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前はあんなに本を読んでいたのに

今は漫画さえ読めなくなった

活字をみると吐き気がするんだ

体のなかに異物が入ってくるみたいで


毎日鳥ばかり眺めて暮らしてるよ

鳥はいい

あんなに懸命に翼を動かしているのに

飛行はあまりに緩慢で

まるで覚めない夢のようだ


お粥とお茶ばかりすすって生きている

肉を食べると吐いてしまうんだ

できれば何も食べたくない

霞を食べて生きられればいいんだけど

仙人になるにはまだ早い


若いころ

夢中になってカミュを読んでいた

学校で孤独だった僕にとって

ムルソーだけが僕の友人だった

でも本を読まなくなると

そんな自分の記憶もあやしくなってきた

イマジナリーフレンドは大人の目には見えない


あのころよりも今の方がずっと孤独だ

それなのにこのままでいいと思っている

誰とも交わらず

何も取り入れず

ただ鳥だけを眺めている

同じ一日が幾度もくり返され

少しずつ死に近づいていく


「人生」って言ってみる

これが自分の人生

しかしその言葉が意味することがわからない


「本は人生のようなものだ」

偉い人がそんなことを言ってた気がする

それとも「人生は本のようなものだ」だっけ?


物語なんてない

ただ鳥がゆったりと飛行するだけ


いつか僕はまぶたを閉じる

そして二度と開かない

人生とも物語とも無縁の瞬間に

僕は生を終える

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