第5話 昼休み

 次の日の朝。今日は寝坊しなかったので、いつも通り電車で出勤できそうだ。


 昨日はテレポートを4回も使ってしまった。朝寝坊して1回。家に忘れ物をして2回(1往復)。日向ひなたさんを送るために、俺の家から逆方向の終電に乗って1回。最後の以外は完全に俺のせいだった。だけど、最後の1回は本当にいい使い方ができたと思う。


 特に体調に変化は感じられない。ちゃんとMPマジックポイントが回復してそうだ。MPが存在するのかは知らないけど。


 そして俺、ここで重要なことに気付く。異世界でアレをするのを忘れていた。

『ステータスオープン』である。異世界ファンタジーの定番だ。自分の能力を可視化できるって、実はとんでもないことだと俺は思う。


 本当にステータスが存在するかは分からないが、他人との優劣もハッキリと見えてしまうから、無いほうがいいのだろう。


 でもせめてMPが存在するのかくらいは確認しておけばよかったな。俺の最大MPはどのくらいで、魔法1回でどのくらい減るのか把握すれば計画的に使えるのに。


 くっそー、手を前にかざして「ステータスオープン!」って言えばよかった。


——うん、出勤前に考えることじゃなかったな。さっさと駅まで行こう。



 今日は余裕を持って会社に到着することができた。そして席に着く。右隣にはいつものように日向さんがいる。左隣は誰も使っていない。


「先輩、おはようございます! 昨日はありがとうございました!」


「日向さん、おはよう。こちらこそありがとう」


 お互い、周りに聞こえない程度の声で話す。


「私、先輩に聞きたいことがあるんですけど」


「何かな」


「先輩、魔法使いましたよね?」


(え? ってどういうことだ? 俺、怒られるの? 禁止はされてないはずだけど)


「いつのことかな?」


「昨日、私を家の近くまで送ってくれた後です」


「ああ、あの後か! テレポートで俺の家まで帰ったよ」


 そうか、そういえば日向さん魔法を察知できるんだった。ということは、部屋の中で『ピキーン !』ときたんだな。でも怒られるようなことじゃないと思うんだけど。


「先輩も同じ駅で降りたということは、昨日送ってもらった所の近くに住んでいるんでしょうか?」


「えっ? うん、まあそうだね。わりと近い、かな」


「近いのにテレポートで帰ったんですか?」


「歩くより早いからね」


「魔法を使ったらすごく疲れるのにですか?」


「あとは寝るだけだから疲れてもいいかなって思ったんだよ」


「そうなんですね。家が近いのに疲れるテレポートで帰ったんですか……。それって——」


 日向さんにしては珍しく小声だった。しかも語尾に近づくほどさらに小声になったので、最後は聞き取ることができなかった。


「日向さん?」


「はい! なんですか先輩!」


 魔法に頼りすぎだと怒られるのかと思いきや、元気よく返事をした日向さんは何だかとても嬉しそうだった。



 そろそろ昼休みの時間になったが、俺は仕事をもう少しキリのいいところまで終わらせたかったので、遅めに昼休みをとることにした。

 昼休みは自分のタイミングでとることができる。チャイムが鳴って全員で一斉に、ということではないため、昼休みは一人で過ごすこともわりとある。


 同期の仲間達とは部署が違うため、昼休みに会社の休憩スペースで会うことがたまにある程度。確実に一緒に昼休みを過ごすためには約束をしなければいけないくらいだ。


 少し前に日向さんの同期の女の子達が誘いに来たので、日向さんは外食に行ったようだ。

 俺はコンビニへ行き弁当を買った。今日はきちんと温めてもらったので魔法を使う必要は無い。


 休憩スペースに陣取った俺は弁当を食べ始めた。他にも人がいるが、一人で過ごしている人もそこそこいる。お喋りが好きな人は複数人で過ごせばいいし、スマホを見たり、本を読んだり、仮眠をとることが好きな人は一人で過ごせばいいと思う。

『昼休み』なんだから、それぞれが休息だと思えることをするべきだ。


 そんな俺はどちらかというと一人で過ごしたい派だ。ただ、今日はなんだか寂しい。昨日の昼休みが楽しかったからだろうか。


 今までにも日向さんと昼食をとることは何度かあったけど、仕事の打ち合わせの延長線みたいな感じで、雑談をした覚えはあまり無い。つまらない時間を過ごさせていたかもしれない。


 弁当を食べ終えた俺は大手Web小説投稿サイトを開いて、フォローしている作品が更新されていないかチェックした。

 すると通知が来ており最新話が公開されていた。もう300話を超えている大長編だ。偶然見つけて、タイトルに興味を持ち第1話を読んだ俺はすぐにフォローをしたのだった。そのタイトルとは、


『異世界転移したけど、すでにハーレムができあがっていて最高だった! だけど全員が俺の命を狙ってくる件』

 

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