第8話 日向さんとの昼休み

 昨日、日向ひなたさんと昼休みを一緒に過ごす約束をした。


 初めて職場以外で会ったのが月曜日だから、まだ2日しか経っていないのか。なんだか急激に距離が縮まった感じだ。

 何気にアプリでのメッセージのやり取りも、1ヶ月ぶりだったしな。


 今日はいつもより早めに家を出てコンビニで弁当を買っておく。常温弁当だが夏場なので、職場にある共用の冷蔵庫に入れておこう。

 確か電子レンジはまだ故障中だから、食べる時は『手に持った物の温度を変えられる魔法』を使って自力で温めるつもりだ。



 電車に揺られ会社へ到着して俺の席に行くとすでに日向さんが居た。改めて気付いたが、俺が日向さんより早く出勤したことは一度も無いような気がする。


「日向さん、おはよう」


「先輩、おはようございます!」


 あいさつを返してくれた日向さんだったが、目をこすっている。


「どうしたの、寝不足?」


「今日はちょっと早く目が覚めちゃいまして」


「寝る前にストレッチをすると睡眠の質が良くなるらしいよ」


 聞かれてもないアドバイスをする俺。しかも「らしいよ」という、なんともふわふわしたアドバイスだ。そういう俺は体ガッチガチに硬い。ストレッチが必要なのはむしろ俺だ。


「そうなんですか! 今夜試してみますね」


 そんな俺の言葉にも引くことなく応えてくれる日向さん。俺は今日の昼休みについての確認をすることにした。


「今日の昼休みなんだけど、13時でいいかな?」


「わかりました! その時間で大丈夫です」



 13時になったので休憩スペースへと足を運ぶ。13時といえば始業時間である9時からちょうど4時間になるため、最も休憩スペースが混む時間だ。


 見回すと混んではいるが、空いているテーブルもいくつかある。ちょっとした食堂くらいの広さはあるため、満席になっているところは見たことが無いかもしれない。


 共用冷蔵庫から今朝買ったコンビニ弁当を取り出した。電子レンジはまだ故障中のままだ。

 常温ならまだしも夏とはいえ冷蔵庫に入れていた弁当をそのまま食べるのはキツい。

『手に持った物の温度を変えられる魔法』の出番である。この魔法も名前が無いと不便だな。


 自力で弁当を温めた俺は端っこのテーブルに陣取って日向さんを待つ。

 そしてすぐに日向さんの姿が見え、こちらに近づいて来た。


「先輩、『ピキーン !』ってきましたよ!」


 日向さんがそう言いながら俺の向かいに座り、手に持っている白いランチバッグをテーブルに置いた。


「やっぱりバレたか。この弁当を温めたところだよ」


「先輩はお弁当を作らないんですか?」


「朝は1分でも長く寝たいんだよ。それに毎日メニューを考えるだけでも大変そうだ」


「えぇー、お弁当作り楽しいですよ」


 そう言ってランチバッグから薄いピンク色のランチボックスを取り出してフタを開けた日向さん。

 女性用なのだろう。小さなボックスの中には白ご飯・卵焼き・プチトマト・ほうれん草・ウインナーなどが彩り良く並べられており、美味しそうなのはもちろんだが綺麗だなという印象の方が強い。


 それとは別にもう1つランチボックスがあるが、さらに小さい。デザートでも入っているのだろうか。


「美味しそうな弁当だね。それに彩りが良くてなんだか綺麗だなと思ったよ」


「ありがとうございます! 嬉しいな。実はですね、少し作りすぎちゃいまして。よかったら食べるのを手伝ってもらえませんか?」


「もちろん。ぜひ食べてみたい」


 俺がそう言うと日向さんは小さい方のランチボックスのフタを開け、俺と日向さんの間に置いた。そこには鮮やかな黄色の卵焼きだけが何切れも綺麗に2列に並べられている。


「こっち側が甘めの味付けで、こっち側が醤油ベースの味付けです」


「2種類も作ったんだね」


「先輩はどっちの味付けが好みなのかなって」


「日向さんはどっちなの?」


「私は甘めの方が好きですね。なのでこっちの箱に入れている卵焼きは全部甘々です」


 こっちの箱とは日向さん用のランチボックスのことだ。


「卵焼きしか入ってない箱は作りすぎた分?」


「そうなんです」


(あれ? なんか違和感が)


 作りすぎたと言ってるけど2種類の味付けがある。でも日向さんは甘めが好きで自分用の箱には甘めの卵焼きしか入れておらず、小さい箱のは全部作りすぎた分だという。


 それなら甘めのだけを作ればいいわけで、わざわざ別の味付けで作る必要なんて無いんじゃないか? それにいつも作っているなら適量が分かっているはずだ。2種類の味で食べたかったとは考えにくい。


 さらに『先輩はどっちの味付けが好みなのかなって』という発言。なんだか俺に食べさせる前提のような……。


 俺は2種類とも食べて味比べをした。正直どちらも美味い。


「俺は甘めの方が好きだな。でもどっちも美味しいよ」


「ありがとうございます! 作った甲斐がありました」


 結局、作りすぎたという卵焼きは全部俺が食べた。だって俺が食べる度に日向さんが嬉しそうな顔をするんだから、全部食べたくなるというものだ。



 日向さんとの昼休みが終わり席に戻ると、話があるからと主任に呼び出された。


「来週に新人が配属されるから仕事を教えてあげてくれないか」

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