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カエルの子はカエル
ミミズの子はミミズ
ハサミの子はハサミ
マクラの子はマクラ
大きくなったねえ
こないだ会ったときは
あんなにおチビさんだったのに
すっかり見違えたね
これからどんどんきれいになっていくんだろう
お母さんも美しい人だったから
将来が楽しみだ
カエルのお母さんはカエル
ミミズのお母さんはミミズ
ハサミのお母さんはハサミ
マクラのお母さんはマクラ
わたし
今年の夏に家出したんです
お母さんを探しに行きました
でも本当は
もっとちがう目的があったのかもしれない
目的なんかなかったのかもしれない
今さらお母さんと会っても話すことなんてないし
わたしはわたし
ひとりで生きていくしかない
そのことはもうわかっていたから
だから
家出したのかなあ
悪い男の人にだまされて
すっかり男嫌いになりました
お母さんもそうだったのかな
わたしのお父さんは悪い男だから
男嫌いになって逃げ出したんだね
幼いわたしを置いて
ううん
怒ってないよ
だってあなたのことぜんぜん覚えてないし
それでもいつのまにか
わたしもあなたと同じ道を歩いている
同じような男に会って
同じようにだまされて
同じように男嫌いになって
きっとそうなんでしょう?
知らないけどさ
わたしの子はわたし
わたしのお母さんはわたし
わたしはわたし
どこまで行ってもわたし
因果から逃れることはできない
わたしのやることなすことは決まっていて
考えることさえ自由にできない
これもう
生きてても死んでるのと同じことだな
まだ若いったって
わたしもう三十六だよ?
寿命が来るまでまだまだだけど
人生ってこんなものかあ
そう悟れるくらいには年を取った
あとは同じ事のくり返し
そう思うと心が重い
あーあ
ぱっとしたことないかなあ
ラスベガスにでも行って豪遊したいよ
フィンランドのサウナで整いたいよ
でもどこ行ったって同じだよね
三日もすると異国も慣れて
熱海をぶらぶらするのと変わらない
どこに行ってもわたしはお母さんの子ども
お母さんも熱海に行ったのかな
お父さんのことが嫌になったとき
行ったんだろうな
わかるよ
お母さんの子どもだから
お母さんは逃げたよね
だからわたしも逃げたんだ
逃げられるって
母子二代で信じてたんだから笑える
男からは逃げられても
自分からは逃れられない
熱海の浴場の鏡に映るのは
わたしの顔
お母さんの顔
メイク落とすとずいぶん小じわが目立つなあ
三十六ってこんなだっけ
こんな顔誰にも見せられない
こうして秘密が増えていく
女の秘密なんてろくなもんじゃない
フィクションを喜ぶのは男くらいだ
舞台裏は悲惨だよ
あーあ
サラブレッドの子はサラブレッドで
シャム猫の子はシャム猫なんだよねえ
みんなで相談して種付けするから
純血が保たれるんだ
お母さんはなんでお父さんを選んだの?
それで生まれたのがわたしなんだから
その配合はバッドチョイスだったわけさ
人間は馬や猫には慎重なのに
自分たちのこととなるとほんと適当
おかげで街は雑種人間だらけ
みにくい鼻
いびつな顎
O脚にX脚
整形したってもう遅い
両親の愛と呪いを一身に受けた子どもたち
愛はいずれすり減るけど
呪いは死ぬまで残るよ
生きててもしょうがない
死ぬかなあ
死んじゃうかなあ
空想を弄ぶ
実行できないのは
わたしがお母さんの子どもだから
えいっ!
とビルから飛び出す勇気なんてどこにもない
何もないことが
お母さんからの贈り物なんだとしたら笑える
死にたいなあ
死んじゃいたいなあ
そう言って毎日過ごしてたんだよね?
わかるよ
わたしお母さんの子どもだから
プライバシーなんて一切ないよ
お母さんは子どもをたくさん産めるのに
子どもはお母さんをひとりしか持てない
これって不公平だと思わない?
親は子どもを選べるけど
子どもは親を選べない
このお母さんはわがままで目つきが悪いなあ
じゃあもうひとりお母さんをこしらえようか
さんせーい
そうして子作りならぬお母さん作りに励むのだ
でも誰と?
神様とセックスすればいいのかな
でも神様だって相手くらい選びたいよね
わたしなんかとしたいわけないか
わたしもう三十六だし
メイク落とすと小じわが目立つし
愛嬌がないし
女から見てもそそらないよ
そろそろやめようか
この長電話
親機から子機へ
子機から親機へ
どんなに長電話しても
通話料はかかりません
へその緒は切ったと思ってたけどな
ずっとつながってたんだね
通話料がかからないから
請求書を見ても気づかなかったよ
お母さん
ずっと無言電話だね
一言くらい口聞いてくれてもいいのに
もう死んじゃってるからって
律儀に黙っているってわけ?
いいよ
死人が口聞いたって
神様だって見逃してくれるから
だから
言ってよ
わたしが欲しい言葉
愛してるとかさ
雑な言葉だけど
ずっと好きだったよとかさ
ピント外れの言葉だけど
なんでもいいよ
気持ちは伝わるから
言ってよ
ねえ言ってよ
お母さん
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