スペースから出て行った。
「日向さん、今日はどうしたの?」
「いえ、ちょっと手が滑っただけですよ」
まさかとは思うけど、どうだろう。まずは読んでみないことには始まらないか。明日聞いてみようかな。
その日から俺は如月推しのWeb小説を読み始めたのだった。
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